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長編14
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事故物件

長年お世話になっていた、女性の先輩社員の美山さんが、寿退社することになった。

話を聞いた時は、もちろん寂しさもあったが、二人が付き合っていた時から話を聞いていたので、純粋に「おめでとう、良かった」という感情が勝ち、周りと泣いて喜んだのを覚えている。

美山さんは実家から離れ、アパートで一人暮らしをしていた。

実家からだと、通勤に片道2時間はかかってしまうとの事で、就職を機に、親元を離れ、一人暮らしを始めたそうだ。

女子力というか家庭力が抜群で、

「作りすぎたー」

と、自作のおかずを持ってきて、スタッフに配る姿を何度も見た。

どの料理も絶品で、美山さんの料理を巡って、スタッフ間で小さな戦争が起こりかけたこともあった。

積もる話はまだまだあるが、そんな美山さんが寿退社するとの事で、退社後は旦那さんの実家の近くに引っ越す事になっていた。

新しく住むアパートは決まっており、引っ越し準備を手伝っていたある日…

「えっ!手続きに不備があって、一ヶ月遅れる!?」

電話に出ていた美山さんから、衝撃的な事を知らされた。

今住んでいるアパートの解約手続きに不備があり、今月末までのところを、来月末までになったとの事だった。

しかし、引っ越し業者はもう予約してしまっているし、新しく住むアパートも、来月から旦那さんと住む事になっている。

そこで、美山さんが閃いた事は…

「セラさん、住んでみない?」

だった。

「前に一人暮らししてみたいって言ってたし、一ヶ月で期限切れるから、お試しみたいな感じで、どうかな?」

確かに何度か美山さんにも、将来の為に一人暮らしがしてみたいって、相談していた事があった。

一ヶ月なら、荷物もそこまでいらないし、引越し代がかからない。

今住んでいるところにも片道20分で帰れるし、嫌なら帰れる、お試しにはもってこい。

しかも、今の職場まで片道5分の近さ。

徒歩でも行ける。

「住んでみたいです!」

ほぼ即決だった。

かくして、私のお試し一人暮らしが始まるわけだが、この時の私はすっかり失念していた。

一人暮らしに浮かれていた気持ちもあった。

美山さんが住んでいた場所だからという、安心の気持ちもあった。

だから、引っ越しの際に必ず聞いている、ある事を言い忘れてしまった。

「ここは、事故物件ですか?」

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〜一日目〜

「ただいまー」

当然、返事は返ってこない。

親がいたら…と、早速ホームシックになりそうな気持ちをラジオをつけて切り替える。

自分用のテレビはなく、わざわざ一ヶ月一人暮らしの為に買うのもな…と思ったので、愛用のCDラジカセを持ってきた。

ちょうど、アップテンポの軽快な曲が流れており、俯きそうな気持ちを上げてくれた。

仕事が長引いてしまったので、簡単に作れる料理を作り、食事を済ませた後、すぐにお風呂に入り、着々と寝る支度を済ませた。

気がつけばお布団に入り、睡魔に襲われていた。

「北枕にならないよう、しっかり調べたから大丈夫」

と思いながら、本格的な眠りに入ろうとしていた時、一瞬何かの考えが過ぎった。

とても大切な事を思い出しそうなのだが、

「明日でもいいか」

と、睡魔に負けて、寝てしまった。

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〜三日目〜

一人暮らし初の休日で、親の元に帰り、溜まった洗濯物を洗濯機に詰め込む。

不定休の仕事だが、大体2〜3日に1回の割合で休みが入る為、洗濯機代を節約した結果、実家で洗濯をすることになった。

洗濯を済ませ、親との会話を楽しんだ後、一人っきりのアパートに戻った。

ホームシック感が出ない内に、ラジオをつけ、物が少ない部屋の中央で寝転がってみた。

集中して周りの音を聞いていると、ラジオの他に、上の階の部屋から、パタパタッと足音が聞こえてきた。

うるさいって程ではなく、普通の生活音なので、

「音の軽さや、間隔から子供かなー」

など、勝手に推理をしていた。

一ヶ月という短い期間なので、お隣さんなど周りの部屋へ挨拶には行っておらず、通路で会わない限り、答えは分からない。

そんなくだらない事を考えながら、夕食の準備をし、時が流れるままに支度を済ませ、その日も無事に1日を終えた。

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〜五日目〜

朝起きて、左腕に違和感を覚えた。

重だるい感じで、軽い筋肉痛に似たような違和感があった。

前日、特に無理した記憶はないし、左腕を見ても腫れや、打ち身になっているようなところもない。

寝相が悪かったか。

または、お布団を敷いていた位置が窓際近くだった為、窓からの隙間風で、冷えてしまったか。

仰向けで寝ると、左腕側が窓に近くなるので、寝冷えが有力か。

そんなことを考えながら、仕事に行く支度をし、

「だるさが長引いたら貼ろう」

と、何枚か湿布を持ち、家を出た。

幸いなことに、だるさは長引く事はなく、お昼頃に思い出した時には、すっかりなくなっていた。

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〜六日目〜

「ドンッ」

という何かが落ちたような、鈍い音がして、目が覚めた。

明かりを点けてみたが、部屋の中で物が落ちたりはしていなかった。

となると、

「やっぱり、外か…」

冬ならば、積もった雪が屋根から落ちた音かもと、思えたものを。

寒さが厳しいとはいえ、もう雪が降る季節ではない。

となると、

一体外で、何が落ちたのか。

カーテンを開ければ、答えは分かる。

しかし、怖さや、一人という寂しさから、カーテンを開け確かめる事は出来ず、部屋の明かりを点けたまま、そのまま寝た。

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〜八日目〜

「セラ、私思い出しちゃったんだけど…」

お昼に仲の良いスタッフと、お昼ごはんを食べていた時。

「セラが今住んでる美山さんのアパート…事故物件じゃなかったっけ…」

その言葉を聞いた時、今まで忘れていた、思い出せなかった事実が浮かんできた。

その話は、美山さんから何年か前に聞いた。

美山さんが引っ越して間もない頃、引っ越しの片付けを行いながら、夜中に映画観賞していたところ、時刻は夜中の2時を過ぎていた。

「そろそろ寝ないとなー」

と、寝支度を整えていた時。

「ドンッ」

と、外から何かが落ちたような、鈍い音が聞こえた。

季節は冬であったが、ここ数日は珍しく晴れ間が続くと、天気予報で聞いていた。

実際、ここ数日雪は全く降っておらず、昼間もまるで春の陽気のような暖かさだった。

しかし、冷え込む夜に一晩で降る、という事もあり得た場所でもあったので、

「雪が落ちたかなー」

ぐらいしか思わず、カーテンを開けて確かめる事はしなかった。

引っ越し疲れが溜まっていた事もあり、お布団に入った途端、すぐに寝てしまったそうだ。

なんの夢かは忘れてしまったが、夢を視ていると、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。

そのサイレンによって意識が徐々に、現実に浮上し、完全に起こされた時、

「音近いな…」

と、瞼を開けてみると、新居の為に買った薄ピンクのカーテンの隙間から、赤色の明かりが、強弱つけながら光っているのが見えた。

部屋の窓からは、アパートの共同駐車場しか見えないので、こちら側から光が見えるという事は、アパートのどこかで何かがあったという事だ。

音を聞く限り、消防車の音はしなかったので、火事ではないと思ったが、さすがに気にしないわけにもいかなかった。

カーテンを少し開け、外を覗く。

さっきまで寝ていたので、暗闇に慣れてしまった目に、パトカーなどの警告灯の光は強く、眩しさに目が眩んだが、慣れてくると、自分の部屋から直線上で、ほんの数メートルのところに、シートで覆われた場所があった。

そこの周りを警官らしき人が忙しなく行き交っている。

異様な空気感に、心臓が早鐘を打つ。

カーテンを閉めて、お布団に潜り込んだ。

携帯とイヤホンを出し、明るめの曲を聞いて、余計なことを考えないようにした。

しかし朝になり、しばらくすると、アパートの隣人や取り調べに来た警官から、事実を知った。

飛び降り自殺だった。

女性の一人暮らし、自殺についての検索や書込み履歴、遺書などもあり、他殺の可能性は低いとの事だった。

入念に準備してからの自殺との事で、ほぼ即死、音に気づいて、最初の人が駆けつけた時点で、助かる術はなかったそうだ。

特に遺書が強かったのか、事件は迷宮入りする事はなく、テキパキと片付けが終わり、1週間後にはいつもの日常、数ヶ月後には死亡女性の部屋には、新しい入居者がいた。

美山さんも死亡女性とは、引っ越しの際の挨拶ぐらいしか、接点がなく、最初こそ驚きはしたものの、日が経つにつれ、驚いた思い出として、記憶に残るぐらいになった。

実際にこの話を聞いていた時、

「いやー、もし私がカーテン開けていたら、真上の部屋だったし、その女性の仏さんと、こんばんはしてたってことじゃん、それはキツいなー」

と、笑いながら話していた。

美山さんの中でトラウマにならなかったのは、幸いだった。

そして、その話を思い出して、私は絶望していた。

子供の頃より霊感がなくなってきたとはいえ、1週間、事故物件に住んでいたことは奇跡に近かった。

寝冷えかもしれないが、腕のだるさだけで済んでいたのは、私が気づいていなかったからだ。

しかし、私は今、気づいてしまった。

そうなると、今までの経験上、奴は動き出す。

今夜に。

実家に帰ろうかと考えたが、ちょうど昨日、毎年恒例の、家丸ごと防虫作業の話をしたばかりだった。

春前に行うこの作業は、大体2日程、家を開けなければならず、毎年この時期になると、休みを頂き、山奥の祖父母の家に避難していたのだが、今年は私だけ一人暮らし満喫中だった為に残り、親だけ避難していた。

なので、実家にも帰れず、休み申請も出していないので、祖父母の家にも帰れず。

私はとにかく、絶望していた。

親が帰ってくるまで、車で過ごすか、またはホテルを借りて過ごすか。

様々な事を考えてみたものの、親がいない以上、どの場所で過ごそうが、1人である事に変わりはない。

向こうは気づいている以上、場所は関係ないかもしれないと考えた時、

「なら、万全な状態にしやすい場所がいいか」

と、一人暮らしのアパートに帰ることに決めた。

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「ただいま」

当然、返事は返ってこない。

一人暮らし初日と変わらないはずなのに、異様に部屋の空気が重たく感じた。

「気の所為、気の所為」

と、悪く考えそうになる思考を振り払い、部屋のあらゆる明かりを点け、ラジオを点けて、静まり返った部屋を打ち消す。

朝に開けたカーテンを、外を見ないように、素早く閉めて、窓際から離れた。

今出来る霊対策を行った後で、お風呂に入り、寝る支度を整える。

いつもは窓際近くに敷いていたお布団を、今日は可能な限り窓際から離して敷いた。

「人間が、寝なくても良い生き物だったらな」

とか、

「夜なんか来なければいい」

とか、

不可能な事をブツブツ言いながら、お布団に入る。

当然、部屋の明かりは全て点けっぱなし、ラジオも近隣に迷惑がかからないよう、音を小さくして点けていた。

仲の良いスタッフがくれた、虹色に光るウサギの置物を、気休めに枕元に置いた。

子供の頃から持っている、お守りを握り、

「明日も仕事だから、寝なくちゃ」

という気持ちと、

「寝たくない」

という気持ちを、行ったり来たりしている内に、いつの間にか寝てしまっていた。

ふと、目を覚ました時には、かなり質の良い睡眠だったのか、頭がスッキリしていた。

「今、何時だろ?」

と、掛け時計を見たが、床に置かれ、文字盤が見えない状態で置かれていた。

「あぁ…夜中に何時か分かるのが嫌で、自分で外したのか…」

と思い出し、わざわざ見に行くまでもないかと、お布団に入ったまま、部屋を見渡した。

部屋の中は、寝る前と同じ、煌々と明かりが点いており、ラジオからも男性のトークが聴こえていた。

ちらりと、カーテンの方を見たが、特に変わっているところもなく、カーテンの隙間から朝日が射し込んでいない状況から、まだ朝ではないという事が分かった。

変わりない状況に安心したのもあった、睡魔に襲われ、2度目の睡眠に突入しようと、瞼を閉じる。

ラジオの男性のトークが子守唄のように聴こえ、さらに眠りへ誘っていく。

「あと…もう少しで寝れそう…」

と思っていた時、ラジオではない音源を耳が拾った。

「やばい!」

と思い、飛び起きたものの、もう遅い。

いくらラジオに集中したいと思っても、まるで焦点が合ってしまったかのように、ラジオではない音源が大きくなっていく。

ダメ元で、耳を塞いでみたが無駄だった。

窓の向こうから、ボソボソと聞こえ、最初何を言っているのか分からなかった音が、徐々に大きくなり、分かるようになってきた。

「いたい………くるしい………かわって………」

その言葉を、窓の向こうから、繰り返す何か。

声から、女性と思う。

「いたい………くるしい………かわって………」

声が繰り返し聞こえるだけで、他に変化はなかった。

霊対策やお守りが効いていたのかもしれない。

「寝ることは無理そうだ」

と諦め、キッチンに向かう。

「早いが朝食の準備でもして、やり過ごそう」

と、これ以上気を持っていかれないよう、少し手の込んだ料理を作り始める。

幸いな事は、眠気がない事と、聞こえる声はそこまで大きくなかった事。

うるさい程聞こえる事や、耳元で囁き続ける事がなかった為、何か作業をしていれば、悪趣味なBGM程度に思うことが出来た。

実際、その後は料理に集中し、気がついた時には、声は聞こえなくなっていた。

ラジオからは、鳥のさえずりが聴こえ、カーテンの隙間から、朝日が射し込んでいるのを見て、胸をなで下ろした。

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〜九日目〜

身構えて夜を迎えたものの、昨日のような声は聞こえる事はなく、安心して眠る事が出来た。

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〜十日目〜

実家に親が帰ってきたので、事情を説明し、実家に戻った。

荷物は後日運ぶ事にして、ひとまず、今必要な仕事に関係するものだけを持ってきた。

美山さんにも事情を説明したところ、すごく謝られたのを覚えている。

一時、事故物件から開放された安堵からか、いつも以上に良く寝た1日となった。

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〜十七日目〜

職場で嫌なことがあり、とてもムシャクシャしていた。

周りのスタッフが慰めてくれたものの、残業中も収まることはなく、しかも、残業をしたにも関わらず、仕事が終わらなかった事で、さらにムシャクシャしていた。

「絶対に今日で終わらせてやる」

と、家に帰った後も、仕事を続けていた時。

「あれ?古い資料って、どこやったっけ?」

と、仕事机を漁っていた。

漁りながら、ふと思う。

「もしや、アパートに置いてきた?」

自宅と会社以外持っていく場所はないし、自宅にない以上、考えられるのはアパートしかなかった。

その時、必要な分の仕事道具しか持って帰ってこなかった為、置いてきた事は十分に考えられた。

仕事を終わらせたい、一人でアパートに行く怖さ、天秤にかけた結果、仕事を終わらせたいが勝った。

いつもなら、そんな選択は、絶対にしないはずなのに。

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「資料を取るだけ!長居しなければ大丈夫!」

道中、自分を勇気づけて、久々のアパートに入る。

部屋に入り、あらゆる明かりを点け、ラジオを点けたところで、ホッと一安心した。

すぐさま、アパートで使っていた仕事棚に向かうと、探していた資料はすぐにあった。

このまま帰れば良かったものの、

「せっかく来たし、また夜中にアパートに入りたくない」

と思ってしまった為に、仕事道具だけでも、全て持ち帰ろうと、荷造りを始めてしまった。

もともと、荷物は多く持ってきていないので、数分の内に、荷造りは終わった。

「これを持って、アパート出れば大丈夫」

と、仕事道具の荷造りを最終確認していた時、一段大きな声が聞こえた。

音源はラジオのみ、別に声に出す程ではなかったが、寂しさからの条件反射だろうか、

「うるさいなー、もう…」

と、声に出して、応えてしまった。

瞬間、部屋に張りつめる重苦しい空気。

「しまった!」

と、思い至った時には、時すでに遅し。

キーンッと、痛いぐらいの耳鳴りがした。

呼吸が上手く出来ず、過呼吸になる。

今すぐ逃げ出したいのに、呼吸が上手く出来ない為か、または恐怖の為か、足が震えて、その場から動けない。

「逃げたい!」

と、逸る気持ちとは裏腹に、思考は嫌なほどゆっくりと流れる。

自分の耳に届く声は、ラジオのみと思い込んでいた。

しかし、この場所において、音源はラジオ以外にもあった。

それは、あの日、嫌という程聞いていたはずなのに。

「いたい………くるしい………かわって………」

霊に会った時、目を合わせてはいけない、話しかけてはいけない、声に応えてはならない。

霊にも様々いるだろうが、大体の霊は気付いてほしいとか、連れて逝きたいとか、存在を認めてほしいという、欲求が強い。

それは質が悪いものほど、強いように感じていた。

そんな霊から身を護る最低限の事と教わり、守ってきたはずだった。

ミスを全くしないわけではない、しかし、さすがにこのミスは異常。

今日で考えれば、何故、急ぎの仕事でもないのに、夜中にアパートを訪れたのか。

何故、夜中に荷造りをし、長引かせてしまったのか。

「まるで、呼ばれていたような…」

そんな考えに辿り着いた時、

「やっと…気づいてくれた…」

自分の真後ろから、女性の声が聞こえた。

最早、悲鳴さえ出せなかった。

恐怖が限界突破し、膝から崩れ、その場にへたり込む。

後ろを確認する事も、もちろん出来ない。

だが、分かる。

自分の真後ろに、人ではないものがおり、へたり込んだ私を見下ろしている。

このままでは、無事では済まない。

生存本能が警鐘を鳴らし、足に力を込めるが、硬直したように、ピクリとも動かなかった。

そんな状態で、走って逃げる事は、まず不可能。

仮に立てたとしても、真後ろのものが、黙っているとは思えない。

「どうにかしなければ…」

真後ろのものを刺激しないよう、目だけを動かし、辺りを見回す。

すると、

へたり込む自分の右斜め前に、持ってきた鞄を見つけた。

あの中には、お守りが入っている。

長年、私を守り続けてくれてる、大切なお守り。

「取ることが出来れば、状況を変えられるかもしれない!」

そう思い、右手指に力を入れると、足とは違い、動かせる事が分かった。

右腕を伸ばせば、届く。

幸い、呼吸も落ち着いてきた。

「向こうが動く前に、今しかない!」

そう思うやいなや、右腕を鞄に伸ばした。

真後ろのものが気づき、動く気配はしたものの、私が鞄を取る方が早かった。

やはり、鞄を取って正解だった。

お守りが入っている鞄を抱きしめると、あんなに重かった空気が和らぎ、動かなかった足も動かせるようになった。

張り付くように真後ろにいたものも、気配が遠のき、まだいるものの、それ以上近づけないようだった。

この状況がいつまで続くか分からないので、鞄と仕事道具を抱え、玄関に走る。

「バンッ」

壁を叩くような音が、部屋中に響く。

後ろのものが、どこかを叩いているようだ。

「バンッ」

「もう少し…だったのに!」

「バンッ」

「もう少しで、同じ苦しみを!」

「バンッ」

「いやだ…いやだいやだいやだぁぁーーー!」

「バンッ」

「ぃたあぁぁぁいぃーよぉーーー!」

「ぁあああああぁーーー!」

「バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!」

「バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!」

「バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!」

物を叩くような音と、叫び声を聞きながら、玄関扉を開け放つ。

すると、あんなにも響いていた音が、一瞬でかき消え、夜らしい静寂が広がった。

もう、ミスはしない。

明かりやラジオを点けたままだったが、今は戻らない。

部屋の中は見ない。

鍵をかけて、一目散に実家に帰った。

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〜十八日目〜

昼間に、親とアパートを訪れ、全ての引っ越しを終わらせた。

心配で来てくれた美山さんと、アパートの管理会社に行き、契約は今月末までだが、もう部屋に入る気はないと、部屋の鍵を返す。

その日、事故物件と縁が切れたことで、気持ちはとても晴れやかだった。

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知人から聞いた話だが…

事故物件を調べる事ができる某サイトで、その物件を調べると、投身自殺のみが異様に多い、との事…

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