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中編5
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それは俺が大学2年生のこと。

「県境のとある峠道を深夜に通ると、女の幽霊に追われる」

という噂が学内に流れた。

オカルト好きな俺はすぐにその噂の峠に向かった。

深夜、当時乗っていたホンダのモンキー(バイク)を峠の入り口に停めて、とりあえず一本タバコを吸う。

ここまで来てなんだが、生来小心者なので、急に怖くなってきた。

深夜の峠道って本当に車の往来が少ないし、真っ暗だ。

どうしようか悩んだ結果、次に車がきたら、その後ろを着いて行こうという情けない結論に至った。

しばらくすると、車のヘッドライトが見えた。

丁度、峠にこれから進むようだ。

よし、この車に着いて行こう。

俺はモンキーのエンジンをつけ、その車が通りすぎるのを待った。どうやら軽トラのようである。

軽トラが俺を通り抜けて数秒してからバイクを稼働させた。

後ろについて分かったことだが、この車、ただの軽トラじゃない。

商用車だ。

というか、石焼き芋を路上販売してる車だ。

深夜の峠道を走る石焼き芋屋と、それを追っていくモンキーという構図はそれだけで異様かもしれない。

そして峠の中頃を過ぎたころ・・・

石焼き芋屋の荷台にゆらりと黒い影が現れた。

あ、でた。

長い髪をダラリとさせながら、その影は運転席の天井に覆いかぶさった。

「女の幽霊に追われるという噂だったけど、このパターンもあるんだな・・・」

そんなことを冷静に思えたのは、当の幽霊にエンカウントしているのは自分ではなく赤の他人だったからに違いない。

車が峠の急なカーブを曲がるたびに、長い髪がたなびいている。

幽霊でも慣性の法則に従うのかもしれない。

すると、おもむろに女の幽霊はバンバンと運転席の天井を叩き出した。

無論、手のひらで叩くことを主としているのだが、

カーブを曲がるときは、手を自分の身体の固定に回しているので、主にヒザを駆使している。

ヒザ蹴りのたびに「ドゴッ」という鈍い音が周囲に響いている。

この幽霊は何がしたいんだろうか。

車内に入ってドライバーに取り憑きたいのか、車を破壊してスコアを稼ぎたいのかよくわからない。

女が身体を運転席の前方にのめり込ませていく。

おそらく、ドライバーは女の顔を見たのだろう。

石焼き芋屋は急にスピードを上げた。

当然といえば当然。女を振り落とそうとしているのだ。

見たところこの幽霊、ある程度物理法則に則っているから、有効かもしれない。

石焼き芋屋のスピードはどんどん加速していく。

カーブを曲がれるか。

・・・よし、曲がれた。

しかし、だめだ。女は長い髪を、車体に取り付けられたスピーカーに絡ませることで、揺れをしのいでいる。

この女幽霊、意外と技巧派だ。

すると車は、けたたましくクラクションを鳴らし出した。

仕方のないことだろう。おそらくドライバーはパニックになっているのだ。さっきよりも、直線のラインも乱れてきている。

そして石焼き芋屋のスピーカーから大音量で

「ぎゃあああああ」と悲鳴が聞こえた。

おそらく、慌ててクラクションやらなんやら押しているうちに、スピーカーのスイッチを押してしまったのだろう。

車は猛烈にスピードを上げてカーブに突入していく。

そのコーナリング中、またしてもスピーカーから大音量で

「ぎゃあああああ

(無音)

い〜しや〜きぃ〜も〜〜おいも あまくておいしい石焼き芋はいかがですか しあ〜わせの〜おいも おいしい石焼き芋がやってきました い〜しや〜きぃ〜も〜〜おいも やきたて

(無音)

あああああああああ」

・・・あ、焼き芋屋さんだ・・・

おそらくパニックになってまた車内のスイッチを押したのだろう。

こんな状況でもほっこりするのだから、すり込みとは偉大である。

しかし女の幽霊は不敬にもその大音量にたじろいだのか、いったん天井から荷台に降りた。

そして悔しそうに荷台の芋焼き器をバンバンと叩き出した。

意味が分からないが、幽霊はこれくらい感情に率直なほうが見てて面白い

やがて叩いた拍子で芋焼きの蓋が開いた。

そしてカーブに差し掛かった瞬間、大量の焼け石と焼き芋が女の幽霊に降りかかった。

「ぎゃあ」

女は悲鳴をあげて車から転げ落ちていった。

・・・そして、消えてしまった。

やがて峠の終わりの、道が開けたところまできたところで、車は停まった。

俺は石焼き芋屋の傍にバイクを停め、運転席を覗いた。

石焼き芋屋は放心している。

仕方がない。

大丈夫ですかと声をかけると、石焼き芋屋は一瞬驚いた表情をしたが、俺を普通の人間だと確認すると、安心した顔になった。

「大変でしたね」

「ああ、このあたりで幽霊が出るとは聞いていたんだけどさ、まさか自分がでくわすとわね。商売物も吹っ飛んじゃったよ、たはは・・」

石焼き芋屋は苦笑いをしている

「あの・・」

「なんだい?」

「もしよければ、残っている焼き芋があれば、売ってくれませんか?」

「かまわないよ」

石焼き芋屋は車外に出て荷台の芋を確認する。

「お、丁度ニ本残ってたよ。ほら、売れ残りだから300円でいいよ」

「ありがとうございます。」

石焼き芋屋と別れて

帰路につく。

流石に、さっきの峠道を通る気になれない。

交通量の多く、明るい道を通った。

・・それにしても冬のバイクは寒くてしんどい。

懐にしまった石焼き芋がカイロのかわりになってくれるのが支えである。

腹も減ってきた。

一本食べてしまおうか。

バイクを停めて、芋を食う。

甘くて美味しい。

すぐに食い終わると、タバコをふかした。

・・・そして、さっきのことを思い出す

いやあ、怖くも面白い体験だったなあ。

女の幽霊は追ってくるってことだったけど、噂ってのはコロコロ変わるからな。

芋も美味かったし。

良かった良かった。

まだ芋も一本残ってるから、これはまた後で・・・

・・・ここで石焼き芋屋のひと言が思いだされる。

丁度ニ本残っていたよ

・・・「丁度」ニ本・・・

丁度ってなんだよ。

丁度って・・・

それに気づいた時、耳元で

「・・・ねえ・・・アタシの石焼き芋は?」

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