奇妙な話を二件も、立て続けに持ち掛けられたのだという。
いずれも同じような話で、もしかすると同一の話を別の側面から語っているのでは、と思われるのだが、しかしその両方を真実とするとつじつまが合わないのだという。
「まるで羅生門―――いえ、藪の中ですね」
Eはそのように、どこか楽しそうにそう言った。
これは僕の友人Eがさらに仕事上の付き合いの男性から聞いた話である。
nextpage
男が話を聞いた最初の人物―――仮にAとしておこう―――は同じサークルの先輩だった。
サークルと言ってもいわゆる飲みサーの類であり、打ち上げとか歓迎会とか合宿とか、口実を作っては飲み会をするようなサークルだった。
先輩Aから話を聞いたのはやはりその飲み会の場であった。
何倍か飲んで場が温まり、気分もほぐれてきたあたりで、Aはその相談を持ち掛けてきたのだ。
「お前さ、生霊って信じる?」
そんな、荒唐無稽な語り口だった。
現実離れしてもいる。
Aの口調は冗談とも本気ともつかない。
「生霊って……怪談っすか?」
「あー……そうそう。そんな感じ」
「そっすね。見たことは無いっすけどね」
「じゃあ見せてやるよ」
その、やはりことも無い口調から、語り手は冗談、あるいは余興の怪談なのだろうと高をくくった。
普段からそういう軽薄な人物であり、何かあれば下ネタを振ってきてばか騒ぎする類の人物だった。
「これなんだけどさ」
Aはそういうと、スマートフォンを操作し始めた。
心霊写真でも見せてくれるのか、と期待半分でAの手元のを覗き込む。
画面には女性の顔が写っていた。
ロングヘア、顔たちは整っている。
化粧はやや濃いめ。大学生デビューに力を入れたような感じがあったのだとか。
上半身には服装は縦セーターを着ていて、総じて当時の大学生として平均的な恰好だった。
正直、拍子抜けした。
あまりにも普通の写真だったからだ。
適当な女の写真をこれだ、と言って見せてきているんじゃないかと感じたくらいである。
「なんすかこれ、彼女自慢すか?」
そう、笑いながらツッコんだ。Aは薄ら笑いを浮かべながら「ちげーよ」と返した。
「俺がレイプした女」
その、あまりにあっさりとした言葉に聞いていた男は唖然とした。
は、と間抜けな音が口の間から漏れ出る。
一瞬、意味を図りかねた。
「レイプだよレイプ。酒のましてさ、頭ぐでんぐでんにしてから犯してやったわけ。彼氏がいたみたいで、滅茶苦茶抵抗してきたんだけど。途中からおとなしくなって、こっちの言うこと聞いてくれるようになってさ。そっからは普通に気持ちよくなったわ。ほら、顔もそこそこだろ?肉付きもこっからじゃ分かりづらいけど、まぁそこそこで気持ちよかったよ」
続けられる言葉に、男はやはり唖然としていた。
なんだろう。
なんなのだろう、この話は。
突っ込みべきなのか。
受け狙いのボケなのだろうか。
それにしては趣味が悪い。
笑いどころが分からない。というか、生々しい。
「それで――――それがどうして生霊になるんすか?」
やっとのことで絞り出した言葉は、ひとまず相手の突っ込みどころを全部スルーして話を進めるためのものとなった。
事実だろうが冗談だろうが、男にとってそう変わりは無い。
というか、そこに切り込むのが面倒くさかった。
恐いと言い換えても良い。
その、趣味の悪い話を引きづりたくない。
さっさと終わらせてほしかった。だから、続きを促す。
「それがさ、俺そいつの写真とか撮った覚えないわけよ。別にハメ撮りとか趣味じゃねーし。動画サイトにアップして小遣い稼ぎしたり、これからもヤラせるネタにするってほどの女でもないし。普通に気持ちよくなりたかったんだよな。でもさ、なんか写真残ってんの」
「はぁ」
「それも服着てるし。デリヘルの紹介写真みてえな感じでさ」
言いながら先輩Aが笑う。
どこが笑いどころなのか分からなかったが、「あはは」とつられて笑っておく。
さっさと別の話題に移ってもらうためにも、まず話を終わらせてほしかった。
「スマホの容量圧迫するから消したんだよ。でも、消しても消しても気が付くとこの画像が復活してんの。スマホの不具合かなんかかとも思ったけど、でも違うんだよな。これってさ、あれじゃねぇかな?」
「あれってなんすか」
「いや、相手の生霊が現れてんじゃねーかなって。俺のことが忘れられなかったとかそういう?きっと彼氏のより俺の方が良かったけど、連絡先とか交換してなかったからさ。そういう思いが、俺のスマホに現れてんじゃねぇかなって」
―――なんとも、都合のいい解釈だと男は思った。
普通、解釈するのならレイプ犯を恨んで、とかそういう風になるのではないか。
というか、普通ならそもそも生霊だなんて解釈はしない。
「そういうこともあんじゃねーかって、そんな気がするのよ」
それから、この話題はお開きになった。
後輩があまり乗ってきていないのが分かったのかもしれない。
ともかく、この話はそれ以上膨らむことは無かった。その場では。
それからしばらくしてから、また男が付き合っていた女性―――Bとしておく―――から、また違う相談を受けた。
それはストーカー被害にあっている後輩の女子がいる、という話だった。
彼女とは付き合って一年立つ。
馬が合い、一緒にいて心地いい。
これからも真剣に付き合いを考えていきたい―――そう考えられるような女性だった。
だから、男は真剣に耳を傾けた。
―――傾けた、のだが。
「それでさ、この娘のスマホに、毎日同じ写真が送られてくるわけ」
そう言って、ある画像を見せてくれた。
一人の男が映りこんでいる。その姿に、男は心当たりがあった。良く知る人物である。
それは、先輩Aの姿だった。
被害者という女性は隣で、うつむきながらBの話すままにしている。
「送られてくる―――っていうか、気が付いたらアルバムに写真が戻ってるっていうの?そんな感じ。最初は機械の故障の方を疑ったんだけど、でも何度消しても戻ってるっていうのね。そんで、代わりに私が消してあげたりもしたんだけど―――やっぱり消えない」
スパイウェアとか、マルウェアとか。なんかそういうのじゃないの、とBが言う。
そういうの詳しくない?とBが男に言った。別段、詳しいわけでは無い。
そうした犯罪紛いのソフトを紹介する雑誌をチラ見したりはするが、それはアングラへの興味によるものだ。
―――しかし、この場において、男はそうしたことを言わなかった。
「ああ、うん」と、あいまいな返事を返す。
返しながら、男は神妙な顔つきでうなった。
ソフトについて考えているわけでは無い。
Aから聞いた話との奇妙な符号について試行している。
似たような話を、つい先日聞いたばかりだった。
何度消しても復活する写真。
片や生霊による心霊写真と解釈し、片やストーカーによる被害と解釈している。
どちらが常識的かは一目瞭然だった。
しかし、男は両方から話を聞いてしまっている。その奇妙さを、男は知ってしまっている。
―――ああ、そう言えば。うつむき加減で被害者と言う女性の顔はよく見えていない。
「あの、出来ればその写真のデータとか見してほしいんだけど」
男がそういうと、うつむいていた女性はビク、と身を震わせる。
ためらいながら、おずおず、とスマートフォンを差し出した。
その時、良く見えなかった女の顔がチラと見える。
ああ、やっぱり。
女の顔は、Aのスマートフォンの心霊写真とやらと、同じ顔をしていた。
男はどう対処するべきなのか、途方に暮れてしまった。
女性にAの名前を出すか。あるいは自分が所属するサークルの名前を出すか。
そうすれば彼女が本当にAがレイプしたという女性と同一人物なのかどうかが分かる。
―――ただ、男にはそれがどうも憚られた。
Bは後輩の身に起きていることに真剣に怒り、真剣に解決しようとしているのが感じられた。
正義感の強い女性だった。
そんな彼女が―――自分がそうしたレイプをするような人間と付き合っていると知ったら、きっと軽蔑するんじゃないか。
そんな恐れが出てきた。
きっと被害者の女性はレイプがどうとか、そういう話はしていない。
切り出しにくい話だから、きっとBにも言っていないのではないか。
―――そんな女性に、「貴女はAという人物に犯されましたか」なんて聞けるわけが無かった。
そもそも、この問題は放っておいても良い話なのだろうか。いや、放っておいても良い話なのではないだろうか?
男はそんな、都合のいい願望を思い始める。
だって実害は出ていない。
せいぜい、スマートフォンのメモリの容量が圧迫されるだけだ。
気味が悪いし、不快な気もするだろうが、しかしこの問題を解決したところできっかけとなる過去を無かったことに出来るわけでは無い。起きてしまったことはどうすることもできないのだ。
だったら、少しくらいのことは我慢してもらうのが良いのでは無いか。
未来ある自分とBとの関係に水を差すようなことはあってはならない―――。
「知り合いでそういうの詳しい人がいるんで、相談してみるよ。まぁでも、そんな心配することじゃないと思うけどね。一応聞いときたいんだけど、この写真の日付ってずっと変わらないの?」
女性はこくんとうなづいた。
「じゃあ誰かのハッキングとかそういうんじゃないよ、きっと。多分OSとかの誤作動じゃない?」
男は適当な言葉を並べ立てて、その場を収めようとした。
実際、それで彼女は一応の納得をしてくれた。
このまま時間がたてば、きっと女性も忘れるだろう、と楽観視していた。
数週間後、Aと女性が同一犯とみられる暴行事件にあうまでは。
Aは陰茎をハサミで切りとられ、出血多量で死亡。
女性は体の数か所を切りつけられる大けがを負った。
女性の暴行中に犯人は取り押さえられ、警察に引き渡される。
幸いといっていいのか。女性の命に別状はなかった。しかし傷は残ったらしい。
取り調べによると犯行の動機は「恋人とAが浮気していた」「自分に隠れて嘲笑っていた」というような供述をしていたようで、痴情の縺れと警察は判断した。
『彼氏がいたみたいで、滅茶苦茶抵抗してきたんだけど』
Aがそう語っていたことを思い出す。
―――しかし、女性はその暴行犯との関係を否認した。
『そんな人は知らない。自分とは全く関係が無い』と、女性は言ったのだという。
実際、その後の調べでも犯人と女性の間に関係は無かったらしい。
何もかもが不可解で、わけが分からなかった。
男は怒りに駆られるBを慰めながら、何度も一緒に女性のお見舞いにいった。
Bは女性以上に怒っていたし、悲しみに暮れてもいた。
男はそうした彼女に寄り添い―――そうしたことがあって、かえって関係性が深まったという。
Bとの交際は今年で5年になる。そろそろ結婚の話も出ているらしい。しかし、その出来事がなんとなく、気持ちの悪いしこりとなって残っている。
作者佐倉
ある男性が持ち掛けられた二つの話。それは互いに関連しているようで……両方を合わせると絶妙につじつまがあわない。