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中編3
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揺れる背中

これは私が、

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小学校低学年だった頃の話。

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母子家庭だった私が住んでいたのは、6階建ての団地の4階だった。

学校が終わると、クラスメイト数人と一緒に校門を出て、最後は一人で団地まで歩いて帰っていた。

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それは、朝から曇りがちで、何だか陰鬱な夏の日だったと思う。

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西からの弱い陽光が射す頃、私はいつものごとくクラスメイト二人と一緒に、下らない話を喋りながら、帰路についていた。

同行の者が一人減り、二人減り、最後には一人になった私は長い影を連れ添いながら、狭い路地を一路、自宅に向かっていた。

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ようやく団地の敷地内に入ると、立ち並ぶ灰色の建物を左手に見ながら進み、自宅のある棟の入口前に立つ。

ちらりと奥にあるエレベーターに目をやると、最上階で停止しているようだ。

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しょうがないから階段を利用することにした。

コンクリートの階段を元気にかけ上がっていく。

時折よろけながらも、テンポ良く軽快に登っていった。

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─よし、ようやく着いた!

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それから渡り廊下を小気味良く走り、ゆっくり錆び付いた金属の扉をギギギっと開くと、奥のリビングに向かって、いつものごとく「ただいまあ!」と元気よく声を出す。

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だが、その日は何かが違っていた。

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まず「お帰り」という母の優しい声が無いのだ。

足元を見ると、いつもの母のサンダルはなく、代わりに、男の人が履く黒い革靴が揃えてある。

すると何処からか美しいピアノの旋律が微かに聴こえてきた。

再生の機械が壊れているのだろうか。

何度も何度も同じフレーズをエンドレスに繰り返しているようだ。

音の鳴る先を探してふと見ると、廊下突き当たりのリビングの扉が開いていた。

奥のサッシ窓のカーテンが開いているのか、午後のけだるい逆光がちょっと眩しい。

手前に大きめのソファーの背が見え、その向こうには陽光を時折遮るようにして、上下灰色のスーツ姿の男の人がこちらに背を向けて、立っているのが見えた。

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ただ、男は普通ではなかった。

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異様に身長が高いのだ。

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その頭は天井近くにまで届いていて、ゆらゆらと不気味に肩を揺らしている。

私が恐ろしさのあまり、その場に立ち尽くしていると、男はゆっくりと右に首を動かし始め、終いには、その肩越しから、生気のない瞳で私を見た。

私は後退りしながら、何とか再び廊下に出ると、玄関の扉を閉めて、さっきと同じルートで一階まで降りた。

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敷地内にある小さな公園のブランコにしばらく座っていると、「こんなところで、何してるの?」と、エプロン姿の母が訝しげに声をかけてきた。

私は無我夢中に母の胸に飛び込んでいった。

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後から分かったのだが、どうやら私は階数を間違えていたようだった。

4階ではなく、3階にある家の扉を開けてしまったようなのだ。

つまり、自宅の一つ下の家の扉を。

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その2日後の日曜日のこと。

午前中友達と遊んでいて、昼過ぎに自宅に帰り着いた時、母が玄関前で隣に住むおばちゃんと、何やら深刻そうに話をしていた。

後で母と一緒に昼御飯を食べているときに、それとなく聞いてみると、午前中、棟の入口前に救急車が停車したそうだった。

一階下の住人の男が、リビングで首を吊っていた状態で見つかったということだった。

私はその話を聞き終えた瞬間、全ての合点がいき、途端に両膝がガクガクと震え出したのを、今も昨日のことのように覚えている。

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Fin

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@アンソニー 様
いつも怖いポチ、コメントありがとうございます。
描写を評価していただき、とても嬉しいです。

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