幸代おばさんの話を聞いたのは、だいぶ久々の事だった。
同じ地域に住んでいながら付き合いは薄く、一番最後に会ったのは、確か私が中3で、姉が高2の頃。
会ったと言っても、楽しく過ごしたとかそんな記憶は一切無く、親戚の法要の席で挨拶したぐらいだ。
と、思っていたら…隣で話を聞いていた姉の表情が少し曇った。
「私、幸代さん苦手なんだよね~、ってか…1回、いちゃもん付けられたの」
それは、当時中学生だった夏休みの事。母から頼まれたお使いの帰り道、偶然幸代さんを見掛けて挨拶したのだが…幸代さんは、挨拶はおろか舐めるように姉を見た後、
「娼婦みたいね、みっともないから、そう言う格好やめなさいよ」
と…まじまじ顔を合わせて、言われたらしい。
姉はその時、「娼婦」の意味を分かっておらず、後でネットで意味を調べ、かなり凹んだそうだ。言葉が言葉だけに親にも直接言えず…今になってようやく、私の前でだけ話してくれたのだ。
因みに、姉がその時着ていたのは、フレンチスリーブの淡い水色のTシャツに、膝上丈のデニムのショートパンツと、ラメの入ったピンクのビニールサンダルという、特別露出の無い、年頃の女の子らしい夏の格好だ。なのに…
「突然あんな事言われちゃって、びっくりするわ凹むわで…だから苦手なの…今更、会うなんて気まずいなぁ」
それは、祖母の姉夫婦が相次いでホームに入所し、息子夫婦が家を継いでからだという。
幸代おばさんが突発的に癇癪を起こし、当たり散らすようになったというのだ。
理由やきっかけも様々で、少しでも気に障ると、強めの口調で文句を捲し立てるそうで…一通り言い終わると大人しくなるそうなのだが、いつ怒るか読めず2人共困っている。と…息子さんから私達宛てに、何故か直々に連絡が来たのだ。
「それって、私達が行って解決する話なの?」
と首をかしげたが、「どうしても来て欲しい」という、息子さんたっての願いだと聞き…翌週の休み、乗らない気持ちを何とか持ち上げて、私と姉は、実に8年振りに祖母の姉宅へと向かった。
すると…玄関を上がるなり、早速居間から声が聞こえ、見ると、年の頃50代位の女性が、お嫁さんに向かって、
「これっ!かさばるし邪魔なのっ!ホントやめてよっ!」
と、ソファテーブルの上に置かれた菓子袋を指差しながら、キツイ口調で責めていた。
しかし、お嫁さんが「あっ、ごめんなさい!」と手早く菓子袋を取り上げると…女性は、その手際の良い姿を不満顔で見つめた後…まるで何事も無かったかのようにテレビを見始めた。
その、猫背で曲がった背中と、尖らせた唇…そして、閉じた両足にちょこんと両手を乗せる特徴的な姿勢に…私達はそこでようやく、女性が幸代おばさんだと気付き、話に聞いていた以上の気の変わり様に、思わずドン引きした。
そんな私達の様子を傍目で見つつ、息子さん…以後、藤四郎さんは苦笑しながら、
「いやぁ、初っ端からごめんねぇ…で、こっちに来てくれるかな?」
…と言って、手招きをした。
私と姉は、幸代さんに気付かれないように足を忍ばせながら、台所からこっそり顔を出したお嫁さんに一瞥して、藤四郎さんの後に続いた。
藤四郎さんとお嫁さん…以後、美津子さんが結婚したのが、ちょうど私達が最後に会ったのと同じ、8年前。
父方の祖父が亡くなったのと重なり、私達家族だけは結婚式の参加を見送ったのだが…美津子さんは「大変でしたね」と、逆に気遣ってくれた。
さっきも、私達が無言で会釈しただけなのに、ニッコリと笑顔を返してくれて…何故藤四郎さんは、家を出ずに同居したのだろう、と…柔和な顔に隠された、黒い腹の内を垣間見た気がして、私は心の中で1人悶々とした。
だからか…廊下を進む内に、さっきと空気が変わっていた事に、私は気付けなかった。
「おじさん、用事って幸代さんにあるんじゃなかったの?」
姉がそう尋ねても、藤四郎さんは黙ったままズンズンと廊下を進んでいく。
勝手知ったる家じゃない。しかもこの家は、まあまあ広い昔ながらのお屋敷造り…
なのに藤四郎さんは…まるで置いていかんばかりの早歩きで…私達は必死に、藤四郎さんの後を付いて行った。
渡り廊下を進み、突き当りを右に曲がって、そこから急勾配の小さな階段を使って2階へ上る…
そして、ある部屋の前でピタリと足が止まると、藤四郎さんはやっと、私達の方に振り返った。
そこは、一見何の変哲もない、ただの部屋の前なのだが…藤四郎さんが戸を開けるや否や、思わず「うえぇっ!?」と、声をあげる程の光景が広がっていた。
服と雑貨と雑誌とその他諸々の色んなものが積み上がり、ぐちゃぐちゃになった空間────ゴミ部屋だ。
「おじさん…もしかして…お願いってコレ…?」
硬直したまま私が尋ねると、藤四郎さんは頭を搔き搔きしながら、「うん」と笑顔で答えた。
いや、「うん」じゃねえよ…!と心の中で叫びながら、おもむろに藤四郎さんを凝視する。
すると、女2人に睨まれたからか…藤四郎さんはさっきよりも眉を下げて、たどたどしく言葉を続けた。
「頼みっていうのは…その、ある物を探して欲しいんだ…この、部屋から…」
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安定しない床の上…荷物をどける度に舞い上がる細かい埃が、開け放った窓から差し込む陽の光でチラチラと反射する。
もう1時間以上も…私と姉はこの物置部屋で、同じ作業を繰り返していた。
「臍の緒の入った箱を探して欲しい」
という、無理ゲーに近い藤四郎さんの頼みに、こんな事なら、わざわざお呼ばれ服を着て来なかったと…タイツにへばりつく埃を払いながら苛立ちを隠せず、それは当然ながら姉も同じだった。
「ほんとマジでムリ…『あの時』は、偶然見つけただけなのに…」
あの時とは…私達が共に小学生の頃。祖母の姉が付けていたパールのネックレスがちぎれて飛び散ったのを、私達が全てのパーツを見つけ、運良く元通りに出来たのだ。
藤四郎さんはそれを、どこかのタイミングで聞いたのだろう。私達は探し物が得意と思い込み、呼びつけた…もしそうだとしたら、なんて短絡的だろう。しかし…
「絶対見つけて欲しい…褒美はうんと出すから…」
と、これ以上に無いくらい平身低頭お願いされ、帰るに帰れなくなったのだ。
おまけに、母から「片付けしないと小遣い減給」と徹底的に教育されたせいで…この、とっ散らかった空間に手を付けた以上、放っておけなくなったのだ。全く、なんてお人好しな姉妹だろう…
「しっかし…何だって臍の緒なんて…大事なもんなら、こんな場所に置かないだろうに…」
洋服の山をどけながら、それらしき『箱』を探す。だが、正直疑問しかない。一体、誰の臍の緒なのか、そもそもこの部屋は何なのか…
ふと、手元にあった服を数枚広げてみる。ひと昔前という感じでも今風でも無く、殆どが長袖だった。よく調べると、スカートやズボンも同じで、肌を見せる長さの物は1つも無い…
途端に、私の脳裏に嫌な予感が湧いた。
「お姉ちゃん、ここってまさか、」
「…あんたも気づいた?ここ、もしかしたら幸代さんの物置部屋なのかも…はあ、疲れた!」
姉が、手に持っていた何かの空き箱を放り投げ、服の山にドカッと腰を下ろす。この狭い空間に、物の山と大人が2人…窮屈さを押し殺して「採掘」してきたが、そろそろ限界だった。
「ねえ、私の話を聞くまで、幸代さんってどんなイメージだった?」
「どんなって…なんか『しょんぼりしてる』とか…『おばあちゃんっ子』とか…?」
実際、その通りだった。冠婚葬祭などで親族の集まりがあると、幸代さんは必ずと言って良い程、年長者の輪の中に居た。
しかし、談笑している姿は見た事が無く、いつも何か悩みを漏らしている様子で…祖母や祖母の兄弟姉妹が、まるで子供にするように頭を撫でている光景を、私は何回か目にしていた。
そして…時折、下腹部を手で押さえたり、撫でたりする様子も────え?まさかそれって…
「幸代さんの子供?そんなの聞いた事無いよ。それに、私の格好にケチ付けるんだから、裸なんかもっと無理でしょ!『汚らわしいっ!』とか言いそう(笑)」
「だよねぇ…下着売り場なんか行ったらもっとヤバそう…気ぃ失っちゃうかもね(笑)」
「確かに!(笑)」
そんな冗談を言い合っている内に、苛立ちや疲れも少しずつ解れていく。この際、理由なんかどうでもいい。とにかくこの、埃とガラクタだらけの部屋から1分でも早く解放されたかった。
…そうと決まれば、話は早い。私も姉も、あらかじめ藤四郎さんから貰っていたゴミ袋に、どんどん荷物を詰めていった。
途中、駆けずり回る虫に叫びながらも、10分もしない内に床が見え始め…30分後には部屋の全貌が露わになった。
ボロボロの小さな棚と、錆が目立つパイプベッド。その上には、ぺらっぺらに湿気たマットレスと掛布団が1組…前に動画サイトで見た、ゴミ部屋清掃後の光景そのものだった。
「わたしら、意外と清掃業いけるかもね(笑)」
そう2人して笑いながら、もう一休み、とゴミ袋に腰を下ろした。その時…
パキッ、
と…私のお尻の下で、何かが小さな音を立てた。
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手元には、縦に真っ2つに割れた小さな箱…
その中に敷かれた綿の上には、小さな骨のような、灰色の欠片が1つ転がっている。
これだ、と思うと同時に…冷や汗がじわじわと額を伝う。まさか、私の尻の下にあったゴミ袋の中に、探し物があったとは…でも、仕方無い。
「おじさん…見つけた…んですけど…ごめんなさい」
頭を下げながら、私はニコニコ微笑む藤四郎さんの前にブツを差し出した。
穏やかな人ほどキレるとヤバい…そんな不安で頭が一杯になりながら待っている…と、暫くして、「ヒッヒッ」…という笑い声が鼓膜に響くと同時に、掌から箱の感触が消えた。
「いやぁ、やるじゃないか!ありがとう!」
藤四郎さんは笑いながらそう言うと、ズボンのポケットに手を伸ばし、茶色の封筒を私達の前に差し出した。
「約束通り…これ、ご褒美…って言うと違うか(笑)報酬だよ」
私も姉も、その封筒を見て暫く開いた口が塞がらなかった。報酬というには余りにも…厚みがあったからだ。
「いや、箱割っちゃったし…こんなに貰えません」と断っても、藤四郎さんはにこやかに、「結構結構!ま、とりあえず受け取ってよ」
と言って、半ば押し付けるように封筒を差し出すものだから、手に取る他無かったのだ。
まあ、とは言っても人の性(さが)とは愚かなもので…頭には既に、「何に使おうかな」という思惑が浮かんでいたのだが。
「ありがとね、お陰で過ごし易くなると思う、じゃ、送るよ」
そんな思惑を知ってか知らずか、藤四郎さんは私達の働きぶりに相当感心した様子で…報酬だけじゃ良くないと言って、家まで送り届けてくれた。
そして、車を見送り家に戻ると…私と姉は、早速封筒の中身を数えた。
その厚み通り、封筒には2桁もの諭吉が入っていて…嬉しさと畏れ多さに、思わず数えていた指が震える。
だが、臨時収入に浮足立つ私の横で、何故か姉の顔は少し曇っていた。その手元には一筆箋があり…覗き見ると、まるで殴り書いたように、
「一切口外無用」
…という1文だけが、大きく書かれていた。
「ねえ、今日ってこれから時間ある?」
姉はおもむろに立ち上がると、帰って来たばかりなのに、再び出掛ける準備を始めた。聞けば、このお金全部、駅前のパチンコ屋で全て使い切ると言うではないか。
「…こういうお金はさ、一気に使って無くした方がいいんだよ、少なくとも、これって良いお金じゃないよ」
お金に良いも悪いもあるかよ、と…その時は少し不満だったが…その時ふと、藤四郎さんの言葉を思い出した。
これで過ごし易くなる────
一体、あの部屋は本当は、どういう意図で使われていたのか、仮に…幸代さんが物置として使っていたとしても、あんなに傷んだ家具、わざわざ置いておくだろうか…
思い出すと、途端にもやもやと不安が沸く。もしかしてこれは、報酬というより、口止めなのか?
そう思ったら、姉の言葉にも何故か合点がいく。だとしても、パチンコは嫌だった私は、その日の夜、高級寿司の出前と、高級なデザートとお酒に全て注ぎ込んだ。
当然、母と祖母には驚かれたが…会社のボーナスの余りを使ったと言って誤魔化し、他愛の無い、普段通りの会話をしてやり過ごした。
しかし…夜中、部屋の戸をノックする音が聞こえ、開けると祖母が立っていて、開口一番、「あんた、隠してることあるでしょ…」と、鋭い目で私を見た。
洗濯物がやけに埃臭い、と…祖母は私の嘘を、既に見抜いていたのだ。
祖母は昔から、こういうちょっとした違和感に気付くのが上手い。要は、私と姉がどう隠しても無駄だ、という事…
観念した私は、一筆箋に書かれていた「約束」をあっという間に反故にして、祖母に事のあらましを全て伝えた。
その間、祖母は黙って耳を傾けていたが…話が終わると「嘘はダメよ」とたしなめつつ、私の両肩に手を置くと、「頑張ったわね」と笑った。
その温かい手に、私はふと抱えていたものが溢れ…思わず、あの家で見た幸代さんの様子や、姉が昔言われた事も、全て打ち明けてしまった。
「いくら優しい美津子さんでも、心病んじゃうよ…どうにか出来ないの?」
「そうねえ…どうにか出来ないかねぇ」
「幸代さん、あんな酷い小姑だったなんて」
「小姑?」
「そうだよ、別居すればいいのに…藤四郎さん、いくら身内だからって」
「えっと…ああ…言い忘れてたかしら、幸代ちゃんと藤四郎さん、兄弟でも何でもないのよ?」
「えっ…?」
「と言うより、そもそも…私らの親戚じゃないのよ」
祖母曰く…幸代さんは元々、祖父方のかなり遠縁の人間だそうで…いつの間にか同居する事になっていたという。
祖母の姉は、祖父方のメンツを立てるべく、「一時期だけ」の約束で家に置く事にしたというが…その見立ては甘かったそうだ。
「あの子、神経質っていうか…こだわりが強くて結構大変だったみたい。口論もよくしてたって言うから、思ってたよりも早く同居解消するのかなって思ってたら…幸代ちゃん…出て行かなかったのよ」
幸代さんは、次第に姉夫婦の行動に口を出すようになり…それは段々と、束縛になっていったという。それも、最初は静かに圧を掛けるような感じで…それでもダメな場合は、怒鳴って物に当たったそうだ。
しかし、親族の集まりで外に出ると途端に大人しくなり…年配者が囲って話を聞くも、「ごめんなさい」「悪気はない」と…かなり沈んだ様子で話すものだから、どうしていいか祖母も分からなかったそうだ。
結局、対処が分からないまま姉夫婦はホームに入り、藤四郎さんと美津子さんに、全てを託したのだという。
「幸代ちゃん、料理とか掃除とか上手じゃないみたいで…ホームに行くまで、姉さんがずっとご飯の用意も、洗濯もしてたって言うから…」
「そうなんだ…」
「まあ、あんたがそこまで心配しなくても、藤四郎さんいるんだから大丈夫よ…2人とも、元気だった?」
「うん、元気だったよ、ほんと美津子さん良いお嫁さんだよ…」
「そうね、まあでも…臍の緒ねぇ…」
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「幸代さーん、どこ行くんですか?」
「え?ええと…買い物に」
「買い物なら今、藤四郎さんが行ってますよ?で、本当はどちらに?」
「あなたに、そこまで聞かれたくないっ!」
「ねえ、幸代さん…あなたがホームに行ったところで、何が出来るんですか?ただでさえ、外に出ればネチネチいちゃもんつけるのに」
「ネチネチ、って…!失礼ね!何よもう…ほんっと可愛くないわ」
「さ、靴を脱いで下さい。ていうか…その靴も汚れてますね…捨てましょう」
「何でよっ!…あんた、何なのよ…!」
「好きなだけ怒鳴ったらいいですよ、まあ…何言おうと無駄ですけど?」
「そんなもの……私…私の…」
「わたしの、何?」
「もう!あんた!生意気なのよ!そんな格好して!……」
「痛っ、痛いなもう…幸代さん?私を殴っても…無駄…なんです…よっ!」
「ギャッ!…ヒッ…ううぅ……」
「もう部屋に戻りましょう、ねっ?今日、親戚の子達が片付けてくれたんですよ?お陰で、ゴミも沢山片付いて…すっきりしてますよ?」
「ゴミ……?えっ…な、なんで…!」
「ダメですよ~暴れたら、右肩全然動いてないし、頬っぺたも両方真っ赤っか!靴が大事なら一緒に持って行きましょう…ほらっ!」
「ギャッ!痛い…!お腹…なんで…」
「あ!そうだ…お腹で思い出しました、小さな箱!あれもゴミで処分しちゃったかなぁ」
「箱…箱って…」
「何でしたっけぇ?…あ、そうそう、臍の緒!」
「あ…あああ…ああ」
「この際だから言いますけど、お義母さんもお義父さんも…あなたの事最初っから、娘だなんて思って無いですよ?あの臍の緒…誰のものでも無いのに、何で持ってたんですか?」
「嘘!うそよ!絶対違うもん!何で捨てたのよ!私とお母さんの繋がりなのにぃいい!!」
「ああ…もう…うるさい、なっ!親戚面すんじゃねえよ!」
「……っ……痛いっ…!」
「心配しなくても、ちゃあんとご飯も洗濯もしてあげますよ、忘れて無ければね…さ、お部屋に戻りましょう…」
「痛い!痛いぃ…引き摺らないで…た、すけて…」
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私達があの家に呼ばれる事は、あの日以降殆ど無くなった。
だが、久々の再会をきっかけに、美津子さんとは時折、外で他愛の無い会話をする仲になり、更に時を同じくして、幸代さんがついに家を出て田舎に帰ったそうで…あの部屋の掃除は、その為の準備だったと、ようやく知らされた。
「ほんとゴメンね~、主人が口下手でさ…凄く助かったのよ」
そう言って口元を押さえる手には、最近飼い始めたという、猫のひっかき傷が付いている。
野良出身で手慣れてないというが、「これでも大人しくなったほうなのよ」と言って、愛おしそうに傷跡をなぞるその様子に、私も姉も、「良かった」と安心した。
なのに…何故だろう。会話のさなか、背中に時々…うすら寒い空気を感じるのだ。
受話器の向こうから聞こえた、猫にしては余りにヒステリックな、その鳴き声を聞いた時から…
「もしもし?うん…えっ!?ああ…分かった。ゴメンね、また猫が暴れちゃって…主人1人だと頼りないのよねぇ、私が躾けないと、大人しくならないのよ…」
作者rano_2
掲示板「毎月お題怪談」より。