旧道M峠のドライブインやすらぎ

中編5
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旧道M峠のドライブインやすらぎ

それは梅雨の晴れ間のある日のこと。

昼過ぎから一人、バイクで北に向かったんだ。

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空は薄曇りだったけど、まあまあ心地よい走りを体感出来ていたと思う。

小一時間で市街地を突き抜け、正面彼方に連なる山々を臨みながら、緩やかな坂道を登り進んでいく。

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やがて有料トンネル入口の看板が見えてきたが、

俺は右方にカーブし、旧道のM峠の方へ進んで行った。

この峠は66のカーブがある、ちょっとした難所で、地元のバイカーたちの腕試しの場所として有名なところだ。

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左手にはガードレール、右手には山肌が迫る二車線の山道をどんどん走って行く。

5回めのカーブを通過した後、何気に彼方を見ると、いつからだろう、空は墨汁をこぼしたようになっていた。

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─ヤバイな、これは一雨くるかな

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と思いながら次の左への大きなカーブを曲がると、右前方に忽然とドライブインの看板が見えてきた。

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─「ドライブインやすらぎ」か、、、

少し小腹も空いてきたしことだし、ちょっと寄るか。

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ウインカーを出し、砂利で敷き詰められた駐車場に入っていく。

だだっ広い駐車場には一台の車も停まっていない。

プレハブ造りで平屋建ての店舗前にバイクを停める。

正面の外観からはかなり古い店のような感じだ。

入口前のショーケースを覗いてみる。

ガラスがかなりよごれていて、何の料理のサンプルが並んでいるのかさえ、判別出来ない。

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─だいたい、この店営業しているのか?

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などと不安になっていると、首筋に冷たいものがポトリと落ちてきた。

俺は慌てて透明の入口ドアを押して中に入る。

ほぼ同時に、ぼとぼとという雨音が耳に飛び込んできた。

振り返りドア越しに見ると、外は真っ暗でバケツをひっくり返したようにかなり激しく降っている。

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ホッと一息つき、改めて店内を一覧した。

どこか寒々しく、どんよりとした空気が漂っている。

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正面奥には長めのカウンターがある。

右端の辺りに作業員風の男が3名座り、何やらボソボソと親密に語り合っている。

その手前の広目のスペースに、安っぽい四人掛けテーブルがいくつか置かれている。

その一つに若い夫婦と幼い女の子という家族らしき3人が座り、食事の最中のようだ。

左手奥には座敷もあるようだ。

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「こんにちは~」

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遠慮がちに声をかけてみた。

すると客たちが一斉に、こちらを見る。

なんだか冷たい視線だ。

何も返事がない。

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─ん?駐車場には、他に車とかは停まってなかったけどなあ

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などと不振に思ったが、いづれにしろ営業はしているようだ。

とにかく、カウンターの真ん中辺りに陣取る。

目の前に置かれた下敷きのようなメニュー表を一瞥して目を疑った。

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─かけうどん 30円、肉うどん 50円、カツ丼 100円、、、

おいおい、嘘だろ!この店。

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メニューを見て驚いていると、いつの間に来たのだろう、白いランニングシャツに前掛けをした初老の男が傍らに立っていた。

白髪混じりの頭に、だらしなく無精髭をたくわえている。

男はグラスの水を俺の横に置くと、怯えたような目をしながら立っている。

恐らく店員だろう。

俺はメニュー表を見ながら言った。

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「じゃあ、肉うどんで」

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男は俺の注文に何のリアクションもなく、そのまま立ち去った。

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雨足はひどくなる一方で、カウンターに座っていても雨音が聞こえてくる。

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手持ち無沙汰なので雑誌でも読もうかと、カウンター左奥の雑誌の山に目をやる。

平凡パンチ、少年キング、ガロ、、、

聞いたことも見たこともないような代物が積まれていたので止めにした。

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しょうがないから、雑誌の山の上側に設置されたテレビに視線を移す。

昔の古い映画に出てくるような箱型テレビの画面では、ニュース番組が放映されているようだ。

驚いたことに白黒だ。

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髪を七三に分けた真面目そうなアナウンサーが、深刻な面持ちでしゃべりだした。

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「ここで速報です。

大陸からの発達した熱帯低気圧の影響で、一昨日より降り続いている雨は勢いが止まず、西日本の各地に大きな被害をもたらしております。

特にF市北方の山あいのあちこちで土砂崩れの被害が起こっており、多くの犠牲者がでています。」

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─え!?F市北方の山あいと言うと、この辺りじゃないか?

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アナウンサーはさらに続ける。

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「本日判明しました犠牲になられた方々は、F市M町のM峠にある『ドライブインやすらぎ』の店主………さん53歳。

そこのお客様として訪れていた現場作業員の

………さん28歳、………さん27歳、………さん44歳

の3名。

及び同じくお客様として訪れていたと思われる

ご夫婦………さん41歳、………さん30歳、その娘さんの………さん4歳の計6名です。

警察では早急に、、、」

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背筋に冷たい何かが走った。

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生暖かい汗が一筋、額から頬にかけて流れる。

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喉裏に激しい心臓の拍動を感じる。

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俺は震える脚で立ち上がると、ゆっくり辺りを見渡す。

一斉に客たちが、こちらを見た。

その目は一様にどこか悲しげで、何かを訴えるようだ。

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すると驚いたことに先ほどまで天然色だった店内の色彩が徐々に色褪せていくではないか。

それと同時に、カウンターに座る作業員たちやテーブルの家族の姿がボヤけだし、一人づつ消え始めた。

そして最後の一人になった女の子が消え果てたとたん、地の底から沸き上がってくるような地響きを伴い、カウンター奥の厨房から黒いコールタールのようなどろどろしたモノが一気に押し寄せてきた。

それは力強くうねりながら、あっという間に床を侵食し、次から次に増え続け、終いには店内の全てを飲み込んでいった。

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……

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………

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…………

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狂ったように鳴くセミの声が聞こてくる、、、

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気が付いた時には俺は、

雲一つない快晴の空の下、砂利に被われた土地に一人、呆然と立ち尽くしていた。

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Fin

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Presented by Nekojiro

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