この話は残酷な描写、グロテスクな描写、不快な表現を含んでいます。
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とある喫茶店。
スーツ姿の二人の男性がテーブル席でメニューを眺めている。
「俺は日替わりランチにするかな」
「僕はサンドイッチの単品にします」
「遠慮せず好きなの頼んで良いよ?」
「あ、大丈夫です」
「痩せてるのにダイエット?まぁ、いいけど。すみませ~ん!」
上司と思わしき男性が店員を呼び、注文を済ませた。
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「入社して一か月経つけど、仕事にはだいぶ慣れた?」
「なかなか難しいことも多いですが…なんとか…」
「で?話したいことって?」
上司Aは新人Bから突然お話があると言われ今に至っており、会社を辞める相談をされるのではないかと内心冷や冷やしていた。
「実は…来月末…」
「…」
「付き合ってる彼女と結婚することになりまして…」
「え?あ、おめでとう!」
拍子抜けした上司Aは安堵の表情を浮かべた。
「あ、ありがとうございます。それで結婚に伴う会社への手続きを教えていただきたく…」
「戻ったら総務に確認して必要な書類を用意しておくよ」
「お手数をお掛けしますがよろしくお願いします!」
「結婚かぁ…」
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数年前のとある月曜日。
「そろそろ行くかな~」
「ほら、パパお仕事だってよ!」
「パパ!いってらっしゃい!」
息子とハイタッチしたAは玄関に向かう。
「あ、忘れ物!」
妻から弁当箱とステンレスボトルを受け取るA。
ステンレスボトルには妻の手作りグリーンスムージーが入っている。
青汁の類はあまり好きではなかったが、これを飲むようになってから毎日お通じがあり、肌艶も良くなった。
今では無くてはならない存在だ。
「ありがとう」
「今晩はあなたの好きなぜんまいの天ぷらとお蕎麦だからお楽しみに♪」
「お!いいね!」
妻と出会うまでぜんまいの天ぷらは食べたことが無かったが、定期的に食卓に並ぶようになってからはいつの間にか好物になっていた。
「それじゃ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
満面の笑みを浮かべる妻とハグをしてから玄関ドアを開けた。
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「あれ?今日お休みでは?」
「え?」
出社直後、部下からの問いかけで思い出した。
働き方改革で毎年五日間は必ず有給休暇を取得することが義務化されてから、二か月に一度は有給を消化することがルールとなっていた。
今日がその有給取得日だった。
「あ、そうそう。ちょっと急ぎでメール送らないといけなくてね。すぐに帰るよ」
忘れていたとは言い難く、Aはパソコンを立ち上げると未読メールを確認し、会社を後にした。
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昼過ぎ。
息子は幼稚園に行っており、家には妻一人のはず。
突然帰宅して妻を驚かせようと無言でゆっくりと自宅のドアを開けるA。
何やら物音が聞こえる。
テレビだろうか。
リビングのドアを僅かに開けて室内を確認するもテレビは付いていない。
ゆっくりとドアを開けてリビングに入る。
妙な緊張感から喉が渇いたAはバッグからステンレスボトルを取り出し、一気に半分ほど飲んだ。
キンキンに冷えたスムージーの独特な喉越しがたまらない。
ステンレスボトルをダイニングテーブルの上に置き、物音のする方に向かう。
どうやらお風呂場で掃除をしているようだ。
機械音がかすかに聞こえる。
Aはゆっくりと洗面所のドアを開けた。
機械音と妻の鼻歌が聞こえた。
「え?」
洗面所の様子に違和感を感じた。
普段はドライヤーを使う為のコンセントの差込口に延長コードが差し込まれており、お風呂場へと続いていた。
浴室折戸は閉められており、延長コードの通り道として僅かな隙間ができている。
他にも違和感があった。
段ボール箱だ。
浴室折戸の目の前に空っぽの段ボール箱が置かれている。
Aは段ボールを洗面所の外に置くと、浴室折戸の隙間に手をかけ、ゆっくりと開けた。
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広々とした浴室内。
ヘッドホンをしながら鼻歌交じりにビニール手袋で作業する妻の後ろ姿。
「ちょっと…何して…」
ヘッドホンからは音楽が漏れており、Aの声はもちろん届いていない。
妻の右側には水が入ったステンレスのボウルが置かれ、中にはAの好物と思わしき大量のぜんまい。
妻の左側には延長コードが繋がった電動ミキサーが置かれ、中には緑がかった茶色の液体。
正面の浴槽内には水が張ってあり、緑色の大きなビニール袋が浮かんでいる。
「嘘だろ…」
妻はビニール袋の中に手を入れると、何かを取り出した。
生きたカマキリだ。
カマキリの胴体を掴むと、浴槽内の水にカマキリのお尻の部分を浸した。
数秒後。
カマキリのお尻から細長い異物が徐々に出始めた。
まるで意思があるかの如く、蠢く細長い異物の先端を指で掴むと、ゆっくりと引き抜いてステンレスのボウルに放り込む。
活きが良いのか、ステンレスのボウルから飛び出し、浴室の床で動き続ける細長い異物も見受けられた。
異物が取り出され胴体がぺしゃんこになったカマキリ。
妻はまだ残っていないかとカマキリの胴体を親指の腹で押しつぶす。
それでも出てこないと胴体を縦に引きちぎり中身が無いことを再確認する。
僅かな痙攣の後、息絶えたカマキリの亡骸をミキサーの中に入れ、スイッチを押す。
電動音が響き渡る。
しっかり混ざったことを確認すると、妻はミキサーの蓋を外し、中身を一気に飲み干した。
その後もカマキリから異物を取り出す作業、妻の家事は延々と続いた。
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Aは妻に声をかけることなく、家を後にすると近所の公園に向かった。
浴室内の光景が脳裏に焼き付けられ、波のように吐き気が押し寄せる。
自動販売機でペットボトルの烏龍茶を買い、一気に飲み干すと吐き気は和らいだ。
「まさか、スムージーにカマキリ入ってないよな…好物のぜんまいもアレじゃないよな…」
茫然自失としたAは公園のベンチで頭を抱え続けた。
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「大丈夫ですか?」
「…」
「おーい!大丈夫ですか!」
「え?」
身体を揺すられて目覚めたA。
辺りはすっかり暗くなり、公園の街灯には虫がたかっている。
いつの間にか公園のベンチで眠ってしまったようで、目の前には二人組の警察官。
どうやら近隣住人から不審者として通報されたらしい。
警察官に謝罪し、問題ない旨を伝えて公園を後にした。
普段は軽やかな自宅への道のり。
この日に限っては囚人の足枷をはめられたかのように重々しく、果てしなく遠く感じた。
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帰宅するとリビングのソファにはパジャマ姿の息子が寝ていた。
浴室内は綺麗に片付けられており、何の痕跡もない。
家中を探したが妻の姿はどこにもなく、携帯に電話をかけても繋がらない。
「あ…」
ダイニングテーブルの上にはサランラップがかけられた天ぷらと伸びきったお蕎麦。
その隣に置かれたチラシの裏紙には一言だけ書かれていた。
『おかえりなさい』
Aはその下にボールペンで『ただいま』と書いてからすぐに二重線で取り消した。
これが妻との最後のやりとりとなった。
後日、両親が警察に届出を出したが、妻は未だに見つかっていない。
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喫茶店のテーブル上には上司Aの注文した日替わりランチと新人Bの注文したサンドイッチが運ばれてきた。
「そういえば飲み物は頼まなくて良かったの?お冷?」
「あ、持参してるんですよ」
新人Bはバッグを開けると、ほほ笑みながら筒状のものをテーブル上に置いた。
「…」
見覚えのあるステンレスボトルを凝視する上司A。
「彼女がグリーンスムージーを毎朝手作りしてくれて。これがまた美味しいんです!」
「…」
「料理も上手で優しくて、僕なんかには勿体ないくらい素敵な女性なんです!」
「…」
「実は、就職活動が上手く行ってない時、彼女の勧めで当社に応募したんですよ。そしたら採用いただいて」
途中から涙を流しながら彼女への感謝を延々と語った新人Bは突然立ち上がると、セルフサービスコーナーから空きグラスを一つ持ってきた。
「あの、良かったらどうぞ」
ステンレスボトルの中身をグラスに注ぎ、上司Aに手渡した。
なみなみと注がれたグリーンスムージーの表面を見つめていると見覚えのあるものと視線があった。
カマキリだ。
ミキサーで混ぜ終えた後に入れたと思われるカマキリの頭部がいくつか浮かんでおり、そのうちの一つが上司Aを虚ろな眼で見つめる。
上司Aは口元を押さえながら新人Bの背後にあるお手洗いへと向かった。
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しばらくしてお手洗いを出ると、耳元をいじる新人Bの後ろ姿が見えた。
耳の穴から細長い異物をゆっくりと引き抜き、食べ終えた皿の上に置いている。
白い皿の上で蠢く異物。
上司Aが無言で席に戻ると、新人Bが口を開いた。
「おかえりなさい」
作者さとる
久しぶりに短めの話を…