中編4
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箱舟

「異空間へ移動する方法の共通項って分かりますか?」

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昼下がり、駅前の借りスペースでフリーターのDさんは飲み終えたお茶のペットボトルをサングラス越しに見ながらそう問いかけた。

「なんでしょうね……そういうシチュエーションだとひとりでいることが多そうですが」

「ひとりでいることもある意味重要かもしれませんね」

Dさんは相も変わらずペットボトルを見つめている。

「……こんな話をしたのは、これから話す私の体験に関わるからなんです」

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Dさんが大学生の頃のこと。Dさんは急激な環境の変化に耐えられず、入学後しばらくして大学を休みがちになっていた。

「あの頃はバイト以外の時間はほとんどネットサーフィンにあてていましたね、趣味らしい趣味も持っていなかったので」

春学期もいよいよ試験の日が近付きはじめたある日の昼、DさんはいつものようにSNSで人気の投稿や炎上問題、その他時事関連の投稿などを漁っていた。画面をスクロールして、タップして、戻って、またスクロールして……そんなことを繰り返してるうちに、Dさんは画面内の異変に気が付いた。

「自分のSNSのアイコンが、少しずつ上へズレていってるんです。ほら、人の投稿とかをタップして返信欄やプロフィール画面に移動したりすると、自分のアイコンが見えなくなるタイミングがあるじゃないですか。その後また自分のアイコンが見える画面に移動すると、自分のアイコンに設定した画像が枠の中で上にズレていくんです」

(こういうバグもあるんだなぁ)とDさんは思ったものの、さして実害はなかった為そのまま人の投稿を閲覧し続けたそうだ。

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「今思えば、あそこが私の人生の分岐点だったんですよね」

Dさんは強く後悔しているのか、握ったペットボトルがベコッと軽く歪んでいる。

かれこれ一時間ほどそうして時間を潰したあたりで、遂にDさんのアイコンが完全にずれてアイコンが真っ黒になったらしい。

shake

それと同時に、さっきまで明るかったカーテンの向こう側から一切の光が絶たれる。

「は?えっ……?」

まだ日も高かったので明かりをつけていなかった部屋は瞬時に真っ暗になり、Dさんの持つスマホの発する機械的な青白い光のみが部屋の中の唯一の光源となった。

「咄嗟のことに驚いた私は、すぐさま部屋の電気をつけようと入り口横のスイッチへ向かいました」

Dさんは自室の入り口へ向かい電気を付ける。部屋が明度を取り戻し、色彩が蘇り、形状が浮かび上がる。

そして、そのどれもがDさんの知るものではなかった。

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「あ、ここは私の知る世界じゃないんだなって直感的に気付きました。誘拐とか意識喪失後の時間経過によるものでは決してない。違う場所へ来てしまったんだと、分からされてしまいました」

「直感的に、ですか」

「なんというか、色も、形も全て異質だったんですよね。色は下品と言えるほどに鮮やかで形はあまりに混沌としていました」

Dさんは部屋の隅を虚ろな目で見つめている。

「……ここで最初に話した異空間へ移動する方法の共通項に戻るんですが、私は"隔絶されていること"だと思うんです」

「というと?」

「最近聞いた話だと、電車の乗車客が迷いこむきさらぎ駅や、エレベーターで異世界へ向かう方法等もありましたよね。他にもロッカーの中に閉じ込めた子が失踪したり、入水自殺したと思われる車の中に誰もいなかったり……彼らはみな世界と隔てられ、関わりを絶たれていたと思うんです」

「面白い観点ですね」

簡単なことではあるが異世界へ向かったことのある人から聞けるのならそれも面白い。

「私の場合は……悪い条件を重ねてしまったと思うんです」

Dさんは思い起こすように目を瞑った。

「まず、体が閉めきった部屋により隔てられた。上京したものの大学にもろくに行けなかったから人としての繋がりが絶たれた。最後に、私の心がスマホの中へと収められた」

Dさんは、SNSのアイコンを私に見せる。それはただただ黒かった。

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「……戻って、これたんですよね?」

「……ここまで話を聞いていて、本当にそう思っているんですか?」

Dさんは苦笑いをしながらサングラスに手をかける。Dさんの手の動きがスロー再生のようにひどく緩慢に見えた。

サングラスの中に隠されていたDさんの目は、白目の全くない、不気味なほどに綺麗な漆黒で染まっていた。

「今もまだ、私は帰れないままですよ」

先程の共通項を元に、色々と試しているんですけどね。自嘲気味に笑ったDさんの声が、部屋に虚しく響いていた。

※この話はDさんの使っていた一部の単語を、この世界に適したものに変更して書いている。

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