「私、案山子が怖いんですよ」
当時、首都圏で暮らす大学生だったBさんは私にそう切り出しました。
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私、今でこそ東京の大学に通ってますけれど、生まれはもっと西の方でして。
大きな街からは遠く離れた山間部の……所謂田舎、ってやつですね。田舎だからって訳でもないですが、やっぱり田んぼの存在もかなり身近なんです。
実家の近くにも当然大きい田んぼがありました……田んぼ自体は好きですよ。風に揺れる稲を見ていると心が落ち着きます。夜になると蛙がうるさかったりもするんですけど、それもまぁ風流かなって。
……ごめんなさい、本題からずれてますよね。いざ話そうと思うとどうにも、気が重くて……私が案山子が苦手になったあの事件は、その田んぼで起きたんですよ。
……私が小学3年生だった頃の夏休みのことでした。その日は友人といつものように川遊びをしていたんです。ただその日は、近所に住む仲良しのSちゃんが数日前から寝込んでいて、いよいよ日が暮れてきて帰ろうかとなったときに途中で私一人だけが他の友人と別れたんです。いつもだったら、そこからもSちゃんとは一緒なんですけどね。
Sちゃんが寝込んだこと自体、当時の私にとっては初めてなので、なんだか少し寂しいな、とか、つまらないな、とか、そんなことを考えながら帰っていたと思います。
……ある田んぼの横を通ったとき、夏の夕方の生暖かくも涼しいような風がして、何となく田んぼの方を見たんですよ。
そこには、こちらを向いている案山子が2体と、こちらに背を向けた案山子が1体立っていました。
こちらを向いている案山子には見覚えがあります。この田んぼに以前から立っていたものです
ですが、背を向けた案山子はその日初めて目にしたと思います。
他の案山子は多分、十字に組んだ木の棒に古服とか着せて、頭には布を巻いたりして、へのへのもへじを書いたりするじゃないですか?いや、正確な作り方とか気にしたこともないんですけれど。
……その案山子、やけに太いんですよ。お腹が膨らんでるとか、そういうのじゃなくて、他の2体に比べると……大分幅があったんです。夕暮れ時だったのでなおさらそのシルエットがありありと分かってしまって……
顔が見えないのもあって、なんだか少し不気味で、私は早く帰ろうと前を向きました。
そのまま数歩ほど進んだら、日がいよいよ沈むのか、私の影が私の前へいっそう長く伸びて……
……先ほど見た、十字型のシルエットが道路に浮かんだんです。
……振り向くことはできませんでした。私はそのとき、沈む夕陽に完全に背を向けています。先程横目で見た案山子の、それも十字の影が前方に浮かぶはすがないんです。
あの案山子が、私の後ろに立っていない限り。
shake
コツン
……それからのことはよく覚えていません。気付いたら鍵を閉めた玄関に背を付けてへたりこんでいました。
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……なるほど、それで案山子がダメになったんですね。そう私が言うと、Bさんはやや気まずそうな顔をしました。
「…………えぇ、はい、概ねそうなんですが……後日談がありまして」
……先日、久々に実家に帰ったときにアルバムを見返しまして。Sちゃんと撮った写真を見たときに当時のことを思い出し、「そう言えばSちゃん、何日か学校休んでからそのまま転校しちゃったけど、やっぱり重い病気だったの?」って、お母さんに聞いたんですよ。
私ももう大人です。今思えばあのときSちゃんは重病なり家庭の問題なりののっぴきならない事情で学校をやめざるをえなかったんじゃないか、そんな考えが浮かぶくらいにはあれから時間が経ちました。
お母さんは、少し考え込むそぶりをしたのちに「……そうよね、あんたももう大人だもんね」と、Sちゃんとことを教えてくれました。
「Sちゃんね、誘拐されたのよ」
「え……?」
私は寒気がしました。あの日の夕方、私は後ろに案山子が立ったと思い込んでいましたが、あれがもしや誘拐犯だったんじゃないかと、私も逃げ出していなければ危ないところだったんじゃないかと。
「Sちゃんは行方不明のままなの……?」
私はおずおずと母に聞きました。
「……いや、見つかった」
嫌な汗が首を伝います。
「……身代金目的の誘拐じゃなかったみたいでね……犯人がどうにも頭がおかしかったのか、Sちゃん、散々酷いことされたあとに、殺されて……案山子に括りつけられていたらしいのよ」
作者ボンスケ
初投稿です。拙く短い文ですがよろしくお願いいたします。
Sちゃんは、何をしようとしたんでしょうね。