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「私が出不精だから見たことなかっただけで、ああいうものってありふれているんですかね」
大学生のMさんは自分がこれから話すことに自信がないのか、そう確認してくる。とりあえず話してもらわないことには何もわからないと告げるとMさんはぽつりぽつりと話始めた。
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私がそれを初めて見たのは、3ヶ月前のことです。大学へ向かう駅の出口にある交差点、その駅側の歩道に痩身の40代くらいに見える男性が、A2サイズほどある誰かの顔写真を額縁に入れて頭上に掲げているんです。同じようなものが歩道と車道を隔てる柵にも複数立て掛けてあり、何らかの短い文章が書かれた立て札が傍らにありました。
私は視力がよくありませんが、黒板を見るときくらいしか眼鏡を着けていなかったので、写真の顔も文字も不明瞭でなんて書いてあるのかは分かりません。
ただ、何となく……人を探しているのかなと、そう理解しようとしました。きっと、そう思わないとあまりに不気味で、日常が侵されてしまうような、そんな不安感があったんでしょうね。
数日間そこを通っていて、いくつかわかったことがありました。その人は決まって、今にも雨が降りだしそうな……そんな曇りの日に現れること。写真を頭上に掲げるという比較的目立つ行動をしている割には、一切しゃべらないこと。そして何よりも
「その人の顔、毎回思い出せないんですよ。写真の方は、はっきりとは見えなかったものの今でもある程度覚えてるんですけど、その人の顔はすれ違った後にはもう思い出せなかったですね」
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ある日、その日は友人の講義が1コマ休講になったので2人で一緒に帰ったんです。駅前の例の交差点に差し掛かったとき、友人に私は聞きました。
「ねぇ、あのおじさんが持ってるやつ見える?」
「え?……あー、あれね」
「私さ、ギリギリ見えなくて、あれ」
「……ホントに知りたいの?あれ」
友人は眉をひそめています。
「え……?……まぁ、気になるし……人探しとかだったら、助けになるかもだし」
友人は少し逡巡すると、ふぅ、と息を吐いて……言いました。
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「……Mさ、人探しがどうこう言ってるけど……あれ、絶対そういうのじゃないよ」
「え?」
「……あんまり気にしない方がいいよ、なんというか、関わらない方がいいのは確かだから」
友人はそれだけ告げて「じゃあね」と、足早に改札を抜けて、私の使う路線とは別の路線へ向かいました。
「友人も教えてくれないとなると、いよいよ自分で見るしかないなと思いました」
Mさんはオレンジジュースに口を付けます。氷がコロンとグラスの中で音を立てました。外では雲が太陽を覆い始めています。
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その日は朝から曇っていたので少し早く家を出ました。今日こそはあれが何かを確かめるために、眼鏡をかけて。
いつものように改札を抜けて階段を降り、件の交差点へ向かっていました。空は未だに鼠色をしており、湿った生暖かい風が肌の上を滑ります。
……おじさんは、いつものように多くの写真を引き連れてそこに立っていました。私は覚悟を決めて頭上に掲げられたそれを見ます。
「あ…………」
私の目が悪いとはいえ、どうしてこんなことにも気付かなかったんでしょうか。
その顔写真……写ってる人の中に何人か知り合いがいるんです。この時点で背筋が少し冷えました。みんな真顔で、それこそ証明写真でも撮ってるような顔付きで写ってて……そう、証明写真みたいでした。背景もありがちな水色の背景で……
「私はこのとき感じたうすら寒さに身を委ねて、その場を離れるべきでした」
Mさんの手が微かに震えてるように見える。
「立て札をね、見ちゃったんです……そこにはね」
『助からなかったんでしょうね』
子供が描いたような拙い字で、そう書かれていました。
「そのとき、直感的に気付いちゃったんです。あぁ、これ証明写真じゃない。全部遺影なんだ……って」
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Mさんはここまで話すとふぅ……と息を吐いた。
「……今日はいいお話が聞けました。ご協力感謝します」
私はMさんに感謝の旨を伝えるとMさんは今日初めて微笑んで、
「いえ、こちらこそ……お陰様でこちらも肩の荷が降りました。ご協力、感謝します」
そう告げると、Mさんは急ぎの用事があるのでと足早にその場を後にした。窓の外は鼠色に染まっている。
私も撤収するかと荷物をまとめ、席を立った。
「助かりたかったんでしょうけどね」
背後から、楽しげでありつつも、とてつもない悪意を孕んだような、しゃがれた男性の声が聞こえた。
あぁ、彼女はこれを擦りたかっただけなんだ。全てを理解した私は、こうして彼女の話を書き起こしている。恨むなら自分だけでも生き残りたいと思ってしまう人の性というものを恨んでほしい。これを読んだ君たちもまた、この爆弾ゲームを続ける他ないのだから。
作者ボンスケ
風邪も移して治しますよね。