短編2
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乞いのぼり

数年前の4月も下旬の話。その年、私立高校の受験に受かった私は通学するために電車を使わねばならず、小さな川を渡ったすぐ先にある駅へと家から徒歩で向かっていた。

その川はすぐ横に地元では比較的大きめな商業施設が立っており、4月の下旬から5月の上旬にかけて川にかかるように鯉のぼりが毎年かけられている。川の上で空を泳ぐ鯉も風流だが、それが水面に映った水中の鯉を眺めるのもまた風情があった。

その日も橋を渡るときに、青空を背景に風に靡く鯉を(今年もやってるなぁ)と思いながら眺め、次に川面に映る鯉へ視線を向けた。

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「……?」

何か違和感がある。言い知れぬ気持ち悪さがこみ上げてくる。頬を暖かい春の風が撫でたときに違和感の正体に気付いた。

水面の中の鯉が1匹、風に揺れることなく静かに垂れている。他の鯉は皆元気に靡いているのに。

空へ浮かんでいる鯉へ視線をやると、皆一様に風を受け体をしならせている。

はて、と再び川面を見たとき

「っ……!」

風に揺れず静かに垂れている、鯉だと思っていたそれは全く別のものだった。

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「それね、首を吊った女の人だったんです」

ここまで話してくれたFさんは懐からスマホを取り出し、1枚の写真を表示させる。

「……これは、例の川の?」

Fさんは頷いた。

「よく撮れてるでしょ?」

「えぇ……ただ、話に聞いていたものとは随分……」

「……それね、ここに来る途中で撮ってきたんです」

今はもう7月になる。外はもう陽炎が立つほどに暑い。

「もうね、鯉のぼりとか、そういう体裁とか……謂れとか、全部どうでもいいんでしょうね」

写真の中の川面には、首吊り死体が10体以上並んでいた。

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