高校の同級生からの招待状が来たのは、ちょうど3年前の今頃だった。
しかしながら、私の気持ちは喜ぶでも悔しがるでも無く…ただただ、不信感しかなかった。
何故なら…新婦、梅田エイミと私は、ただの「同級生」と言うだけで、他に何の繋がりも無かったのだ。
クラスは一緒になっても、お互いに話し掛けた事は無いし、顔見知り程度の認識だったはず。なのに…招待状には丁寧な字で、
「雪田さん、久しぶりです、来てくれたら嬉しいです」
と…書かれていた。
久しぶり、とは一体どういう…しかも、こういうのって普通、事前にアポイントを取るのでは?
と言うか…私の今の住所、どうやって調べたんだ?
意図も手段も不明で、思わず背筋が寒くなる。居ても立っても居られず…私は友人に、この事を打ち明けた。
すると…何と友人の元にも、梅田エイミから招待状が届いたというでは無いか。
それだけじゃない…他のクラスの、梅田エイミと全く面識の無い人にまで送られているらしく…スマホのグループチャットに入ると、まさにその話題で持ちきりだった。
文面は苗字を除いてどれも同じ。そして、その一筆箋と式場までの地図が、至極一般的な封筒の中に入っているだけ。
しかも、地図に書かれた住所を調べてみると、縁もゆかりもない某県の某町にある、住宅街の一角だった。
「どう思う?」
「意味不明、怖い」
「ぶっちゃけ、梅田ってどんな子だったっけ」
「わからん、てか…私、会話した記憶すら無いんだけど…」
同級生の女子数人で構成されているこのチャット。私達は所謂「陰キャ」という部類に属していた。一方、梅田エイミは「陽キャ」…接点が殆ど無いのはそのせいだ。
と言うか、むしろ梅田エイミの方が、私達の事をあからさまに避けていたような…?と、頭の隅から、かつての記憶をたぐり寄せていた…そんな時だった。
「私さ、気になってSNS調べてみたんだけど…」
チャットメンバーのヤシロがそう書き込むと同時に、一枚のスクショ画像を添付した。
「エイミXOXO」
綺麗な海辺を背景に、長い茶髪をたなびかせ、グラサンを付けた横顔写真をアイコンにした、女性のアカウントだ。
加えて投稿の殆どが、クラブ、パーティー、リゾート、ヨガ、エステ、高級ブランド店での買い物…等々、これでもかと言う程の「陽キャのリア充」っぷりで、思わず笑いが込み上げた。
高校時代の彼女の振る舞いや佇まいから考えて、順当に歳を重ねれば、こうなってもおかしくはないだろう。
とは言え…雑誌か何かの演出か?と見紛う程の、セレブ感溢れる生活。だというのに、わざわざ私ら宛てに招待状を送って来るのは、一体何故なのか…
と、その時…私は、SNSの画像に違和感を覚えた。
「…結婚に関する投稿、全然無くね?」
ここまで自己アピールが好きにも関わらず…自身の結婚に関する投稿が一つも無いなんておかしい。それに…このアカウント自体、三か月前を最後に更新が止まっていた。
「人違いなんじゃない?」
「つうか、このアカ自体、怪しいでしょ」
それが、チャット全体の考えだった。SNS上の情報なんてインチキが殆ど。確かに、生年月日と出身校は同じだが…多分これは、梅田エイミを騙った何かなのだろう。
結局、梅田エイミが招待状を送った意図が分からないまま、その日は終わった。
しかしそれから二日後…ヤシロから直にメッセージが届き、確認すると…添付された複数の写真と共に、不可解な文章が書かれていた。
「地図の場所に行ってみたんだけど、これ、ヤバいかも…」
写真は全て、隠し撮りと思われるアングルで…最初の数枚は、住宅街の一角に建つ屋敷を撮影したものだった。それも、地元の名士とか富裕層レベルの、大きな日本家屋。
しかし、手入れしている感じは殆ど無く…荒れた印象を受ける。ヤシロ曰く、この写真を撮っている時点で、何故か体調が悪くなり始めたそうだ。
その後…別のアングルからの写真が数枚あり…十枚目くらいになって、ようやく住人らしき人が写り始めた。見た感じ中年の男と、お腹の大きい若い女性…それも、どこか見覚えのある…?
「もしかしてこれ、梅田エイミ?」
ものの数秒で返信が来る。ヤシロ曰く、そういう事らしい…そう聞いて、ようやく私は腑に落ちた。
要は…玉の輿デキ婚と思っていたら、肝心の義実家は荒廃していた。ならば、ご祝儀で何とかしよう…そういう魂胆だったのかも知れない、と。
随分捻くれた解釈だと思うかもしれないが、実際、そういう理由で人を呼んだ式に参加した経験があるので、どうしてもネガティブな勘ぐりしか起きない。
それに…写真に写る、梅田エイミと夫らしき男の表情は…血色が無く、どこか茫然自失という感じがした。
「なんかヤバいね」
と、打ち込む自分の表情がにやけている。ヤシロも趣味が悪いな…と思っていたら、すかさず返信が来た。
「ヤバいでしょ、これ…梅田エイミの後ろの影」
─────後ろの影?
写真を見直すが…ヤシロの言う「影」は、私には見えなかった。「どこ?」と言っても、「すぐ後ろ」とだけ…
全く分からず、「見間違いなんじゃないの?」と返すと…一時間程経った後、キレ気味な文面と一緒に、マーカーで示された拡大写真が送られた。
「マジで分かんないの?これだって!」
…分からない。
梅田エイミの上半身から背後に掛けて、赤丸と矢印が書かれているが…どんなに目を凝らしても、私には何も見えなかった。
しかし、ヤシロにはハッキリと、梅田エイミの背後にぴったりと張り付く人型の影が見えるらしい。
「ごめん、本当に分からない」
それだけ返して、私はチャットの画面を閉じた。
何だか、このままやり取りを続けても、「見える」「見えない」の問答は終わりそうにないし、何より、ヤシロの苛立った空気が怖くなったのだ。
一体、ヤシロは何を見てしまったのか…「行くわけないじゃん(笑)」と言っていたのに、何故地図の場所に向かったのか…梅田エイミといいヤシロといい…行動の意図が分からない。
たった一通の招待状の事なのに、何故か、私は酷く心身を消耗していた。そのせいか…チャットを閉じた途端一気に眠気に襲われ、布団に体を横たえると同時に、私は寝入ってしまった。
しかし何時間か経ち、ふと目が覚めると…枕元に置いたスマホのバイブが、引っ切り無しに鳴っている事に気付く。…画面を見ると、それはヤシロからの通話着信だった。
今まで、文章のやりとりはあっても通話は無かったので一瞬戸惑ったが、さっき言っていた体調不良の件を思い出し、何とか眠気を振り切って通話ボタンを押した。
「もしもし…大丈夫?」
受話器の先は、沈黙したまま何も応答が無い。ふと、一抹の不安がよぎる。もしかして倒れてるんじゃ…
「ねえ?大丈夫!返事して…どうしよう、救急車…救急…」
「………もし、もし…」
途端に、向こうから声がして体がすくむ。か細い、聞き覚えの無い女の声…
「…えっと、この携帯…落ちてて…」
「あの…え…誰…ヤシロじゃないの…?」
「え、違います…なんかでも、この携帯電話…」
「あの…誰…誰ですか…?」
「え、あ…私、あの…梅田です。梅田、エイミ…」
separator
外国人風のロングの茶髪に、やや日焼けした健康的な肌…
私の目の前には、まさに、SNSで見た「リア充」の姿があった。アカウント名「エイミXOXO」こと…梅田エイミだ。
「う、めだ…?梅田って…」
「梅田エイミです…え、っと…あなた、雪田さん、だよね…?」
「…っ、なん…な…ていうか…しょ、招待状…!」
「え…?招待…え?ちょっと待って…何?」
「招待状、何で…なんで送ったの…?」
「送った?え、私が…??分かんない…何言ってるか…」
「…違うの?」
「…私、結婚の予定ないんですけど…」
嚙み合わないやり取りが数回続いたのち…私も梅田エイミも、現状何が起きているのか、殆ど分かっていないと気付く。
分かっているのは…梅田エイミはあのお屋敷には住んでおらず、私の家と程近い都内のマンションで「独身生活」をしている、という事だけ…
これまでの経緯を打ち明けた際、まさか梅田エイミから「直に会って話がしたい」と提案を受けるなんて思ってもみなかったが…送った記憶の無い自分名義の不可解な招待状や、落とし物にしては不自然な携帯が家の前にあれば、いくら陽キャでも、不安にならない筈が無い。
そして、電話から二時間後、私は今起きている事を確かめるべく、最寄りのファミレスで彼女と対峙するに至った訳だが…
…何というか、梅田エイミは見た目こそ昔と変わらず陽キャだが、私が長年抱いていた印象とは、明らかに乖離があった。
明るく自信に満ち溢れたギャルという感じは全く無く…か細い声と、落ち着きのない動作一つ一つに、言い知れない不安が滲み出ている…そんな感じだ。
私は一先ず、ヤシロがチャットで送って来た日本家屋の写真を見せ、見覚えが無いか尋ねた。当然の事ながら…梅田エイミは、画像をジッと見つめたあと、無言で横に振った。
だが…次に男女の写真を見せた時…梅田エイミの表情から、一気に血の気が引いた。
「この男…この人、なんで…?!」
彼女曰く…三カ月前、遊び仲間とドライブに行った帰りの山道で、突然道脇の雑木林から人が飛び出し、梅田エイミらの乗った車に衝突したのだという。それが、この男だった、と…
しかもその男性と言うのが、思い切り正面衝突したにも関わらず、そのまま歩いてどこかに行ってしまったそうなのだ。
車内は当然パニック状態。警察を呼ぶか否かで喧嘩も始まり…ぐちゃぐちゃな空気となったそうだが…そのさなか、ふとさっきの雑木林の方から、何かの視線を感じたらしい。
それは、動物とは明らかに違う「何か」だったという。
「…それで、結局警察は…?」
「『ケガしてないから大丈夫』って事で…そのまま何もせず帰った…だけど……」
ドライブから一週間後、運転していた男友達が、原因不明の事故で亡くなった。私にもいつ何が起こるか分からない─────
「そんな、気のせいでは…」
「違う…確かに見られた…怖い」
「あの、そういえば携帯は…」
「交番に届けました…なんなの…怖い…!」
それ以降、彼女は口を閉ざし、私は何も聞けなくなってしまった。
正直、運転手の事故死も雑木林からの視線も、ただの偶然と片付ける事は出来る。だが…写真の中の男女の、不気味なほどの「生気の無さ」が…不思議と信憑性を強くしていた。
とは言え…結局の所、一番知りたい事は何も分からず、頭を抱えて震える梅田エイミをよそに、私はグループチャットを開いた。そして、二日前で止まったままのチャットに
「梅田エイミと話してきた。招待状送ってないって。多分変な悪戯だから捨てていいと思う」とだけ書き込んだ。
そう、これは変な悪戯。スパムメール的なもの。ヤシロは、それにまんまと引っ掛かっただけだ…
梅田エイミからの電話と言い招待状といい…釈然としない事ばかりだが、悪戯と考えるのが、私にとって一番いい「諦め方」だった。
写真の男女も、ただの寂れた家に住む住人というだけで、まさか、こんな風に自分達が扱われているなんて、思いもしないだろう。
「ごめんなさい、これ…お金、置いとくから」
震えて何も答えない梅田エイミの前に千円札だけを置き、私はファミレスを後にした。
時刻は深夜三時。家に戻った安心感から、ドッと疲れに襲われる。いつもなら、風呂に入ってビールを煽って、ダラダラ眠りに落ちるという至福の時間が、あの一通の招待状にここまで振り回されるなんて…
そう思ったら、貴重な時間を盗られた気がして、今になって急に悔しさが込み上げた。未だ独身の私に、何てタチの悪い嫌がらせ…最悪、ふざけんなよ。だが…沸々とした怒りも、眠気には勝てなかったようだ。
「はあ、眠、い─────」
ソファに身体を沈め、目を閉じる。
…ふと、視線の先に何かの気配を感じた。霧なのか何なのか、私の体を白いモヤが通り過ぎ、同時に、お菓子のような泥のような…何とも言えない悪臭いが漂い始め、思わず顔が歪む。
ここはどこかの部屋…だが、実家や祖父母の家とも違う。天井の高い大きな広間。…その向こうに…さっき感じた人の気配がある。
皆…同じような白っぽい服を着て、後ろを向いていた。そして、それと向かい合うように、一人の男が座り…その前では、妊婦が布団に臥せっていた。
ああ、いよいよ出産なのか…?そう思っていると、突然、白装束の人間が一斉に言葉を発し始めた。
「何で分かんないの?」
「何で分かんないの?」
「何で分かんないの?」
皆、一様にそればかりを口にする。ボソボソとした中に、誰かを恨むような鋭い口調で、延々と繰り返す。
逃げなきゃ。
直感で感じた私は、そっと後退りする。だが何故か…声と視界が反比例し…次第に大きくなってゆく。
「あんたばっかり」
「あんたばっかり」
「あんたばっかり」
「ずるいわ」
「ずるいわ」
「ずるいわ」
声は次第に、脳内に直接響くようになっていた。
「何で分かんないの?」
「アンタばっかりずるいわ」
思い出した。高校の時…やけに嫉妬と自慢ばかりしている子がいた。
同じ陰キャだったから一緒に居たけど…本当は苦手だった。何故なら…こっちが理解を示さないと分かった瞬間に、機嫌が悪くなるから。
それに、「私は他のバカと違う」なんて言って、良く知りもしないのに、相手を下に見る態度ばかり取ってたから、次第に孤立してたっけ。
グループチャットも、いつの間に参加してたの?ねえ、何が目的だったの?………ヤシロ。
気が付くと…視線の真ん前にいた横たわる妊婦が、私を睨みながら何かつぶやいていた。
………ハヤクコッチニキテヨ─────
separator
「雪田さん、梅田です。この間、取り乱してごめんなさい。警察から連絡があって…あの携帯、持ち主は近所のサラリーマンだったそうです。稀に電波障害で、誰かの着信が入ってしまう、って…ショップの人にも言われて、それだけ伝えたくて…あと、私は大丈夫です!では…」
数日後に届いた、梅田エイミからの留守電は…どこか明るい印象を受けた。
相変わらずヤシロからの返信はないが、今となっては、一つも心配していない。
招待状は質の悪いイタズラとして破り捨て、チャットの画像も、保存期限が切れた事もあって、もう見る事は無い。
─────今日未明、○○県○○市の山間部において、女性の遺体が発見されたとの事です。遺体は妊婦との事で、何らかの事件に巻き込まれた可能性があると─────
────住民の話によると、女性はこの地域に住む男性と事実婚状態だったとの事です。更に、その男性と家族は以前から問題があった、と…多くの住民が口を揃えており─────
「ねえ、ニュース見た?あれってさ…招待状の…」
「やっぱそうだよね!超ビビったわ…」
「事実婚ってことは…招待状送る意味無くね?」
「だよね(笑)あ、笑っちゃいけないよね、ごめん」
グループチャットは、相変わらず下らない事ばかりで埋め尽くされている。ヤシロの送ったスクショもメッセージも、いつの間にか消えていた。
「そういえばさー、私、見えちゃったんだよね」
誰かがそう言って、画像を添付する。見覚えのある男女の…女性の方に丸と矢印をつけた写真。
「なにこれ」
「え、心霊?」
「まあ、そんな感じ?ほら、丸付けた所…人型の影があるの、見えない?」
一体、このやり取りに何の意味があるのだろう。見えてしまったら何が起きるのだろう…もしかしたら、この「見える」という事が、招待される証になっていたとしたら…
そう思うと、怖くてそれ以上チャットを続ける気にはなれなかった。なのに…さっきから引っ切り無しに、通知が来る。
「雪田?おーい?」
「私にも見えたよ」
「雪田見えないの?」
「何で見えないの?」
「何でよ」
「何であんたばっかり…」
「本当、ずるいよね…」
───…ずるいよ、私ら、呼ばれちゃったじゃん───
居ても立っても居られず…私は梅田エイミに、この事を打ち明けた…だが、着信に出たのは、彼女の母親だった。
「娘が…突然『見える』と言って…お友達と出掛けてしまって…戻って来ないの…」
「…え…警察には…」
「ううん…あのね…私も、『見えた』から…行かなくちゃいけなくて…」
「人影、ですか……?」
「そう!そうよ…あなたは見えた?…え?」
───何で見えて無いの?あんただけ…───
皆、どこに行ったのか未だに分からない。
三年経った今でも。
作者rano_2
「守られる」の番外編を書きました。もう一本位書く予定です。
本編はこちら ↓
https://kowabana.jp/stories/35694