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カリ、カリ、カリ、………

中編6
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カリ、カリ、カリ、………

これは僕、沼崎良武(ぬまさき・よしたけ)が震災直後に体験した話である。

そう、皆様も御存知であろう、2011(平成23)年3月11日に起きたあの震災で、去年の2月13日や先月の16日にも被災者の傷を抉る感じで起きている余震を、厄介者、疫病神、死神の馬鹿野郎とすら罵声を浴びせたくなる、忌まわしい地震とも言える。

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震災時、陸中に在る自宅から地元駅前のキャンパスに通学していた僕だったが、家が揺れのぶつかる場所だった為に倒壊してしまい、たまたまリフォームする予定だったと両親に聞かされるものの、倒壊した片付けにも時間が掛かるから、暫く身を寄せる場所が必要だと言う事で、下宿を探す感覚で、一緒に物件を探そうと或る意味のんびりした彼等に提案されて、講義の始まる迄の間に、物件巡りに同行する事となった。

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僕が足を止めたのは、駅前ながら一軒家の古い建物────老夫婦が既に他界していて、震災直前迄、お子さんが少々手入れしていたと言う物件で、両親は両親で僕に「駅前に大学が在るんだから、親類の許諾を得ればあんたが暫く住めるんじゃないの」と冗談も有るだろうけど、何故か強目に押して来ているので、学費を出してくれている手前、彼等にブー垂れて反対するのも悪かろうと思い、不動産屋さんと亡き老夫婦の親類に連絡を取って、暫くその駅前の部類一軒家に仮住まいを決める。

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そもそも悪い意味での欲しがりで無かったので、思い出の品が瓦礫(がれき)の下に埋もれている訳でも無い為、持ち出しも持ち込みの荷物も、講義用のテキストも新しく購入すれば構わないのも有って、最低限の食器と手提げ袋、寝袋の一つでも持参すれば転がり込める感じだったのと、ガスと水道や電気も、酷い揺れに建物が持ちこたえたので、不自由無く使えると分かり、立地の関係で日が差しにくいのを加味しても、一見問題無く住めると互いに判断して、暫しの仮住まいが始まった。

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瓦礫の運び出しが済んで建物被災の申請も完了し、リフォームどころか、イチからのマイホーム建築状態になり始めた最初の雨の日、やっと落ち着いた両親も出勤し、講義が暫く休みである僕だけが一軒家に残される格好になる。

雨音を聞きながらウトウトしていると、「ギィィ………ギィィ………」と板の踏まれる音がする。

「………?」

カララと玄関の土間に通じる引戸を開けるも誰も居ない。

寝呆けながら、僕は板の踏み締められる音のした廊下を睨み付ける。

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奥の部屋の仏間の方も目を凝らすが、やはり何者かの気配は無い。

眉間に皺(シワ)を寄せながら、ガチャリとそこだけドアになっている仏間を開けてふと見上げると、二人どころか四人程の遺影と目があってしまい、僕は畳に腰をドスンと打ち付ける。

「!!」

更に腰を抜かしたのは、僕の座った視線の先に、急に現れた感じで、動かなくなった柱時計が置かれていたからである。

────何と無く見上げると、四人の遺影の横に有る仏壇のすぐ横に、同じく動かなくなった100円ショップに有る様な電池式の時計が掛けてあり、そこだけ異空間な感じを覚えた。

「バラっ、………カリ、カリ、カリ、カリ、………ハァー」

「はっ?!」

聞いた覚えの無い音────いや、正しくは聞く回数の少ない音が耳に飛び込んで来る。何だったかな、あのー………何と言うか………

そうだ、あれは確か漫画原稿用紙を取り出して、ペンを走らせる音だ。

震災の起きる前の年に、漫画家の半生と言うか若かりし日の苦労と成功とその後を呼び名を変えて取り上げたドラマが有ったから、そこで撮られたシーンで流れていた音だと言うのを思い出した。

ダダっと走り出そうとしたが、「只今ー」と少々疲れた感じの母親の帰宅した声が聞こえたので、今回はやめた。

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次の機会は意外にも早く巡って来て、講義の一個だけ有る曜日が休講で実質御休みになってしまい、僕に取っての或る意味、ラッキーデーになった訳だ。

何と無く見回っていた二階奥に、仏間と同じくドア部屋を見付けて、ドアノブを回してもびくともしなかった為に、不審者対策用も兼ねてバールを僕は用意してあった。

購入する時に使用用途に関して訊ねられた為、「震災の後片付けでどうしてもこじ開けたい場所が………」と適当な理由を付けて。

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試しにギィギィと身体をドアに押し付けて開けはしないかとやって見ようとして、二度三度と半身をドアに押し付けてこじ開けようとする。

ドサリ、ドサドサと物の落ちる音がして、ドアが呆気無く自らの封印を解き放つ感じで部屋が姿を現す。

────下の階からは想像もつかない位に明るく西日の差す空間、床を見ると段ボールの中身が散乱しており、老夫婦の住んでいた一軒家とは不釣り合いなアニメ雑誌や、ゲーム雑誌が有り、更にその雑誌類に描かれているアニメの美少女や美少年とは不釣り合いな絵柄────劇画風のイラストが混じっていた。何故か小さなポストと言うか郵便受けと共に。

「!!」

自分なりのパズルが組み上がった気がする。

誰かが正に漫画原稿用紙にインクを付けた付けペンを走らせている。しかも、仮住まいをする僕達家族でも無ければ亡くなった老夫婦でも無い………生きている第三者か、或いは………

漫画家では無い、いわゆるラジオにコーナーのネタを送る葉書職人と呼ばれる層のイラスト投稿版と言える存在が住み着いているか、若しくは………

亡霊か。

我に返った僕は、ドア蝶番(ちょうつがい)側に段ボールを寄せて乱暴に中身を戻して蓋をした直後に、ドアを閉めて逃げ帰るならぬ逃げ踊る感じで階下へと駆け降りた。

────廊下で、老夫婦と小肥りで眼鏡を掛けた男の話している所にぶつかりそうになったが、彼等をすり抜けてしまった恐怖さえ吹き飛んでいた僕は、居間と襖(ふすま)を隔てた自室に飛び込む。

かなりの時間が経っている筈なのに、愛用する目覚まし時計は、30分も経っていませんけどと言う済ました感じのいつもの速さの秒針で、時を刻んでいた。

家の中自体は薄暗くはあるが、玄関からの光はまだ明るく日も高い。

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普段無口な父親から後日………と言うより、震災で実質建て直した家に移ってから聞いた話だが、老夫婦は生前商いをしており、彼等宅に足を幾度も運んでいた、看板娘ならぬたまに店番をする孫息子が居て、転勤族になったが故に彼等が旅立った後にしか立ち寄れなかった事を、激しく悔やんでいたのだと言う。無論彼が若くして旅立ったなんて事も無く、健在で隣県かその隣の県で働いているとも。

小さな郵便ポスト風の郵便受けは、懸賞やイラストが掲載された際のノベルティーが入っていたのだとも。

────そうなると、御孫さんの無念と言うより悔しい気持ちが生き霊になって、あの一軒家二階の開かずの間で、あの美少女ないし萌え絵とは正反対の劇画風の絵を描いていると言う話になるのか?そう言えば、段ボールに散乱した物を投げ込んでいたら、長期連載劇画の単行本が奥底に有った様な………あれが模写の源(みなもと)なのか?正反対の絵柄で掲載されたとすれば、誠に異質なのは確かである。

父親がたまに忘れ物を取りに帰ると、柱時計の時報が聞こえた、とも。

震災を乗り越えた一軒家とはと驚いていたが、別な意味で守られていたのかな………なんて考えて、僕は就職先で借りたアパートの階段を降りて、暖かい夕暮れの町に買い出しに急ぐ。

────誰が、一体どうやって中からドアの前に段ボールを重ねて、開かずの間にしたのだろうと言う疑問さえ忘れて。

バサっ、カリ、カリ、カリ、カリ、………

Concrete
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