22年06月怖話アワード受賞作品
中編5
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おむかえ

ザーーーーーーーーーーーーーー……………

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教室に響き渡るラジオの砂嵐音のような単調な雨音が、

教壇に立つ教師の声を聞こえづらくしていた。

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西野はふと、隣の机に視線を移す。

そこはかつてトオルくんが座っていた窓際の机。

でも今は誰も座っていない。

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親の転勤で5月の連休中に、東京からこの地方都市に引っ越した西野は、地元市立小学校の6年1組に編入することになった。

トオルくんとは、たまたま席が隣同士になり友達になった。

色白でちっちゃな大人しい子。

家には行ったことはなかったが同じ方角で、たまに一緒に下校していた。

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西野はふと、誰もいない机の向こう側に視線を移した。

薄暗いモノクロームな空間の中を銀色の滴がひたすら降り続いている。

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そうだ、あの日もこんな天気だったんだ。

朝からひどい雨だった。

そう、梅雨入りしてから、ちょうど3日くらいが経っていた、、、

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放課後、西野が下駄箱の前で上靴を履き替えようとしていると、先に履き終えたトオルくんが「あ!来た」と、入口ガラス扉の前辺りを嬉しそうに見る。

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降りしきる雨の中、

白いワンピースの女性が小豆色の傘をさして立っている。

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トオルくんは女性に向かって笑顔で手を振ると、「じゃあね」と言って勢いよく走って行った。

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その翌日もやはり雨だった。

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この日の放課後も、トオルくんは学校入口のガラス扉の前に立って外を見ている。

西野が帰ろうとガラス扉を開く時、「まだ帰らないの?」と聞くと、

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「もうそろそろ、母さん来ると思うんだけど」

と笑顔で言ったが、その目はどこか不安げだ。

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もうしばらくすると生徒指導の先生が校内を見回りだし、居残りしている生徒は注意されるはずだ。

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「ねえ、一緒に帰ろうよ。多分、途中でお母さんにも会うと思うよ」と言って西野はまたトオルくんの横顔を見るが、「でも、、、」と相変わらず未練深げに外を見ている。

すると突然「あ!来た!」と言ってパッとその顔が明るくなった。

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入口前のエントランスに、昨日と同じ女性が小豆色の傘をさして立っている。

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トオルくんは「じゃあね」と一言言うともどかしげにガラス扉を開き、どしゃ降りの中飛び出していった。

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トオルくんは大人しい方だが、そこまで消極的というほどではなかった。休み時間も普通に皆の輪の中に入ってくるし、ちゃんと自分の意見も言ったりもする子だった。

そんな普通に社交的なトオルくんだったが、体育の着替えの時だけは、何故か教室の片隅に隠れるようにして着替えをしていた。

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ある日西野は興味本位から少し離れたところに立ち、分からないようにトオルくんの着替える様子を見ていた。

そしてアンダーシャツの後ろ側が偶然捲れ、素肌が露出した時、思わず息を飲む。

色白の背中や腰のあちこちには酷い青アザがあった。

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帰り道、西野がそれとなくその事に触れると、トオルくんは俯いたまま独り言を呟くようにこう言った。

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「父さんが夜になったら殴るんだ」

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トオルくんのお父さんはほとんど家にいることがないらしく、たまに家にいる時も、突然意味なく激昂してトオルくんを殴ったり蹴ったりするということだった。

でもどうしてトオルくんのお母さんは、息子がそんな酷い事をされているのに放ったらかしにしているんだろう?

西野は疑問を持ちながらも担任に相談しようよと言ったが、トオルくんは

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「絶対に言うな、言うと絶交だからな」

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と怖い顔で彼の顔を睨み付けた。

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そしてそれは梅雨も明け、待ちに待った夏休みを控えた7月初め。

久しぶりにまとまった雨が降った日のことだった。

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放課後教室に残り、西野が友人とゲームの話で盛り上がっていると、担任のM先生が「さあ、そろそろ帰ろうか」と言いながら教室に入ってきた。

慌ててバッグを持って教室から出ていこうとする西野に、

「他にも誰か居残ってのはいないかな?」と尋ねる。

彼は少し考え、こう答えた。

「雨なので多分、篠原徹くんがお母さんのお迎えを待って残っていると思います」

先生は西野の答えに一瞬面食らった顔をすると、すぐにこう言った。

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「それはおかしいな。

きみは最近転校してきたから知らなかったかもしれないが、トオルくんのお母さんは去年亡くなられたんだよ。」

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冷たいものがサッと西野の背中を通り過ぎた。

一気に心臓の鼓動が激しくなり、息苦しさを感じる。

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「だ、、だって先生、、、」

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西野は入口前で立ち止まり振り替えると、教壇の前に立つM先生に向かって、一言言いかけたが止めて教室を出た。

そして下駄箱のところまで行くと、学校入口の方を見る。

やはりトオルくんはガラス扉の前に立ち、じっと外を見ていた。

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「トオルくん、、、」

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恐々後ろから声をかけると、トオルくんは

「あ、西野くん。母さん、まだ来ないんだ。もうそろそろ来ると思うんだけどなあ」と不安げな表情で呟く。

「ねぇ先生来るから、もう帰ろ」と言って、西野はトオルくんの袖を無理やり引っ張り、外に出た。

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雨は勢いを増していた。

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バシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャ

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西野とトオルくんは二人、傘をさしながら狭い路地を歩いている。

通りにはもう児童たちの姿はなく、道路は閑散としていた。

トオルくんは途中何度も立ち止まると、名残惜しげに後ろを見るが、その都度西野は袖を引っ張り歩き続ける。

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心の中で、あの女性が現れないことを祈りながら、、、

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バシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャ

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降り続く雨に煙る道を2人とぼとぼ歩き、最初の角を曲がる。

するといきなりトオルくんが足を止めた。

ドキリとして西野は「どうしたの?」と横顔を見る。

トオルくんは少しの間何か考えるような顔をして立ち止まっていたが、やがてまた歩きだした。

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バシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャ

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そしてしばらくしてまた立ち止まると、今度はこう言った。

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「ねぇ、後ろから誰かついてきてない?」

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「え!?」

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驚いて西野が咄嗟に振り向いた途端、ゾクリと背中に冷たいものが走った。

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2人の立つ位置から3メートルほど後方に、白いワンピース姿の痩せた女が立っている。

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黒い前髪はベッタリ張り付き、顔は見えない。

頭のてっぺんから足先までずぶ濡れで、か細く青白い2本の足は裸足だ。

女はゆっくり片手を顔の横に持ってくる。

小豆色の傘がパッと開いた。

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西野は息を飲む。

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トオルくんは「母さん」と一言呟くと傘を落とし、くるりと踵を返して、まるで夢遊病者のように歩き始めた。

慌てて「トオルくん、行っちゃダメだ!」と西野は背中に向かって叫んだが、全く聞こえていないかのように真っ直ぐ女に向かって進んで行き、そのまま傘の中に入っていく。

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そして2人は西野に背を向けると、手を繋ぎ歩きだした。

それから呆然と立ち尽くす彼を道に残したまま、大量に降り注ぐ銀色の滴でぼんやり霞む道を、寄り添いながら歩を進めていき、やがて見えなくなった。

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それが、西野がトオルくんの姿を見た最後だった。

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fin

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Presented by Nekojiro

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