それは永遠に成長し続けた。
物心ついた時から視界の片隅にあって、私の体が成長する一方でそれも大きくなっていた。
それは緑色だった。私にはひどく毒々しい色に見えたが、しかしそのことを誰にも言えずにいた。
私は祖父母に育てられた。彼らはどちらも視力が弱く、私の顔さえ覚えていないだろう。
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中学生の時、私は初めて家に友人を招いた。彼はそれを見るなり抱腹して、そのあとはひたすら馬鹿にしてきた。
人に見せるのは初めてで、私は自分がそれに対して抱いている不安を彼に理解してもらいたかった。
しかし彼は毒々しいその緑色と、成長して伸び続けた不格好な見た目について笑うばかりだった。
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「切ってみようよ」そう言って彼は机からハサミを取ると、むやみやたらに手を動かし始めた。私は自分が切られているような気持ちで、床に落ちていく緑色を見つめていた。
しかし、切るだけではそれの成長はとまらなかった。それは水によって、よりいっそう成長した。
彼と私はその後も友人を続けていた。私にとって一人しかいない貴重な友人を、簡単に手放したくはなかった。
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それでも大学生になった時、私には異性の恋人がいた。安心して心を許すことのできる唯一の存在だった。そんな彼女を、私は笑わせようと思った。スマホの画面を差し出しつつそれを見せた。
「なにそれ、怖い」彼女は友人のようには笑ってくれなかった。
それを見せたことは失敗だったのだと私は落胆した。彼女とは一ヶ月で別れた。友人は慰める代わりに、傷心した私を大袈裟に笑った。
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失恋後の私は誰とも話さなくなっていた。人と接することをやめて、それをじっと観察する日々が続いた。それは私とは違って、永遠に成長し続けていた。
どんな時でも上へ上へと伸び続けるそれを、ふと壊してみたくなった。
私はそれの一枚一枚を丁寧に剥ぎ取りゴミ箱に捨てた。でも、肝心の根元が残っていたからか、またすぐに生えてきた。
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本体を壊せばもう二度と成長しないことに気づいたのは、ろくに食事もとらず部屋に閉じこもって、一ヶ月が経つ頃だった。
私はここまでの経緯を記録するために筆をとった。視界の片隅でそれは緑色に光っていたが、私は原稿に集中した。
うまく手に力が入らず何度も書き直したが、なんとか形にすることができた。
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それのせいで、私の人生は台無しだった。
しかし、それも今日でおしまいだ。
親愛なる唯一の友に読んでもらえることを願い、私は筆を置くことにする。
読みづらいと思うけど、最後くらいは、どうか笑わないでおくれ。
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亡くなった友人の遺品整理中、机の上に血だらけの原稿を発見した。
私はその原稿を読んで、彼が自殺した理由をようやく理解した。
原稿の冒頭にタイトルがつけてあったのを思い出して、いちばん最初のページをめくってみた。
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震える手の曲がった文字で、「爪」と書かれていた。
作者退会会員
日常怪談No.38
*日常怪談のコンセプト
・日常的によく見るモノや光景をとっかかりにした話
・「日常」そのものをテーマにした話