フロントガラスは雨粒で溢れかえっている。
彼方からサイレンの音が反響して聞こえていた。
俺はシートに深く座り直すと、座席を少々倒し昨晩の電話のことを思い出している。
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昨日はちょうど梅雨入り宣言のされた日だった。
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会社からマンションに帰宅して間もなくして、携帯が鳴る。
画面には見慣れない番号が並んでいた。
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もしもし西野か?俺だよ。分かるか?
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妙に甲高い声で話しかけてきた声の主は、高校時代の親友畑中だった。
九州北部のS市で高校までを過ごした俺は、彼とは2年から卒業まで同じクラスで、部活も同じで野球部だった。
それから大阪の大学に進学し、卒業後も大阪の電気メーカーに就職した。
畑中は高校卒業後は、地元の農協に就職していた。
2人とも今年で30歳で独身である。
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しばらく高校時代のことや近況を話していたが、やがて畑中はこう言った。
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「実はさ明後日、大阪で好きなバンドの再結成ライブがあって行くんだ。ほら、お前も好きだったThe○○sだよ。その前に久しぶりにお前に会えたらと思ってな。明日の土曜日とか朝から時間とれるか?
その時にいろいろ昔話とか出来たらいいなと思ってな」
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会社は土日休みなので、俺は畑中と会うことにした。
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ハンドル横手にあるディスプレイに視線を移す。
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13:50
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─約束の時間は14時だから、もうそろそろだな。
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畑中は朝一から高速バスで来るという。
指定された場所は、大阪駅南側に併設されたバスターミナル近くの小さなコインパーキング。
ターミナルから歩いても5分ほどのところで、あらかじめグーグルマップを送ってあるから場所は間違えないはずだ。
車の車種や特徴も伝えた。
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単調な雨音に少々センチメンタルな気分になってきたので、気晴らしにラジオのスイッチを押す。
一瞬で車内は心地好いクラシックの調べで満たされた。
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─この美しい旋律、どこかで聞いたような気がする、、
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懸命に記憶の糸を手繰り寄せようとしていると、
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トントントン、、、
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車を叩く音がした。
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ふと助手席側に目をやると、ウインドウの向こうから懐かしい顔が覗き込んでいる。
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─畑中だ!
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慌ててロックを解除する。
すると畑中はビニール傘を閉じるとドアを開け、素早く助手席に乗り込んできた。
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「いやあ、久しぶりだなあ。
それにしても凄い雨だな。」
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言いながらタオルで身体を拭いている畑中の顔を、俺は改めてまじまじ見た。
色黒の肌に細く小さな一重の瞳。
そしてスッとした高い鼻。
昔とちっとも変わらない顔がそこにはあった。
ただお腹のほうは少し出っ張っている。
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「九州から高速バスなら、大変だっただろう?」
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と言うと畑中は首を横に振りながら「いや、全然」と言って続ける。
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「俺さあ昔からどんな状況でも寝れるという特技があってな、今日もさ朝6時ちょうどのバスに乗っただろう。
荷物を置いて座席に座ったら、1分もしないうちに爆睡だよ。
それで気がついたら、ここにいたという感じかな」
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「そう言えばお前高校時代、野球部の試合で遠征した時なんかバスに乗ったら速攻でイビキかいてたもんな。
それで他の連中も俺も眠れず困ったもんだよ」
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そう言ってお互いの顔を見合わせて笑った。
そしてそのまま車内で談笑していたが、しばらく経つとネタ切れしてしまい互いに無言になると、ラジオからDJの声が聞こえてきた。
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─さあ今日はいよいよ明日、大阪で再結成ライブをするThe○○sの懐かしのヒット曲をお送りしましょう!
曲名は、、、
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DJの紹介の後、印象的なシンセの前奏がスタートした。
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俺たちは思わず目を合わせる。
確かこの曲は高校時代、放課後の教室で一緒に口ずさんでいた曲だ。
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2人はどちらからともなく、歌いだした。
音程の外れた畑中の声に俺は思わず吹き出してしまう。
そして歌いながらハンドルを握り、そろそろ出発しようとアクセルに右足を乗せた。
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その時だ。
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突然音楽がプツンと途切れ、若いアナウンサーの深刻な声が聞こえてくる。
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その声にただならなぬものを感じた俺はアクセルを踏む足を元に戻すと、フロントガラスを睨みながらその声に聞き入った。
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「それでは、先ほど起こりました中国地方高速道路での事故の続報です。
中国地方高速道路を東に向かい走っていた午前6時発の大阪行き高速バスが本日午前8時頃、トンネル入口の自然崩壊により生き埋めになりました。
現在警察や自衛隊により懸命の救出作業が行われておりますが、残念ながら既に亡くなられている方がおられることが判明しております。
警察の調査により、亡くなられた方で現在身元の分かっている方は、、、」
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一瞬で周りの空気が凍りついた。
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心臓の心拍数が上がり、
じんわり頬をつたう生暖かい汗を感じる。
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「おい、畑中、、、まさか、お前、、、」
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震える声で呟きながら、ゆっくり左に首を動かしていく。
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視線の先には、、、
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懸命に歌う畑中。
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だがミュートした動画のように何も聞こえてこない。
やがてその姿は徐々に色彩を失いだし、終いには周囲の光景と同化すると、ふっと消えた。
あとは、、、
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少し濡れた助手席のシートと
ビニール傘があるだけだった。
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fin
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう