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中編6
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恋するメールボックス

最近、私のスマホに奇妙なことが起きている。

毎日一通ずつ、見覚えのないアドレスからメールが届くのだ。

しかも困ったことに、そのメールには気づかないうちに勝手に返信がされている。

私はただ、いつのまにか届いていたメールと、いつのまにか返されていたメールを読むだけの傍観者になりつつある。

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ああ怖い。私のスマホなのに。そのような不満を抱える一方で、毎日自動的に行われるメールのやりとりを、楽しみにしている自分もいる。

その内容は明らかに自分の文章ではない誰かと誰かのラブレターで、不気味に思いつつもつい目を通してしまっていた。

まるで私のスマホのメールボックスが、誰かのそれと恋しているみたい。

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そして、身近な恋話を放っておけるほど、私は人間ができていなかった。

自分の人間性に疑問を覚えつつ、それでも私はベッドの上に寝転びながら、今日の「ご褒美」を確認する。

昨日のメールの内容はだらだらと長いデートの約束だったので、おそらく今日は「楽しかったね」の嵐だろう。

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そう思ってドキドキしながらメールを開封する。

しかし、たまたま目に飛び込んできた文章は、無機質でつまらないフォントなのに手書きの文字みたいに感情で溢れていた。

「デート中に他の女と会うってどういうこと⁈」

まさかの修羅場。やばい。楽しい。

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言い忘れていたが、私のスマホの持ち主はどうやら男らしい。

彼女からメールが来て、それに彼氏が返信するという他愛ない恋愛劇を見てきたわけだが、ここにきてまさか、彼氏の方がクズだったとは。

実際の恋愛経験に乏しい私は、いつのまにかメールの怪現象を怖がるよりも、そのやりとりから熱心に学ぼうとしていた。

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男の視点から恋愛を疑似体験できる願ってもない教材に出会えて感謝さえしていたが、今宵のケースは少し特殊すぎやしないか。

それでも、彼氏の男が私のスマホを使ってどのようにこの修羅場を切り抜けるか、私は楽しみで仕方がなかった。

いつものようにベッドでゴロゴロしながら男の返信を待っていたが、なかなかメールの作成に時間がかかっているようだ。

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こういう時こそ早い返信が大事なんだぞ。彼氏いない歴24年の私は偉そうに思いながら、ふとこのメールの主である二人は本当に実在するのだろうかと考えていた。

もしかしたら既に死んでしまった恋人同士の二人が、生きている私のスマホを借りて生前の思い出を再現しているとしたら。

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私がそのように考える根拠は、このスマホを中古で買ったということだった。もっとも、私の前にスマホの持ち主だった男の霊が、死んでもなおメールを送っているなんて、そんなオカルトじみた話を信じるのに抵抗があった。

しかし、彼氏の男が文字を入力するために画面を指で叩いている様子はなく、いつのまにか送信済みのボックスにメールが一通増えているという具合だった。

それがオカルトじゃないなら、他になんと言えばいいのか……。

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その後もあれこれ考えながら待っていたが、疲れていたこともあっていつのまにか眠っていた。

目が覚めた時にはすっかり深夜で、時計を確認すると三時を過ぎたところだった。

私はメガネよりも先にスマホを手にとった。

ホームボタンを押して画面を見ると、眠たかったはずの目はすっかり覚めてしまった。

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メールボックスが、見たこともない数字で膨れ上がっていたのだ。

普段は一日一通しか届かない女のメールが、今日はなんと五十通も送られてきていた。

慌てて昇順にメールの内容を確認する。最初はたどたどしく言い訳を繰り返していた男の文章は、なぜか次第に怒気を帯び、女もそれに負けじと言い返すので、いつのまにか日を跨ぐ長丁場に発展したようだ。

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ちなみに、男が返信しても彼女のメールは開封されないらしく、私がメールを読むまでメールボックスのアイコンには未読の数字が溜まっていた。

私はその数字を削るように、数時間前から続いているメールの応酬を黙々と紐解き始めた。

似た者同士の喧嘩に半ば呆れつつも、スマホを操作する指は止まらなかった。

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そして最新話(?)に追いついた頃、どうやら現在進行形でやりとりは続いていることを知った。

数分前に送られたばかりの彼氏のメールには、次のようなことが書かれていた。

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「俺がお前のせいでどれだけ苦しんだと思っている。去年の記念日にお前に浮気されたこと、俺はこの一年で何度も思い出しては忘れようとした。でも心の傷は癒えなかった。麻美は、そんな俺にとって唯一の心の癒しだった。でも別に、彼女と深い関係にあるわけじゃない。ただ話を聞いてもらってただけで、今日だってお前をからかってみようとこっそり呼んだだけなんだ。もう何度も言ってるだろ。いい加減、信じてくれ」

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……私は、思っていた以上の男の体たらくに落胆した。

しかし、それ以上に驚くことがあった。

彼の浮気相手の名前が、私と同じだったのだ。

浮気の相手は、まさかの私⁈ 今まで誰ともデートしたことないんだけど。

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これまでにない感情が胸の内に生まれ、私はわかりやすく動揺していた。

男の本性に失望する一方で、悪い気はしないと思っている自分が恐ろしい。

複雑な気持ちで何度もメールを読み返していると、短い音楽が奏でられた。

彼女からの返信が届いたのだ。私はすぐに、それを開封した。

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「私の浮気はあんたの誤解だって納得してたよね?それを今になって持ち出すってどういうつもり?何が言いたいわけ?

それよりも、麻美って女、殺してやるわ。デート中に浮気相手を呼ぶあんたも死ねばいいけど、それに便乗する女なんて私の手で殺してやる。本当よ、冗談じゃない。殺してやる。殺してやるんだから‼︎」

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そのメールの荒々しい文面に、私は傍観者の身でありながらも圧倒されていた。

いや、もしメールの中の"麻美"が私のことで間違いないなら、自分はもはや傍観者ではないのかもしれない。

二人の物語はクライマックスに達し、"麻美"はこの女に殺されるのだろうか。

まさか。名前が同じだけで、私のことではないに決まってる。

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それでも、さっきから寒気が止まらない自分がいた。その寒気は、これから起こることの予兆だったのかもしれない。

次の瞬間、部屋の窓が勢いよく揺れ、何度も叩かれる音とともに誰かの怒声が聞こえてきた。

それは女の声で「殺してやる!」と、泣き笑いしながら連呼している。

私は布団にくるまってがたがたと震えた。涙が溢れて止まらなかった。

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メールを見ていただけなのに。そもそも、このスマホは私のものだ。どうして自分がこんな目に……。恐怖と怒りが混じった感情は、次々と言葉になって胸の内で渦巻いていた。

そうだ。私の言葉で、女にメールを送ってやろう。

そう考えてメールボックスを開いた時、一通だけ"下書き"のフォルダに、見覚えのないメールがあることに気づいた。

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布団の中の真っ暗闇で、私はそれを開封した。

それは、どうしようもないクズ男の、"麻美"に対するラブレターだった。

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「麻美へ。これまで迷惑かけてごめんなさい。あいつの性格は俺がいちばんよく知っている。だから俺はあいつの襲撃に備えて、この部屋でこっそり待機していたんだ。

今だって、布団を被ってる君の後ろに俺はいる。でも、本当にここまでやって来るとは。やっぱりあいつは頭がおかしいよ。もう、俺の手には負えない。

あいつはどうしようもなく狂ってる。

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最後に、麻美。

今回は俺たちのいざこざに巻き込んで本当にごめんな。もう、これで終わりにする。

これが最後だから、言わせてもらうよ。

本当は俺、ずっと麻美のことが好きだったんだ」

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……誰かもわからない男の告白に、私はそれでも、胸が締めつけられた。

その時、部屋の窓が勢いよく開けられる音がした。

ぎゃっ、という男とも女ともわからない短い叫び声を最後に、窓の外は静寂に包まれた。

おそらく、二人は心中したのだろう。だって、ここはマンションの四階なのだから。

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今までのようなメールは、もう二度と届かないだろう。私は彼の最後のメッセージに、自分の想いを返信したいと思った。

しかし、自分のスマホで書かれたメールに対して返信する方法を知らなかった。

"二つ"の恋物語の終幕は、予想もできないバッドエンドだった。

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それからの私は、スマホばかり気にして毎日を過ごしていた。下書きのフォルダには何通ものメールが積み重なっていたが、そのすべてが私の書いたものだった。

今でもスマホのメールボックスは、名もない誰かに恋をしている。

それは決して、私の恋じゃない。そう言い聞かせる私の胸の片隅に、これまでになかった感情が、いつまでも居座り続けていた。

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