それは私がまだ小学校低学年のころ、、、
狂ったように蝉が鳴きわめく夏の朝方のことだった。
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小代子ちゃーん!
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同じクラスの文哉が私の名前を呼ぶ声が聞こえる。
慌ててランドセルを背負うと、玄関口まで走る。
門前には男女の児童が数名、待っていた。
私はその一団に加わると、学校に向かって歩きだす。
狭い路地を数回曲がり進むと、最初の交差点が見えてきた。
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「小代ちゃん、黄色いオジサン今日も立ってるね」
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友達の梨乃ちゃんが言うので見ると、前方の横断歩道手前で黄色い帽子を被った小柄なオジサンが旗を持って児童たちを誘導している。
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オジサンは私たちに気付くと、
「小代ちゃん、梨乃ちゃん、文哉くん、みんなおはよー」
と満面の笑みで挨拶をしてきた。
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私がきちんと「おはようございます」と礼をすると、
オジサンは私の頭から足先までをじろりと見て、
「ああ小代ちゃん今朝も可愛いねえ、もうオジサン食べてしまいたいくらいだよ」
と言ってニタニタ笑う。
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【黄色いおじさん】はどこに住んでいて何をしている人なのか?
誰も知らなかった。
いつ頃から朝の登校時に交差点に現れるようになったのだろう?
多分その年の春先くらいからだったと思う。
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オジサンは幼稚園児の被るような黄色い帽子を被り、黄色い旗を持って元気に児童たちを誘導する。
赤いボーダー柄のポロシャツに紺の半ズボン。
白いハイソックスに学童用の上靴を履いていた。
いつも明るくて優しいオジサンなのだけど、私は好きになれなかった。
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というのは、まだ初夏の頃、こんなことがあったのだ。
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朝方私はいつも通り他の生徒と一緒に登校していた。
交差点には【黄色いオジサン】が立っている。
オジサンの後ろに立ち車が通り過ぎるのを待っていると、
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「ああ、どうしよう!」
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突然梨乃ちゃんの声がした。
見ると、梨乃ちゃんが四つん這いになって道路脇の側溝を覗き込んでいる。
どうしたの?と尋ねてみると、側溝に家の鍵を落としてしまったということだった。
金属の葢の隙間を覗くと確かに、金色の鍵が落ちているのが見える。
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2人でどうしよう、どうしようと騒いでいると、
「あれ、小代ちゃん、梨乃ちゃん、どうしたの?」と、黄色いオジサンが近づいてくる。
私が事情を説明すると、「わかった。じゃあ、オジサンが葢をずらしてあげるから、その間に鍵を取りなさい」と言って重そうな金属の葢を、よいしょっとずらしてくれた。
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梨乃ちゃんはまた四つん這いになって葢の隙間に手を突っ込むと鍵を取ろうとしていた。
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その時だ。
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私は何気にオジサンの方を見てゾッとした。
オジサンは側溝の中ではなく、梨乃ちゃんのお尻の辺りを舐めるように見ていたのだ。
血走った目で、、、
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無事に鍵は取ることが出来て、私と梨乃ちゃんはオジサンに深々と礼をした。
でもその時私は素直に感謝の気持ちにはなれなかった。
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やがて楽しい夏休みはあっという間に過ぎ、始業式の日。
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朝いつも通り皆で路地を歩いていき、例の交差点に差し掛かる。
でも何故だろう【黄色いオジサン】がいない。
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「【黄色いオジサン】いないね。どうしたんだろう。病気かな?」
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梨乃ちゃんが心配そうな顔で私の方を見る。
「そうだね」と私は答えたが、何故か内心は少しホッとしていた。
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そして交差点にオジサンの姿が見えなくなって数日が経った頃だったと思う。
クラスの生徒の間で、奇妙な噂が起こりだした。
それは、あの交差点に立っていると何処からか【黄色いオジサン】の声がするというのだ。
梨乃ちゃんもそんなことがあったという。
しかもその声がする時、何ともいえない臭い匂いがするというのだ。
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そしてとうとうそれは、新学期が始まり1ヶ月経った頃に起こった。
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蝉の鳴き声もようやく止んだ路地を皆と一緒に登校していると、突然キャー!という女の人の悲鳴が聞こえてくる。
あの交差点の方からだった。
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何だろう?と皆で走って行くと、エプロン姿のおばさんが道路脇で尻餅をついて側溝辺りを指差している。
どうしたんですか?と私が尋ねると、
「100円玉を落としたから拾おうとしたら物凄く臭い匂いがして、側溝の中を見たら、、、」とおばさんは息も絶え絶えに言う。
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私は梨乃ちゃんと歩いて、恐々一緒に側溝を覗き込む。
そして一気に背筋が凍りついた。
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金属の葢の隙間から、2つの血走った目が並んでいるのが見える。
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他の生徒たちも集まってきて、たまたまそこにいた近所のオジサンが側溝の葢をずらしていく。
あちこちから湧き起こる、
男子生徒の驚きの声。
女子生徒の悲痛な叫び。
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側溝の中には【黄色いオジサン】が仰向けになってはまりこんでいた。
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直立姿勢で大きく目を見開き、
あの黄色い帽子を被り、、、
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オジサンは既に亡くなっていて暑さのせいか身体のあちこちが腐り始めており、顔の下半分はウジ虫たちに覆われていた。
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう