中編4
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【山もののけ】

私は今年30になる独身男性だ。

これは、私が小学校低学年のころの話。

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私の通っていた小学校は山の中にあった。

校舎は、

廊下を歩くとギシギシと鳴るような、

今となっては昭和の映像でしか見られないような、

そんな古い木造だった。

教室の窓から外を眺めると、広々としたグランドと、その向こうには鬱蒼とした山林があったのを今も憶えている。

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クラスは男女合わせても15人ほどだった。

クラスメート同士はよく一緒に遊んだりして仲良くしていたのだが、一人だけその和から離れていた子がいた。

それが佐夜ちゃんという女の子だった。

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おかっぱ頭で、年中同じ白いワンピースを着ていて、とても無口で大人しい子だった。

佐夜ちゃんは父親と二人で暮らしていた。

母親は、彼女がまだ幼い頃、山林に家族三人で山菜採りに行った時、忽然と姿を消してしまったらしい。

警察や地元のボランティアなどが懸命に林の中を捜索したそうなのだが、ついに見つからなかったそうだ。

当時の村人たちは、古来から地元の山に住むという【山もののけ】に連れ去られたのでは?という噂をしあったという。

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あれは蜩の鳴くある夏の夕暮れ時のことだったと思う。

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放課後いつも通り私は歩いて家路についていた。

両側に深い林の広がる狭い山道を一人とぼとぼ歩いていると、何処からだろう子供の声が聞こえてくる。

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も~~~~~い~~~~~か~~~~い、、、

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私は立ち止まり、耳を澄ました。

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ま~~~~~だだよ~~~~~、、、

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蜩の鳴き声に紛れて微かに聞こえてくる幼い女の子の声。

どうやらその声は右手の林の奥からするようだ。

山道を右手に外れ獣道を進むと、前方に忽然と赤い鳥居が現れ、その向こうに小さな神社が見えてきた。

鳥居をくぐり草陰に隠れて様子を伺っていると、境内に一人女の子がいて、社殿の方を向いて大きな声で叫んでいる。

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も~~~~~い~~~~~か~~~~い、、、

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─おかっぱ頭に白いワンピース。

見覚えのある背格好だ、、、

そうだ、あれは佐夜ちゃんだ!

すると間もなく、

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ま~~~~~だだよ~~~~~、、、

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呼応するかのように女の声がする。

どうやら、もう一人何処かにいるようだ。

やがて、

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も~~~~~い~~~~~よ~~~~~、、、

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という女の声がし、佐夜ちゃんは社殿を背にして振り返ると、小走りで境内を探索しだした。

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私はばれないように、その場を離れた。

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その翌日の夕暮れ時も、あの神社の境内で佐夜ちゃんは

かくれんぼ遊びをしていた。

その翌日も、、、

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ただ何故だかいつも鬼は佐夜ちゃんで、いつも神社のあちこちを探し回る役だった。

そして不思議なことに、もう一人の女は声だけがして、その姿を現すことはなかった。

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そんなことが続いて一週間が経った、ある夕暮れ時。

いつもの狭い山道を通り家路についていると、その日も、

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も~~~~~い~~~~~か~~~~い、、、

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あの声が聞こえてくる。

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ここ数日様子見してなかった私は、その日だけは何故か神社の方へ歩いて行った。

鳥居をくぐり草陰からそっと神社の方を見ると、やはり佐夜ちゃんが社殿の方を向いて立っている。

しばらくすると、

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も~~~~~い~~~~~よ~~~~~、、、

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という女の声がし、佐夜ちゃんはいつものごとく境内を探索し始める。

苔の生えた石灯籠の後ろや大木の陰とか、境内のあちこちを探していた。

これは正直何度も目にした光景だったから、私がもうそろそろ帰ろうとしたその時だ。

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いつの間にか一頭の鹿が、社殿の陰からぬっと姿を現した。

その体躯はかなり大きく、小象くらいはあったと思う。

そしてその顔部分を見た瞬間、私の背筋を冷たいものが走る。

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そこには人間の女の白い顔があった。

白目のない真っ黒で空洞のような2つの目。

額の両側からは立派な角が曲折して伸びている。

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その奇妙な鹿はゆっくりと、佐夜ちゃんの背後に近づいていく。

その気配に気が付き振り向いた彼女は、恐怖から金縛りにでもあったかのようにその場に立ち竦んだ。

そんなことはお構いなしに、鹿は佐夜ちゃんに近付いていく。

そしていよいよそれが目前に来た途端、何故か彼女の顔はパッと満面の笑みに変わった。

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次の瞬間、

2人の身体は淡い光を放ちだす。

光は徐々に勢いを増していき、やがて終いには一個の青白い光の球体に2人は包まれた。

巨大な光の球体はふわりと宙に浮くと、ゆっくりと上へ上へと浮かんでいき、最後は空気中でパンと弾けた。

同時に飛び散った無数の光の粒子たちは一斉に、朱色の空へと消え去って行った。

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後は蜩の鳴き声だけが薄暗い山林を響き渡っていた。

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fin

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