中編4
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床屋奇譚

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うちの家の近くに小さな床屋がある。

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くすんだ白い壁にはツタが絡まり、入口の上の看板は汚れて店名が消えかかっている。

ドアには、昔々に流行したヘアスタイルの男性のポスターが貼ってあり、『男は決めろ!』という意味不明のコピーが書かれている。

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ある晴れた休みの日のこと。

僕は馴染みの店に行ったのだが、その日はたまたま、そこがいっぱいだったから、この店に行くことにした。

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「はい、いらっしゃい」

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スキンヘッドのオヤジがスポーツ新聞をたたみながら、ノッソリとソファから立ち上がる。

50歳後半くらいだろうか。

目鼻立ちがはっきりした濃い顔だ。

でっぷりと肥えた体躯に白衣を着ている。

店の真ん中には古ぼけた黒いリクライニングシートが一つだけあり、その前に大きな姿見がある。

どこにでもある街の床屋さんの光景だ。

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「どうします?」

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鏡に映る僕の顔を見ながらオヤジが聞くので、希望のスタイルを言った。

髪を切りながら、オヤジが尋ねてくる。

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「お客さん、家はどこです?」

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「F町3丁目です」

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「あれ、うちの近くじゃないの。

私ここでもう、20年やってるんだけど、お客さん、見かけたことないなあ」

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「はあ……」

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まさか、行きつけの店がいっぱいだったからとは、さすがに言えない。

オヤジが訥々と語りだした。

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「実は私ね、前は札幌にいたんですわ。

高校出てから理容学校に通って、免許とったんだけど、最初からいきなり店は開けないから、ある店に修行に行ったの。

当時はお兄さんのように私も若かったから、彼女がいたんだけど、その子も理容師で同じ店にいたんだ。

小柄で気の利く良い娘で、いずれは、その娘と一緒に店をやろう、と思ってたんですよ。」

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髪を洗いながら、オヤジは続ける。

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「ところがね、ある日突然その子、店辞めちゃって、いなくなったのよ。

あちこちかなり探したねえ。

でも、見つからなくて……

もうダメかなと思ったころ、意外なところで見つけたんだ。どこだと思います?」

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「さあ……」

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全く見当が付かなかった。

オヤジはタオルで僕の髪を拭きながら、

話を続ける。

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「スーパーマーケット、、、

それも若くてチャラチャラした男と楽しそうに手をつないで、買い物の最中だったんですわ。

しかもそのヤロウ、修行していた店の常連さんだったのよ。でね、面白いことに、そのヤロウ、なんと、お客さんにソックリなんですわ」

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「は?」

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リクライニングを倒し、髭剃り用のクリームとカミソリを

準備しだした。

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「いや、ごめんなさいね。お客さんには何の関係もないんだけどね。でもね、本当に似てるんですわ」

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─いやいや、そんなことを言われても、こちらとしても困るんだけどなあ……

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などと思っていると、蒸しタオルを顔に乗せられた。

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「でね、偶然というのは重なるもので、その数日後にそのヤロウ、店に来たんだよね。

しかも間が悪いことに、私が担当になってしまってね」

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白いマスクを付けるとタオルを外し、刷毛で僕の顔に、髭剃り用のクリームを塗りはじめる。

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「でね、そのヤロウ、なぜだかカットの間ずっとニコニコしてるんだよ。

何か良いことでもあったんですか?とそれとなく聞いたら、いやあ、来月、結婚することになってね、と嬉しそうに言いやがったね。いよいよカーッとなっちまってね。

それで顔剃りしてる時、俺つい、やっちまったんだ」

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と耳元で言うと、顎の下を剃り始めた。

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「え?」

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僕は天井を見ながら思わず、声を出した。

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「切ってやったんだ……」

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 心臓が早鐘のように鳴り出した。

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「切ったって、どこを?」

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こわごわと尋ねる。

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「嫌だなあ、お客さんも鈍感だねえ。

ここだよ、ここ!」

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そう言うと指で僕ののど仏を押し、ツイーッと横に動かす。

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「!!!」

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体の中心を冷たい電気が走り、二の腕に鳥肌が立つのをはっきり感じる。

額から頬に暖かいものが流れているのが分かった。

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「そしたら、プシャーッとオシッコみたいに赤い血が飛んでねえ……いやあ、すっきりしたねえ、、、

他にもお客さんや店員もいたんだけど、「おお!」とか言いながらみんな、ビックリしてたなあ。

ざまあみろ、という感じだったよ。

ハハハハ……。

ただ、白い布と姿見は結構汚れちゃったけどね」

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「……」

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「おかげで10年、臭い飯を食わされたんだけど、まあ良い勉強になりましたわ。

さすがに札幌ではもう商売はできないから、こっちに来たんだけどね。まあ、若気の至りというか、なんちゅうか、

お恥ずかしい話ですわ。ハハハハ……」

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「そ、、それで、その男の人はどうなったんですか?」

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僕は恐る恐る尋ねた。

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「あのヤロウ?知らないよ。

死にはしなかったから、今も寝たきりなんじゃないの?

まあ自業自得、いい気味だよ。」

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「……」

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リクライニングが起こされた。

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オヤジは、ブラシとドライヤーを持ち、鏡に映る青ざめた僕の顔に向かってニッコリ笑って言った。

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「さて、セットはどうします?」

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fin

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Re presented by Nekojiro

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藤子Aの不器用な理髪師を思い出した
後昔通ってた床屋がこんな感じで主人がいなくなり取り壊されるまでツタに店が覆われ哀愁漂っとなあ

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