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中編7
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ねぇ遊ぼ

それは夏も終わりに近づいた日の朝のこと。

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とある総合病院のICU(集中治療室)に隣接した個室部屋。

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白の壁に囲まれた殺風景な空間。

無機質で単調な電子音だけが聞こえてくる。

窓際のベッドには1人の女が目を閉じて、静かに横たわっていた。

身体のあちこちにはぐるぐる包帯が巻かれ、痛々しい。

口には酸素注入器が差し込まれ、腕には点滴がされている。

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女の名前は大島璃花子といい、年齢は30歳。

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1月前に重度の火傷を負った状態で、救急車で緊急搬送された。

医師らによる懸命な処置により、何とか命は取り留めたのだが、未だ意識は取り戻していない。

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一人の若い看護師が個室部屋のドアを開け、入ってきた。

彼女はいつも通り璃花子の枕元に立ち、窓のカーテンを開くと、てきぱきと熱や血圧を計測しノートに記入していく。

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すると、

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ねぇ遊ぼ

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突然右側から聞こえた幼い女の子の声に、ドキリとした看護師は顔を上げると、そちらの方に目をやる。

ベッドの反対側にある机の上には、身長1メートルはありそうな奇妙な人形が足を投げ出した状態で置かれていた。

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目や鼻、そして口はほとんど原形を留めておらず、顔はのっぺりとしている。

頭部はあちこち禿げており、僅かに残った髪の毛は焦げたように縮れている。

衣服は何も身につけておらず、肌色の表皮は全体的に黒ずんでいて、かなり傷んでいるように見える。

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看護師は緊張した面持ちでしばらく、その人形を睨んでいた。

だがその不気味な人形はピクリとも動くことはなく、机の上でただじっとしている。

彼女が視線を反らし、再び作業に移ろうとしたその時だ。

心臓が止まるかと思うくらいに驚いた。

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いつの間にか璃花子が両目を開いているのだ。

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「大島さん!璃花子さん!私が分かる!?」

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看護師は璃花子の顔に向かって懸命に訴える。

彼女はしばらく看護師の顔を見ていたが、やがてこくりと頷いた。

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「ちょっと待っててください。先生を呼んできますから」

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そう言うと看護師はベッドを離れ、急いで個室から出ていった。

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改めて1人になった璃花子は、不安げにキョロキョロと病室内を見回しだした。

そして左手に置いてある人形の存在に気付いた途端、サッと顔色が青ざめる。

同時に身体が震えだし、心臓が激しく脈打ちだした。

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た、、助けて、、、

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そして彼女の脳内の奥にある忌まわしい記憶が、16ミリの映写機が回るかのように動き始めた。

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夜。

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仕事を終えた璃花子は、自宅アパートの待つ古い住宅街の路地を1人歩いている。

ブロック塀に挟まれた薄暗い道をとぼとぼ歩いていると、10メートルほど前方右手の塀の前に、女の子がしゃがんで何かをしているのが見える。

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街灯にぼんやり浮かんだその姿は、

白いブラウスに赤の吊りスカート。

どこにでもいそうな普通の子だ。

そして女の子の隣には、1メートルほどの背丈をした黒髪の裸の人形が立っている。

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その時璃花子が不審に思ったのは、女の子の正面辺りから黒い煙が起ち上がっていたからだ。

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─何をしているんだろう?

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思いながら彼女はゆっくり歩を進める。

そしていよいよ側まで近付いた時、璃花子は思わず「あ!」と声をだした。

女の子の前には数枚の新聞紙が置かれ、微かだが青白い火がメラメラと起ち上がりだしている。

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「ちょっと、ダメだよ!そんなことしちゃ」

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璃花子が強めに言うと、女の子は慌てて立ち上がり、人形を小脇に抱くと、塀沿いを反対方向に走りだした。

懸命に足で火を消しながら女の子の走った方を見ると、ブロック塀の先にある門から中に入っていこうとしている。

塀の向こうには2階建ての立派な屋敷があった。

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その数日後の深夜、、、

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璃花子は、アパート3階にある自分の部屋のベッドに横になっていた。

1DKという間取りの部屋の壁際にあるベッド。

暗闇の中ようやく微睡みの泉に浸かりだし、うとうとしだした、その時だ。

何処からか断続的に聞こえてくるサイレンの音で、彼女は目が覚まされた。

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起き上がりサッシ戸の方まで歩き、開く。

その途端、強烈なサイレン音と叫び声が耳に飛び込んできた。

璃花子は慌ててベランダに出ると、手摺から下方を見る。

そして愕然とした。

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斜め向かいの屋敷が、炎に包まれている。

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建物のあちこちからもうもうと黒煙がたちあがり、次々に星空を汚していた。

路地には2台の消防車が縦列して停まっていて、数人の消防士たちが懸命に消火作業をしている。

近隣の住民たちが離れたところから、遠巻きに様子を伺っていた。

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火事は翌朝には鎮火された。

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屋敷は全焼ということで、現場は戦時中に爆弾を落とされた建物のような悲惨な有り様になっていた。

ただ庭が広かったおかげで近隣の住居には延焼しなかったことだけは、幸運なことといえる。

焼け跡からは黒焦げの遺体が3体発見された。

恐らくは屋敷に住んでいた夫婦と幼い娘であろう。

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その数日後、、、

璃花子は仕事の帰り道、屋敷の門前に立つと、そこから中を覗き込み、変わり果てた光景にショックを受けていた。

その時ふと彼女は、数日前に、この門の先のブロック塀前で火遊びをしていた幼い女の子のことを思い出す。

璃花子は門前に置かれた花束やお菓子に向かって、数分合掌すると再び歩きだした。

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そしていよいよアパートの敷地に入ろうかという時だった。

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ねぇ遊ぼ

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何処からか幼い女の子の声がする。

璃花子は振り向くと、辺りを見回してみた。

するとまた、

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ねぇ

遊ぼ

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声は近くからだ。

彼女の視線の先にはゴミステーションがあった。

ブロック塀沿いに置かれた金網に囲まれたスペース。

璃花子は数歩歩いて、そこの前に立つと、中を覗き込む。 

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街灯に照らされた四角い空間には、指定袋に入れられたゴミ、要らなくなった雑誌や新聞、壊れた炊飯器などが、無造作に並べられている。

その中に1つ、目を惹くものがあった。

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それは、まるで酷い火傷にでもなったような裸の人形。

身体のあちこちは黒く汚れている。

ただ顔は何とか原形を留めていた。

璃花子はその人形に見覚えがあった。

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─あれは火遊びをしていたあの子の傍らに立っていた人形だ。

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暗がりの中、足を投げ出してじっと座っている。

璃花子は「ごめんね、一緒に遊んであげられなくて」と呟くと、軽く手を合わせてから、その場を離れた。

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夕飯を終えた璃花子は、ソファーに横たわり、テレビを見ていた。

そしてそろそろ寝ようかと思ったタイミングだった。

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shake

ドンドンドン、、、

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玄関の扉を叩く音がする。

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咄嗟に彼女は携帯に目をやった。

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23時31分。

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─こんな時間に誰?

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立ち上がり玄関口まで歩くと、扉に向かい「はい」と返事をする。

しばらく間を置いたが、何の返事もない。

恐る恐るドアスコープから覗いてみたが、廊下には誰もいないようだ。

璃花子は首をかしげながら部屋に戻ると、ベッドに入り、電気を消した。

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それからどれくらい経った頃だろうか。

ようやく意識が微睡みの泉に浸かりだそうかという時だ。

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shake

ドンドンドン、、、

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また玄関の扉を叩く音がする。

時間はすでに深夜0時を過ぎていた。

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─いたずら?

それとも酔っぱらい?

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璃花子はそんなことを思いながらも立ち上がり、再び玄関口まで歩くと、「あの、どちらさんですか?」と今度は少しきつめに言う。

するとガチャガチャとドアノブが回された後、今度は幼い女の子の声がした。

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ねぇ遊ぼ

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「ひ!」

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彼女は小さく悲鳴を上げると、尻餅をつく。

そして慌てて四つん這いでベッドまで戻ると、掛け布団を頭から被り、両耳を塞いでダンゴムシのように丸くなった

そして

早くいなくなれ、早くいなくなれ、、、

と両目を閉じてひたすら呪文のように繰り返していた。

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それから半時間ほどが経ったくらいだろうか。

何か焦げたような異臭が彼女の鼻をつく。

慌てて布団を取り去った途端、信じられない光景が視界に入ってきた。

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部屋のあちこちから炎が上がっている!

玄関が、壁が、絨毯が、カーテンが、真っ赤に燃え上がり、黒煙が立ち込めている。

璃花子は恐怖で半身を起こしたまま動けず固まっていた。

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ふと見ると、燃え上がったカーテンの前に人影がある。

あの人形だ!

炎の強い光に照らされながら、顔の潰れた裸の人形が立ったまま、じっと彼女の方を見ていた。

遠退いていく意識の中、璃花子の耳には微かにサイレンの音が聞こえていた。

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大島璃花子が意識を取り戻したという報告を受けた主治医の男は、看護師と一緒に個室部屋の扉を開けた。

だがベッドには誰もいない。

近付いてみると、璃花子はベッドの横の床に倒れていた。

医師は看護師と2人で彼女の身体を抱え、ベッドに戻す。

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そしてその顔を改めて見た2人は、思わず驚きの声をあげた。

包帯の巻かれた頭部の下のその顔は完全に血の気を失い、まるで年老いた老婆のように皺だらけで衰弱しきっている。

そして手足は冷たくなっており、既に心臓の拍動は停止していた。

呆然と立ち尽くす2人の傍らにはいつの間にかあの人形が立っており、潰れた顔で一言呟いた。

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ねぇ遊ぼ

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fin

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Presented by Nekojiro

Concrete
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ドアを開ける時の画面がブレたのにビックリしました!

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