長編11
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お迎えフロア

目覚めた時は病室が変わっていた。

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以前は個室だったのが、4人部屋になっている。

ただ2つのベッドは空だ。

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今回が2度目の手術だった。

耐え難い胸部の痛みで救急搬送されたのが、去年の末。

それまでも、ひどい咳き込みや、吐き気、胸部の痛みなどはあったのだが、生来の呑気な性格から病院に行くことを怠っていた。

まだ23歳と、年齢が若いということもあった。

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10代の頃ヤンチャしていた俺は、何度も警察にお世話になっていた。そしてとうとう18のときに親父と大喧嘩の末勘当され九州の実家をとびだしてからはバイトしながら地方を転々とし、最後は大阪のN区のドヤ街で住み込みの日雇いをしながら生活していた。

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そこは【人生の吹き溜まり】と言われるくらい、ひどい環境のところで路地裏や公園には浮浪者がたむろしている。彼らのほとんどが、明日の食事さえもままならないような状態だった。

俺は若いという過信からか、ろくな食事もせずにベビースモーキング、深酒、クラブ通いと、好き勝手にやっていた。

思うと去年末の緊急入院、手術は当然の結末だったかもしれない。

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医師の診断結果はステージ3の肺がんということだった。

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俺が入院した病院の院長は【博愛主義】が信条らしく、食料不足で苦しむ者に対して毎日無料の炊き出しを施していて、病院入口前には毎朝飢えた浮浪者たちが行列を為している。

また臓器移植などに関しても、心臓や腎臓とかに不治の疾患を持つ全国の患者に対して、無償で新鮮な臓器を提供したりしているようだ。

入院前には俺もたまに朝の炊き出しに参加して、暖かいシチューとおにぎりをご馳走になっていた。

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以前の部屋と比べると、随分とカビ臭くて殺風景な室内の様子だ。

相変わらず鼻には酸素注入器が差し込まれ、胸のあちこちには電極が、腕には点滴がされている。

ベッドの横手にはスタンド式の液晶パネルが置かれていて、俺の心拍の波形を常時示している。

ふと顔を上げると、前のベッドに横たわる男と目があった。

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頭部にはぐるぐる包帯が巻かれている。

頬のこけた土色の顔に無精髭。

ブルーの病院着の胸元からは、あばら骨が浮いている。

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俺と同じように、鼻には酸素注入器、胸には電極、腕には点滴がされていて、同じくベッド横に、スタンド式液晶パネルが置かれていた。

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男は黄色く濁った目をギョロギョロさせながらこっちを見ると不気味に微笑み、

「ようこそ、【お迎えフロア】へ」と呟いた。

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「お迎えフロア?」

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聞き慣れない言葉に、俺は思わず聞き返す。

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「あんた、知らんのか?

この病棟はな4階建てでな、4階には4部屋あってな、この特別な病室に入れられた者は皆、身寄りが無くてお迎えの近づいた者なんだよ」

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そう言うと男は天井を見上げ、大きくため息をついた。

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「おはようございまーす!」

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突然、若い女性の元気の良い声がする。

病室の入口に、かなり横幅のある看護師がにこやかに微笑みながら立っている。

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看護師はノシノシと歩き俺の枕辺に来ると、

「太田さん、昨日のオペ、頑張りましたねえ。体調はどうですか?」と言いながら、俺の額に手を当てる。

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「今のところは大丈夫だけど」

と言うと看護師はノートに必要事項をてきぱき記載しながら、

「それは良かった。

でももしかしたら、後からまた痛みがあるかもしれませんから、その時は遠慮なくナースコールしてくださいね」と言うと、俺の目を見て優しく微笑んだ。

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それから血圧を計り、その場を立ち去ろうとした時、

「ここ【お迎えフロア】って呼ばれてるの?」と尋ねてみた。

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俺の咄嗟の質問に看護師は一瞬顔を曇らせると、

「山中さんね。

また要らないこと言ったでしょ?」

と言って前のベッドの男の方を睨む。

山中という男は聞いているのかいないのか、天井を向いたまま目を閉じていた。

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俺が不安げにしてると看護師は、

「太田さん、変な噂とか気にしなくていいですからね。太田さんはきっと治るから」と言うと、さっさと前の患者の方に歩いて行った。

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朝の検診が終わり一眠りすると、目覚めた時はもう夕刻になろうとしていた。

右手にある窓から見える、ワインカラーの鰯空をぼんやり見ていると、

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「ああ、わし、まだ死にとうないわ、、、」

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突然前のベッドの山中さんが恨めしげに一言呟くと、しゃべりだした。

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「兄ちゃん、わしな、今年で40になるんやけど、若い頃から酒ばっかり飲んどってな、終いにとうとう肝臓をやってもうたんや。去年の末、家で倒れて、ここに運ばれてオペされたんやけど、その時はもうあちこち転移しとってな」

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「手術は今まで3回やったかな。

この間のなんか、頭にがん細胞が来とるというんで、頭にメスを入れられてな、大変やったわ。

お陰で最近は、夜になると辺りに変な輩がウジャウジャ現れるのが見えるようになってしもうた。

医者には余命3ヶ月と言われとるんやけどな。でも多分やけど、もうそろそろやと思う」

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「オッサンそんなこと言うなよ。

まだ分からないだろ?」

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「そんな、慰め言わんといてや。わし自分のことやから、よう分かるんや。間違いなく近々迎えが来るはずや。

まあ、ずっと独りもんやし、めぼしい身寄りもないし、財産言うたら、部屋で飼ってる猫くらいなもんやけどな、、

でもわし、まだ死にとうないんや。

なあ兄ちゃん、助けてくれや」

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「俺にそんなこと、言われても、、、」

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山中さんのむちゃくちゃなお願いに俺が狼狽した後、しばらく、2人の間に息苦しい沈黙が続いた。

すると彼は急に真顔になり、唐突にこんなことを言い出した。

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「ところでなあ、兄ちゃん、この階の一番奥にある404号室の話知っとるか?」

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「いや、知らんけど」

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山中さんは黄色く濁った目をギョロギョロさせて俺を見ながら続ける。

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「そこは【立ち入り禁止】の紙が貼られとって、いつも鍵が掛けられとるんやけどな、前月まで隣のベッドにおった佐々木のじいさんが夜偶然、中を覗いたことがあったらしいんや。あ、そのじいさんはもう前週亡くなってしもうたけどな」

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「なんでも、そこは体育館くらい広々としててな、ベッドがきちんと並んどって、部屋の真ん中には、でっかくて四角い鉄の機械がデンとあったみたいや。

その機械の周りではコンベアが、低い音をたてながら、ゆっくり回っとったそうや。

その間を白衣にマスクをした者たちがうろうろしてて、ベッドには男や女が横たわっとったらしい」

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「入口ドアの隙間から覗いとった佐々木さんは、いったいこんな時間に何をしてるんやろ?と思いながら、さらに見ているとパッと一瞬で背中が粟立って、思わずドアを閉じると、逃げるように部屋に戻ったそうや」

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「佐々木さんは何を見たの?」

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俺が尋ねると、山中さんは一回だけ唾をゴクリと飲み込み続けた。

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「あんたの隣のベッドに大野という30くらいの大柄の兄ちゃんがおったんやけど、ちょうど今年の初夏に脳溢血で逝ってもうたんやけどな。

佐々木さんが言うには、あそこに大野さんの裸の遺体があったそうなんや」

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「そんなバカなこと、、

何かの見間違いとかじゃなかったんじゃないか?」

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俺が言うと、山中さんは静かに首を横に振って続けた。

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「わしも同じことを佐々木のじいさんに言ったんやけど、いや、あれは大野くんやった。間違いないって言い張っとったんや」

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そこまで言うと、山中さんはいきなり咳きこみだした。

それはしばらく続いたが、やがて彼は天井を向いたまま静かになった。

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そして新しい病室に移されて2日後のこと。

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それは10時の消灯の後、しばらく経った頃だった。

暗闇の中、ようやくうつらうつらし出した時だ。

突然、山中さんの声が室内を響き渡った。

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shake

「わわわわ、何なんだお前たちは!?止めろお!来るな!来るなあ!!」

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驚いて半身を起こし前を見るが、薄暗くてはっきり見えない。

俺は思わずナースコールを押した。

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しばらくすると、いつもの看護師が駆け付け、懐中電灯で前のベッドの方を照らしだした。

光の輪っかの中にあからさまになったのは、ベッドの片隅で怯えた子犬のように膝を抱き震える山中さんの姿。

看護師が近づきなだめだすと、

「来るな!止めろお!」としばらくは過敏に反応していたが、突然両目を大きく見開くと胸をかきむしるような仕草をして終いにはぐったりとなり、動かなくなってしまった。

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すると看護師はポケットから素早く専用の携帯を出すと、どこかにコールし始めた。

しばらくすると室内が明るくなり、若い医師が別の看護師を伴い、ドタバタと部屋に入ってきた。

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医師は、ベッドにぐったり横たわる山中さんの傍らに立つと、手首から脈を計ったり、聴診器を胸に当てたりしていたが、やがて隣に立つ看護師の目を見ると、静かに首を横にぶった。

3人はしばらくヒソヒソと話し合っていたが、しばらくすると、看護師2人が走って部屋を出ていった。

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医師がその間ノートに何か書き込んでいると、2人が一台のストレッチャーを押しながら戻ってきた。

そして3人で山中さんの遺体を乗せると、そのまま押して部屋を出ていった。

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山中さんがいなくなりとうとう病室に独りだけになって、一週間が経った、ある朝。

この日はいつもの看護師を伴って、担当医師が俺の枕辺に立っている。

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「太田さん、術後の経過は良好です。今のところ他臓器への転移も視られず、このままいくと恐らく、あと一月くらいで退院出来るかもしれませんよ」

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そう言って初老の医師は俺の顔を見て、微笑む。

俺は思いきって言ってみた。

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「あの、そしたら、そろそろ、この部屋から別の階の部屋に移れないすか?ここ、どうも、苦手で、、、」

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医師は意外にも、「ああ、そうでしょうね。じゃあ明日にでも別の階に移るようにしましょうね」とあっさり言うと、看護師を伴い、さっさと立ち去った。

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そして夕刻。

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「はい、太田さん、夕食ですよー」

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いつもの看護師がトレイに乗せた夕食を、ベッドに横たわる俺の前に置かれたテーブルの上に置いた。

大きめのプラスチックのお椀には、なみなみ注がれた熱々のシチューが入っている。

その横の小さな皿には、おにぎりが2個。

これは、この病院の入口前で毎朝行われている炊き出しと同じメニューだ。

入院してからも、夕食は全てこれだ。

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それにしても、このシチュー、、、野菜らしきものはほとんど入ってなくて、代わりに肉はかなり多い。

俺は、とろとろになった肉を口に運びながら「ああ、これを食べれるのも、あと何日だろうか?」と一人考えていた。

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その日の夜は、なかなか寝付けなかった。

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暗闇の中、静まり返った病室の天井を1人じっと眺めていると、何処からだろうか?低い唸るような機械音が聞こえてくる。

それは途切れることなく続いていた。

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─いったい何処から聞こえるのだろう?

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俺はベッドを降りると、暗闇の中慎重に歩いて入口まで行くと、廊下に出た。

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薄暗い廊下沿いには3つ病室が並んでおり、突き当たりには、佐々木のじいさんという人が言っていた404号室がある。

どうやら機械音は、ここから聞こえてきているようだ。

入口ドアの側まで歩いてみる。

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ドアに貼られた【立ち入り禁止】の紙。

上部の磨りガラスを通してボンヤリ赤い灯りが漏れている。

試しにドアノブを握り力を込めるとあっさり回転し、拍子抜けした。

どうやら鍵は掛かってないようだ。

慎重にドアを開き隙間から、緊張した面持ちでそっと中を覗く。

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そこは広々とした場所だった。

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確かに体育館くらいはある。

天井にある蛍光灯は赤色灯で、室内全体が不気味に赤く染まっていた。

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右手にはベッドが整然と並んでおり、人が横たわっているのだが、その横顔は青白くて生気を感じない。

その合間を白いマスクに白衣姿の者たちがてきぱき動いて体を拭いたり注射をしたり、パソコンを触ったりしているようだ。

仰向けに横たわる人を乗せたストレッチャーを押して移動している者もいる。

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目を引いたのは、中央にデンとある巨大な鉄の箱。

恐らくこいつが鈍い機械音を唸らせているのだろう。

その周りをコンベアが動いていた。

その上を何かが移動している。

コンベアの脇にも、白衣の者たちがいて何か作業をしていた。

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俺は目を凝らす。

そしてその光景が明らかになった途端、身体中を戦慄が走った。

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コンベアの上に乗って移動しているもの。

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それは、

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人間の肉体の様々なパーツ、、、

つまり銀のトレイに乗せられた、

脳や眼球、血にまみれた様々な臓器、

そして腕や足。

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それらが、まるで回転寿司のようにゆっくり移動している。

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再び巨大な鉄の箱に視線を移す。

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その瞬間、身体中をまた冷たい戦慄が走った。

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白衣の者たちが鉄の箱の右側から裸の人間を投入しているのだが、それはこの間亡くなった山中さんだった。

山中さんの体は不気味に青白く光っていて、まるでさっきまで冷蔵庫に入れられていたかのように白い湯気をあげている。

数分すると、箱の左側からバラバラに切断された恐らく佐々木さんの人体のパーツが、コンベアに乗って移動していく。

それからコンベアの脇に立つ白衣の者たちが次々と、専用の特別な容器に入れているようだ。

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俺はしばらくその様子に見いっている内に、突然吐き気をもよおしてしまい、部屋に戻るとトイレに入って一頻り戻してしまった。

吐瀉物を見ると、今晩食べたシチューの肉が紛れていた。

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翌朝早く俺は荷物をまとめ、看護師たちに見つからないように非常階段で1階まで降りると、病棟から外に出た。

それから渡り廊下を進み、本館の建物に入る。

しばらく行くと、中央受付のカウンターが見えてきた。

受付の前方には病院の正面入口があるはずだ。

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ふと見ると、入口ドア前のエントランスでは、もう既に炊き出しが行われていた。

長机の上に置かれた幾つかの巨大な銀色のズンドウ。

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「ただいまより、朝の炊き出しを行いま~す。

いつも通り、きちんと一列に並んでくださ~い。」

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拡声マイクを通して、若い女性の声が聞こえる。

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白衣にマスク姿のスタッフがズンドウから柄杓でシチューをすくい、プラスチックのお椀に入れている。

その前には、作業着姿の痩せ細った男が物欲しそうに立っていた。

男の後ろには数十メートルはある行列が出来ている。

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その様を見ていると、俺の心の奥底から何か説明のつかない憤りがフツフツと沸き起こってきた。

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俺は無言で歩き進み、先頭でシチューを待つ痩せた男の前に立つ。

男は怒り背後からグダグダ抗議しながら背中を小突いたりしていたが無視して、俺は徐に目の前にある大きなズンドウの口を掴むと、思いきって手前に引っ張り倒した。

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それは派手な音をたてて落下すると、ゴロゴロとフロアを転がる。

出来立てのシチューのスープや野菜そして多くの肉が、盛大にフロアぶちまけられた。

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周囲を飛び交う驚きの声や怒号。

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白衣姿のスタッフたちが数人がかりで俺の身体を掴み、取り押さえ倒すと、頭部を掴んでフロアに片方の頬を擦り付けた。

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俺は胸を圧迫されながらも、必死に叫び続けた。

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shake

み、みんな、騙されるな!

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shake

このシチューの肉は偽物だ!

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shake

人間の肉だ~!

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shake

騙されるな~!

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悲痛な叫びは初秋の曇り空に虚しく吸い込まれていった。

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fin

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Presented by Nekojiro

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