「僕は、昔から夜が好きなんです。柄じゃないって分かってるんですけどね」
青年はそう話し、困ったような笑みを浮かべた。
私は今日、自身の身の回りで起こる怪事件を解決してもらうべく、とある調査事務所に来ていた。
場所は静岡県某所、私の前に座る青年は神原零と言い、この調査事務所で怪異専門の調査員をやっているそうだ。
初めは半信半疑だったものの、彼の見せた不可思議な能力、術等は、明らかに常軌を逸している。
「あんまり、人に見せるようなものではないのですが……」
神原氏はそう言うと、宙に浮いたマグカップを再び手に戻した。
「そうだ、話が脱線してしまいましたね。まあ、そういうことなので、今夜のことは僕にお任せください。見た目は若いですが、結構ベテランなので」
神原氏はまだ22歳だと言う。
女性のように美しい顔立ちをしており、少し長い髪は右側だけ耳に掛けている。
「とりあえず、もうじき日が暮れますし……夜が来るのを、待ちましょうか」
「そうですね」
私は神原氏の言葉に頷き、それから調査事務所で夜が来るのを待った。
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時刻は午後22時。
私と神原氏は、夜の街中を歩いていた。
「時々、仕事帰りに同僚と飲みに行くんです。それで先週も飲みに行ったんですが、その帰り道で……」
私の話を聞いていた神原氏は、そこで視線をとある場所に移す。
「中央公園ですね」
「はい」
同僚と別れた後の帰り道。
私はふと、普段とは違う道を通ってみることにした。
神原氏の視線の先にある、中央公園である。
「あそこで……見たんです。最初はゴミを物色しているホームレスかとも思ったんですが、街灯にはっきり照らされたそれは……」
私は恐ろしくなり、そこで話を止めた。
それと同時に、件の中央公園にも足を踏み入れる。
「夜の街を歩くって、気持ち良いですよね」
前を歩いていた神原氏は振り返り、そんな場違いな事を言い出した。
私が恐ろしい体験を話していたにも関わらず、彼はそう言って笑っているのである。
「あの……今は楽しいと思えないんですが」
「大丈夫ですよ。今日で夏も終わりです。夏の最後に、最高の非日常をお見せしましょうか」
神原氏はそう言って不敵な笑みを浮かべると、何処からともなく出した刀を手に握った。
彼は刀を構え、公園の橋の手前に蹲る何かに目をやる。
「なるほど、あれは放っておくと危険ですね。直ぐに片付けます」
神原氏は凄まじい速度で駆け出し、蹲る何かに刀を振り翳した。
それが刀を躱して跳躍すると、その何かは街灯に照らされ、はっきりと姿を見せる。
言い表すならば、手足の生えた肉塊に魚のような目が二つ付いた化け物だった。
あの夜、私が見たものと同じである。
「思ったより速いな。ちょっと手を抜き過ぎたか」
そう言った神原氏は、再び刀を構えて化け物に斬りかかる。
化け物は既に着地しており、正面から向かった神原氏の攻撃は既に避けられてしまいそうだ。
私がそう思った直後、付近の叢から何本もの太い蔦が飛び出し、化け物の両手足を拘束した。
「油断したな。僕の能力は……!」
神原氏の刀は化け物に到達し、その身体を真っ二つに斬り裂く。
「呪術と念動力だけじゃないんだよ」
倒れ込んだ化け物を背に、神原氏は微笑しながら呟いた。
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「まあ、こんなもんです。非日常体験はどうでした?」
家に帰る途中、神原氏はそう笑顔で問いかけてきた。
「どう……ですか。なんだか、スッキリしました。あんな化け物、どこにでもいたりするんですか?」
私の質問に、神原氏は少し考えてから口を開く。
「まあ、いると言えばいます。害にならないようなものや、あれ以上に危険なものまで。藤村さんは、今回たまたまチャンネルが合ってしまっただけだと思います」
神原氏が話していると、彼のポケットからスマホの着信音が鳴り出した。
「あ、ちょっと失礼しますね」
彼はそう呟いて電話に出ると、その相手との会話を始める。
「もしもし……ああ、この前の件ですね。まだ鑑定結果が出せてないんですけど、やっぱり呪具の一種か何かだと思います……はい、たぶん。とりあえず、しぐるさんも例のご友人さんには、心配はしなくていいと伝えといてください。あとはこちらで処理しておくので……はい、それでは。お疲れ様でした」
神原氏は電話を終えると、申し訳なさそうに私の顔を見た。
「すみません、ちょっと別の件の電話でした」
「いえいえ、お忙しいんですね」
私の言葉に、神原氏は苦笑しながらスマホをポケットに戻す。
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それから神原氏は、私が家に着くまで付き添ってくれた。
依頼料の話をしたところ、今回のようなケースについてはお金は頂かないとのことだった。
8月の終わり、私はこの恐ろしくも楽しい不思議な体験を、忘れることはないだろう。
夏風の吹く夜を歩いて、そんなことを思った。
作者mahiru
お久しぶりです。
夏なのでとある調査事務所に舞い込んできた依頼のお話を……
夏が終わりますね。
それでは、またいつかの機会に。