中編4
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夏風の吹く夜を歩いて

「僕は、昔から夜が好きなんです。柄じゃないって分かってるんですけどね」

 青年はそう話し、困ったような笑みを浮かべた。

 私は今日、自身の身の回りで起こる怪事件を解決してもらうべく、とある調査事務所に来ていた。

 場所は静岡県某所、私の前に座る青年は神原零と言い、この調査事務所で怪異専門の調査員をやっているそうだ。

 初めは半信半疑だったものの、彼の見せた不可思議な能力、術等は、明らかに常軌を逸している。

「あんまり、人に見せるようなものではないのですが……」

 神原氏はそう言うと、宙に浮いたマグカップを再び手に戻した。

「そうだ、話が脱線してしまいましたね。まあ、そういうことなので、今夜のことは僕にお任せください。見た目は若いですが、結構ベテランなので」

 神原氏はまだ22歳だと言う。

 女性のように美しい顔立ちをしており、少し長い髪は右側だけ耳に掛けている。

「とりあえず、もうじき日が暮れますし……夜が来るのを、待ちましょうか」

「そうですね」

 私は神原氏の言葉に頷き、それから調査事務所で夜が来るのを待った。

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 時刻は午後22時。

 私と神原氏は、夜の街中を歩いていた。

「時々、仕事帰りに同僚と飲みに行くんです。それで先週も飲みに行ったんですが、その帰り道で……」

 私の話を聞いていた神原氏は、そこで視線をとある場所に移す。

「中央公園ですね」

「はい」

 同僚と別れた後の帰り道。

 私はふと、普段とは違う道を通ってみることにした。

 神原氏の視線の先にある、中央公園である。

「あそこで……見たんです。最初はゴミを物色しているホームレスかとも思ったんですが、街灯にはっきり照らされたそれは……」

 私は恐ろしくなり、そこで話を止めた。

 それと同時に、件の中央公園にも足を踏み入れる。

「夜の街を歩くって、気持ち良いですよね」

 前を歩いていた神原氏は振り返り、そんな場違いな事を言い出した。

 私が恐ろしい体験を話していたにも関わらず、彼はそう言って笑っているのである。

「あの……今は楽しいと思えないんですが」

「大丈夫ですよ。今日で夏も終わりです。夏の最後に、最高の非日常をお見せしましょうか」

 神原氏はそう言って不敵な笑みを浮かべると、何処からともなく出した刀を手に握った。

 彼は刀を構え、公園の橋の手前に蹲る何かに目をやる。

「なるほど、あれは放っておくと危険ですね。直ぐに片付けます」

 神原氏は凄まじい速度で駆け出し、蹲る何かに刀を振り翳した。

 それが刀を躱して跳躍すると、その何かは街灯に照らされ、はっきりと姿を見せる。

 言い表すならば、手足の生えた肉塊に魚のような目が二つ付いた化け物だった。

 あの夜、私が見たものと同じである。

「思ったより速いな。ちょっと手を抜き過ぎたか」

 そう言った神原氏は、再び刀を構えて化け物に斬りかかる。

 化け物は既に着地しており、正面から向かった神原氏の攻撃は既に避けられてしまいそうだ。

 私がそう思った直後、付近の叢から何本もの太い蔦が飛び出し、化け物の両手足を拘束した。

「油断したな。僕の能力は……!」

 神原氏の刀は化け物に到達し、その身体を真っ二つに斬り裂く。

「呪術と念動力だけじゃないんだよ」

 倒れ込んだ化け物を背に、神原氏は微笑しながら呟いた。

 

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「まあ、こんなもんです。非日常体験はどうでした?」

 家に帰る途中、神原氏はそう笑顔で問いかけてきた。

「どう……ですか。なんだか、スッキリしました。あんな化け物、どこにでもいたりするんですか?」

 私の質問に、神原氏は少し考えてから口を開く。

「まあ、いると言えばいます。害にならないようなものや、あれ以上に危険なものまで。藤村さんは、今回たまたまチャンネルが合ってしまっただけだと思います」

 神原氏が話していると、彼のポケットからスマホの着信音が鳴り出した。

「あ、ちょっと失礼しますね」

 彼はそう呟いて電話に出ると、その相手との会話を始める。

「もしもし……ああ、この前の件ですね。まだ鑑定結果が出せてないんですけど、やっぱり呪具の一種か何かだと思います……はい、たぶん。とりあえず、しぐるさんも例のご友人さんには、心配はしなくていいと伝えといてください。あとはこちらで処理しておくので……はい、それでは。お疲れ様でした」

 神原氏は電話を終えると、申し訳なさそうに私の顔を見た。

「すみません、ちょっと別の件の電話でした」

「いえいえ、お忙しいんですね」

 私の言葉に、神原氏は苦笑しながらスマホをポケットに戻す。

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 それから神原氏は、私が家に着くまで付き添ってくれた。

 依頼料の話をしたところ、今回のようなケースについてはお金は頂かないとのことだった。

 8月の終わり、私はこの恐ろしくも楽しい不思議な体験を、忘れることはないだろう。

 夏風の吹く夜を歩いて、そんなことを思った。

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