長編14
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公園の遊歩道

「長旅、ごくろうさま。寂しかったわ。」

俺、飯坂大樹は一か月の海外出張から昨日帰国し、新宿の和食レストランで恋人の吉森美智子と一緒に食事をしていた。

彼女とは、ビジネスコンサルタント会社が主催する異業種セミナーで知り合った。

俺は商社で主に食品の取引を担当しており、彼女はそれほど大きくはない製薬会社で研究開発の仕事をしている。

付き合い始めてもう三年を超えた。

美智子もそれとなくアピールしてくるし、そろそろプロポーズかなと思っているのだが、今回のような長期の海外出張が時々あり、なかなか踏み切れないでいる。

正直に言うとそれだけではなく、美智子のことは好きだと思うのだが、根っからの理系である美智子とは時折馴染めないと感じることもあり、本当に結婚に踏み切っていいものか不安に思う部分もあるのだ。

今はお互いに好き合っているから良いが、十年後、二十年後もずっと仲良くやって行けるのだろうか。

俺はまだ二十八であり、三十までには結婚してねという両親の言葉を逆に捉え、まだあと二年あるという気持ちがどこかにあるのは間違いない。

しかし美智子は俺よりふたつ年上で、先日三十歳になった。

やはり彼女にとっても三十路というのはそれなりに抵抗感があったのだろう、会話の端々に何気なく結婚の催促を滲ませてくる。

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そんな状況の中で、今回の出張先だったニュージーランドの事業所から、駐在でしばらくこちらに来ないかと声が掛かったのだ。

もし赴任するのであれば美智子を連れて行きたい。

良いプロポーズの機会を与えられたのかもしれないが、彼女にも自分の仕事があるし、まだ正式に辞令を貰ったわけではない。

結局、食事の間はニュージーランドへの赴任について何も話せないままで店を出た。

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彼女の自宅と俺の住むマンションは同じ駅であり、デートの時はいつも彼女の自宅まで送って行くのが慣例だ。

彼女の自宅は駅を出て十五分程歩いたところにあり、その途中で大きな公園を抜けて帰る。

東西に細長い芝生の広場に沿うようにして公園の中を小川が流れ、その川沿い三百メートルほどがちょっとした森林公園のような散歩道になっているのだ。

デート帰りの夜の時間帯は、たまにジョギングする人や遅い時間に犬の散歩をする人が通るくらいでほとんどひと気はない。

いつも静かな公園の中を俺の肩までしかない小柄な美和子と手をつないで帰るのだ。

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しかし、今日は違っていた。

公園に足を踏み入れた辺りで、前方にいくつもの赤色回転灯が見えた。

いつものように美智子の手を握ったまま歩いて行くと、普段は車両が入れない公園の遊歩道の途中にある公衆トイレの周辺に、パトカーが数台と救急車が一台停まっている。

そして野次馬数十人が黄色の立入禁止のテープに沿うように取り囲み、その向こうを警察官と思しき黒い人影が行き来していた。

何があったのかと思いながらそちらへ近づいていくと、ちょうど消防隊員が救急車に向かい、頭までシーツが掛けられた担架を運んでいるところだった。

警察官が青いビニールシートで目隠しをしているが、俺達の位置からはほぼ丸見えだ。

それにしても、あの様にシーツが掛けられているということは、担架で運ばれている人は怪我人ではなく遺体なのだろう。

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「事件かな、事故かな。」

その様子を見ながら俺が美智子に話しかけると、何故か救急車ではなく野次馬の方を見ていた美智子が、不意に手をあげて左右に振った。

「文香ちゃん!」

美智子の目線を追いそちらを見ると、野次馬の一番後ろから少し離れたところにある木の陰に、会社帰りと思われるスーツ姿でセミロングの女性が立っている。

美智子の呼び掛けにその女性はこちらを振り向いた。

パトカーの赤色回転灯に照らし出されたその顔は全くの無表情だ。

「近所に住んでいて、私の小さい頃からの幼馴染なの。紹介するね。」

美和子は、誰だろうという顔をして見ている俺を見てそう言うと、手を引いてその女性の方へ行こうとした。

「あれ?」

視線を戻すと、たった今彼女が立っていたはずの木の陰には誰もいない。

「どこ行っちゃったんだろう。文香ちゃん、さっきあそこでこっちを見ていたよね。避けられちゃったかな。」

その周辺を見回しても先程の女性は何処にもいなかった。

野次馬の中に紛れ込んでしまったのだろうか。

その時、夜の公園の中だからであろう、サイレンを鳴らさず静かに救急車が現場を離れて行った。

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「すみません、何があったんですか?」

近くに立っていたふたり組の中年女性に美智子が声を掛けた。

「あら、吉森さんちの美っちゃん、今お帰り?あら、こちらは彼氏かしら?」

どうやら美智子の知り合いのようだ。

世間一般共通してこの手の女性が持つ情報伝達力は、正確かどうかは別にして非常に高い。

そこらの噂話はこのタイプに聞くのが一番手っ取り早いのだ。

案の定、美智子の問いかけに対して嬉しそうに話し始めた。

ふたりの話によると、一時間ほど前に男性が犬の散歩でこの遊歩道を歩いていた。

そしてこの公衆トイレの近くまで来た時に犬が急に吠え出し、森に向かってリードを引っ張るのでそちらに行ってみると、道から少し離れた木々の間の草むらにうつぶせで人が倒れていたのだ。

持っていた懐中電灯で照らしてみると倒れていたのはグレーのスーツを着た女性で、その背中の大半は赤黒く血に染まっていた。

声を掛けても全く反応しないので慌てて警察へ通報したということらしい。

「その犬の散歩のおじさん、電話してから警察が来るまで十分くらい死体から離れるわけにいかなかったでしょう?

他に誰も通りかからず独りぼっちで立っていると、死体が起き上がってくるような気がしてすごく怖かったって。見なかったふりして逃げればよかったなんて言っていたわ。」

そうだろうなと思いながら、おばさんたちに礼を言ってその場を離れた。

「うちの近所でこんな事件が起こるとは思ってもみなかったわ。」

「そうだね。これからも夜遅くなる時は家まで送るから。」

美智子はありがとうと言うように握った手に力を込めてきたが、その表情は不安げだった。

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◇◇◇◇

翌朝、出勤の支度をしていると美智子から電話がかかってきた。

「今すぐNHKにチャンネルを変えて。どうせ大樹は、”目覚ましテレビ”でしょ。早く。」

急いでリモコンを取り上げチャンネルを変えた。

「・・・背中の数か所を刃物で刺されたことによる失血死で、警察は殺人事件と断定して捜査を進めています。」

そのニュースはチャンネルを変えてすぐ終わってしまったが、画面に映ったテロップで何のニュースかすぐに判った。

公園の風景が一面に映し出された画面の上のテロップには『府中の公園で女性が刺殺』、そして右下には顔写真と共に『被害者 宮沢文香さん(30)』と出ていた。

その顔写真には見覚えがあった。

「この被害者の宮沢文香ってまさか昨夜の・・・」

「そうなのよ。昨夜現場で見かけたあの子が被害者だったのよ。」

「そんな」

俺と美智子は間違いなく林の木の陰に立っていた彼女を見た。

そして彼女は美智子の呼び掛けに反応してこちらを振り向いたのだ。

しかし彼女はあの時すでに遺体となって救急車に運び込まれていたことになる。

俺達が見たのは宮沢文香の幽霊だったのか。

俺の脳裏に、木の陰でこちらを振り向いた宮沢文香の無表情な顔がはっきりと浮かんだ。

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◇◇◇◇

「結局、婦女暴行と強盗殺人ですって。文香が見つかった時、スカートは履いていたけどその下には何も身につけていなくて、履いていたはずのストッキングや下着も見つかっていないそうよ。

あと財布とスマホもなくなっているんだって。警察は通り魔と怨恨の両方で捜査しているらしいわ。」

夜になって美智子は、一緒に夕食を食べながら、新たに仕入れた情報を話してくれた。

「心配だから犯人が捕まるまで夜遅くなる時は家まで送ってくれない?」

「ああ、出張に出てない限りそうするよ。」

「一緒に住んでいればこんな心配いらないのにね。」

またチクリときた。

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◇◇◇◇

その夜いつものように美智子を送って帰ると、公園の入り口でふたり組の男性に呼び止められた。

ふたりは刑事だった。

昨夜の事件の目撃者を探しているらしく、昨夜ここを通りかかったのは事件の後だと知ると、がっかりした様子だった。

しかし被害者は美智子の幼馴染だと話すと、最近の宮沢文香の様子についていろいろと質問を受けた。

「ところで刑事さん、なんでこんな現場から離れたところで聞き込みをやっているんですか?ズバリ現場近くの遊歩道を通る人の方が確実じゃないですか?」

声を掛けられた時に疑問に思ったことを聞いてみると、刑事のひとりが苦笑いをして言った。

「いや、さっきまであの辺りにいたんだけど、俺もこいつも何だか林の中に誰かいるような気配がずっとしていたんだ。でもその辺りをいくら探してみても誰もいないし、いくら待ってもほとんど通る人もいないし、ふたりで気味が悪くなって場所を変えたんだ。」

ふたたび俺の脳裏に宮沢文香のあの無表情な顔が浮かんだ。

「あの、もう遅いので行ってもいいですか?」

美智子が刑事に尋ねた。

「いや、いきなり呼び止めてすみませんでした。ありがとうございます。」

刑事達と別れて俺と美智子は再び手をつないで公園の遊歩道を歩き、現場の傍まで来た。

現場にひと気はないが、まだ黄色い立入禁止のテープが張られたままになっている。

あの刑事達が言っていた”気配”というのがよく分かった。

確かに張られたテープの向こうに誰かいるような空気がひしひしと伝わってくる。

刑事達からそのようなことを聞いてしまったから、そんな気がするだけなのだろうか。

その時、周りの空気の温度が急に下がるのを感じた。スーパーマーケットの中で冷蔵棚の前に進んだような感じだ。

「美智子、行こう。」

急いでその場から離れようとした俺の手を美智子がぎゅっと強く握りしめた。

「文香ちゃん!」

ビクッとして美智子の視線の先を追った。

すると暗い闇の中で黄色いテープの向こうにある木の前がぼんやりと光っているように見える。

目を凝らして見ると、木に寄り掛かるように立っている宮沢文香の姿が青白く浮かんで見えた。

その姿ははっきりとしているわけではなく、時間が経って光が弱くなった蛍光塗料のような淡く頼りない感じだ。

「文香ちゃん!」

相手が幽霊だと分かっていても、昔からの幼馴染だと恐怖感は湧かないものなのか。

自分の愛する肉親の幽霊に遭遇するのと似たような感覚なのかもしれない。

そうだとすると、宮沢文香と美智子は相当に仲が良かったということなのだろう。

美智子は俺の手を掴んだままテープを潜って宮沢文香に向かって進んだ。

美智子にとっては幼馴染でも、俺にとってはここで殺害された見も知らぬ女の幽霊だ。

正直怖い。

あと五メートルほどで彼女のところに到達するところで美智子が立ち止まると、宮沢文香が無表情のままこちらを見ている。

美智子のことをじっと見つめ、そしてその視線が俺に移った。

じっと俺の事を見つめている。

そしてその視線が公園のトイレの方へ向くと、無表情だったその顔がみるみる険しくなった。

―真司、なんでこんな酷いことをしたの?―

そして宮沢文香は再び俺に視線を戻すと、険しい表情のまま滑るように勢いよく俺に向かって移動しそのままぶつかってきた。

しかしそれは煙の塊であったかのように何の衝撃もなく霧散して消えてしまったのだ。

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◇◇◇◇

「おい、君達、そこで何をやっているんだ。」

いきなり声を掛けられて振り返ると、それは先ほど公園の入り口にいた刑事だ。

立入禁止のテープの中へ入っている俺達を見咎めて声を掛けてきたのだろう。

俺と美智子は大人しく黄色のテープの外側に出ると、信じて貰えるかどうかわからなかったが、その刑事に今あった出来事をそのまま話した。

刑事達も先ほど奇妙な気配を感じていたからだろうか、特に疑ったり、否定したりするようなことは何も言わなかった。

「その宮沢文香の幽霊は間違いなく『真司』と言ったんだね?」

そう言って念押し確認をすると、ありがとうと言い残すと急いで去っていった。

そして美智子を送り届け、帰りは公園を通らずに遠回りをして帰ったのだが、自分のマンションへ帰り着いてシャワーを浴びようと服を脱いで驚いた。

胸の中央やや左、ちょうど心臓の上あたりになるのだろうか、そこに二十センチほどの縦長な楕円形の赤黒い痣が出来ている。

先ほど宮沢文香が俺の胸にぶつかってきたのを思い出した。

あの時は、衝撃も、痛みも、何も感じなかったのだが、あのせいなのだろうか。

他に思い当たることはなく、そうとしか思えない。

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◇◇◇◇

その痣は、一週間しても十日経っても全く消える様子はなかった。

病院へ行っても首を傾げられるばかり。

「ごめんね、あの時大樹の手を引いて文香ちゃんの傍へ行かなければこんなことにはならなかったのに。」

美智子は俺の胸の痣を見るたびにそう謝るのだが、実生活には何の支障もない。

温泉やプールに行く機会があれば、多少人の目が気になるかなという程度だ。

しかし二週間を過ぎた頃から痣に変化が出てきた。

もともと卵型の大きな痣だったのだが、その赤黒い色に濃淡が出来始めた。

そして数日するとぼんやりと人の顔になってきたのだ。

別に起伏があるわけではなく、しゃべるわけでもないので、『人面痩』というわけではない。出来の悪いセピア色の写真と言えばいいのだろうか。

それは徐々にはっきりしてきた。

「文香ちゃんね・・・・」

美智子はその顔を見て宮沢文香に間違いないと言い、顔を歪めた。

それ以来、俺は美智子の前で極力裸にならないようにし、セックスの時も下半身だけ脱ぐことが多くなった。

美智子もそれに対して特に何も言わなかったし、彼女もセックスをあまり望まなくなり、回数自体も極端に減った。

彼女は自分がその痣の一因であるがゆえに口には出さないが、本音では胸の痣を見たくないのであろう。

そんな中、正式にニュージーランドへの赴任の内示が出た。

出国は三か月後。

どうしようか。

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◇◇◇◇

一か月悩んだ。

ふたりで赴任するとなればビザの取得や現地での在留手続きなど、すべて一緒に行くことを前提に進めていかなければならない。

もちろん婚姻届けもだ。

俺は腹を括った。

「美智子、二か月後にニュージーランドへ赴任することになった。任期は三年。俺と結婚して一緒に来てくれないか?」

美智子は考えさせてくれと言った。

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◇◇◇◇

そして二週間後、彼女の出した答えは「NO」だった。

仕事を理由にしているが、そうでないことは嫌でも解る。

そして俺はひとりでニュージーランドに赴任することを決めた。

それ以降美智子とは逢わなくなり、彼女から連絡が来ることもなかった。

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◇◇◇◇

美智子との関係が立ち消えた寂しさは、赴任前の準備に忙殺されることで緩和されていた。

そして赴任の手続きや挨拶回りなどを全て済ませ、ようやく赴任前の休暇期間に入った。

出国まであと三日となり、あとは群馬の実家で過ごして実家から直接成田へ行くことにしている。

その前にふとあの公園に行ってみたくなった。

宮沢文香に最後の愚痴を言いたかったのかもしれない。

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◇◇◇◇

考えてみれば昼間にこの公園へ来るのは初めてだ。

芝生の上では何組かの親子がレジャーシートを広げて午後のひと時を過ごしている。

いつも美智子と一緒だった遊歩道を感傷に浸りながらひとりで歩き、あの公衆トイレの近くまで来た。

現場の立入禁止のテープは既に取り除かれ、宮沢文香が倒れていた場所のマーキングもすっかり消えてしまっている。

あの忌まわしい事件があったことなど、すっかり忘れ去られているようだ。

俺はそこにあった木の切り株に腰を下ろした。

夜は街灯が届く範囲しか見えないため、昼間に見る公園はずっと広く感じる。

林の中を吹き抜ける秋の風が心地良い。

ニュージーランドはこれから夏に向かっていく季節であり、今年は冬を経験しないんだな、などとぼんやり考えていると、遊歩道の向こうから、警察官が数人とスーツ姿の男達がこちらへ歩いてくるのが見えた。

その中には見覚えのある私服の刑事がいる。

「おや、飯坂さんでしたっけ。ご無沙汰しています。」

「ああ、刑事さん。ご無沙汰しています。今日はこんなに大勢で、どうしたんですか?」

すると刑事は後ろを振り返った。

遊歩道の向こうには、更に十人ほどの集団が歩いてくるのが見える。

「実は飯坂さんのおかげで容疑者を特定する事ができました。川崎真司、宮沢文香の元彼です。動機は恨みのようですが、それを誤魔化すために強姦して金品の持ち去りをやったんですね。それで今日は彼の立ち合いでの現場検証なんです。一応この事件の情報提供者ですので、関係者ということでご覧になっていても構いませんが、少し離れていてください。」

待つほどもなく本隊が到着し、現場検証が始まった。

その様子を見ていると、どうやら事件はトイレからスタートしているらしい。

おそらく川崎真司はトイレで宮沢文香を待ち伏せ、通りかかった彼女に襲い掛かるとあの林の中へ引きずり込み凶行に及んだようだ。

少し離れてみているため川崎真司の様子は良く見えないのだが、彼は大人しく警察に協力しているように見える。

そして宮沢文香が倒れていた場所にくると、川崎真司は突然大声をあげて泣き始めた。

その途端だった。

突然、強烈な胸の痛みが俺を襲った。ちょうど痣のある辺りだ。

心筋梗塞、そんな言葉が脳裏をかすめた。

あまりの痛みに立っていられなくなり、すぐ前に立っていた警察官の服を掴むようにして倒れ込むとそのまま意識が薄れていった。

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◇◇◇◇

気がつくと病院のベッドに横になっていた。

救急車で病院に運ばれてきた時、医者も当然心筋梗塞を疑ったそうだ。

しかし意識こそなかったものの、俺の心臓は正常に動いていたという。

この後も心電図や胸部CTなどいろいろ検査したが、全く異常はなく、俺の意識も何事もなかったかのようにはっきりしていたため、夕方にはそのまま退院ということになった。

しかし何も変化がなかったわけではない。

あの胸の痣がきれいに無くなっていたのだ。

やはりあの痣は宮沢文香が取り憑いていたものであり、あの現場で犯人の川崎真司が慟哭する姿を見て、どこか、あの世なのか、川崎真司の体なのかわからないが、俺の体から抜けてしまったに違いない。

しかしそもそも宮沢文香はなぜ俺の体に取り憑いたのだろうか。

とにかく病院できちんと検査して貰い、何の異常もないということなので、上司はしばらく様子を見た方がいいのではないかと気遣ってくれたのだが、ニュージーランドへは予定通りに出発することにした。

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◇◇◇◇

そして出発当日の出発ゲートで、ふと美智子がこれから先も気にすると可哀そうだと思い、あの公園での出来事と痣の消えた裸の胸の写真に添えて、もう心配することはないと告げ、『ふたりで行きたかったけど、美智子が早くいい人を見つけて幸せになれるように祈っています。』と書いてメールを締めくくり、送信ボタンを押した。

赴任先では会社が支給してくれる携帯を使う予定なので、これが日本で使用していた携帯での最後のメールになる。

そしてすぐに電源を落とし、美智子からの返信を受け取ることなく飛行機に乗り込んだ。

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そしてふと思ったのだ。

理由は解らないが、宮沢文香は俺を幼馴染の美智子の配偶者として認めたくなかったのではないだろうか。

だから美智子が俺から離れるように、あのような痣となったのかもしれない。

そして彼女の思惑通り美智子は俺から離れ、そして逮捕され慟哭する川崎真司の姿を見て満足したのかもしれない。

あの公園へ行ったのも、宮沢文香に呼ばれたのだろう。

すべて彼女の思惑通りになったわけだ。

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でもそれならそれでいい。

もうすべて終わったのだ。もう宮沢文香が俺に関わることはないだろう。

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これから新天地で新しい生活が始まる。

それだけだ。

◇◇◇◇ FIN

Concrete
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