中編5
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ゆうやけこやけの

10月の連休中に、九州北部にある地方都市S市のS駅ホームで、久しぶりに高校時代の友人Aに会う約束をした。

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約束の時刻は午後4時30分。

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神戸在住の俺は午後1時過ぎに新神戸駅から新幹線に乗り、3時30分にH駅に到着。

そこで特急に乗り換え、午後4時15分くらいにS駅に着くという予定で、午後1時5分に新神戸駅から下りの新幹線に乗り込んだ。

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列車は予定通り3時30分にH駅に到着し、俺は一旦下車すると、早速ホームからAにライン電話をかける。

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「ああ、俺、俺。

今H駅だから、4時30分にはS駅ホームに着きそうやから、よろしく」

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「りょうか~い、気をつけてな」

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高校時代と変わらぬAの明るい高音ボイスが返ってきた。

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午後3時40分H駅発の下り特急列車はそんなに混んでなくて、自由席だったが楽に窓際の席に座れた。

目的地であるS駅までには5つの駅に停車する。

列車が動き出すと俺は左手にある車窓カーテンを閉め、腕組みして目を閉じた。

仕事の疲れもあり、すぐにうとうとし始める。

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意識が微睡みの沼と現実界の間を行ったり来たりしているうちにいつの間にか列車は、目的駅の2個手前の駅に到着していた。

数人の人が新たに車内に乗り込んできた。

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─S駅まで、あと1駅か、、、

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やがて再び列車が動き出した。

カーテンの隙間から外を覗くと、薄い朱に染まった田園風景がどこまでも広がり、電信柱が次々とゆっくり後方に行き始める。

俺は腕組みをすると再び目を閉じた。

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それから10分ほどが経ち、列車は最後の停車駅Kに着く

カーテンを開き外を覗くと、薄暗いホームを行き交う人々の姿が見える。

すると車内アナウンスが聞こえてきた。

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「🎶~~~🎶~~~

K~~~、K~~~、K駅に着きました~~

お降りの方はお忘れものなどなきようご注意ください。

K駅を出ますと、次はS駅に停車します」

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─やっと次か、、、

何とか予定通りに着きそうだな。

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俺は一人呟くと、軽く安堵のため息をつく。

そしてこれから旧友と過ごす楽しい一時に思いを馳せていると、再び車内アナウンスが聞こえてきた。

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「🎶~~~🎶~~~

車内のお客様にお知らせです。

車内のお客様にお知らせです。

たった今連絡が入ってきた情報によりますと、次駅S駅を通過中の上り回送列車が人身事故を起こした模様です。

恐れ入りますが、今しばらくこのままお待ち下さい」

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─人身事故!?

おいおいマジかよ。

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突然の報告に驚いていると、再びアナウンスが聞こえてくる。

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「🎶~~~🎶~~~

車内のお客様にお知らせです。

車内のお客様にお知らせです。

只今警察による事故の処理が行われているようですが、上下線復旧までに1時間は掛かるとのことです。

お急ぎのお客様がおられましたら、これよりドアを開放いたしますので、当駅ホームにて途中下車お願いいたします

なお運賃の補償につきましては、、、」

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─冗談じゃない、こんなところで降りたら次駅まで何分掛かるか分からないよ。

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などと1人愚痴りながら窓から外を見ると、しびれを切らした何人かの若い男女がホームに降り立ち、 改札に続く階段のある方向へとぞろぞろ歩いて行っている。

多分この駅で途中下車するのだろう。

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この車内を見渡してみたが、座っている数人の乗客たちはもう観念したのか、ただじっと座り復旧を待っているようだ。

しょうがないので大きく伸びをし、何気に通路挟んで右側にある車窓から外を眺めた。

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夕焼けで血の色に染まる千切れ雲が彼方まで広がる空の下、上り専用の線路が東西に伸びているのが見える。

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その時、俺は「おや?」と思った。

というのはその線路上を白い人影が動くのが見えたからだ。

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立ち上がり反対側の窓際に座ると、そこから改めて目を凝らして外を見る。

間違いない、線路上を人が歩いている。

よく見ると、それは女だ。

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ブラウスにスカートという平凡な格好の女がトレーナーを着た三歳くらいの女の子を胸に抱き、真っ直ぐ東に向かって歩いている。

夕暮れで全身を朱色に染め、何かをひたすら口ずさみながら歩く姿は、まるで砂漠を彷徨う放浪の民のようだった。女は、俺の右手にある車窓の向こう側をすーっと通りすぎると、そのまま後方の闇に消えた。

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─あんなとこ歩いて、大丈夫なのかな?

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などと思っていると、携帯の着信音が鳴り出した。

Aだ。

俺は応答ボタンをタッチし早速話す。

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「ごめん、連絡するの忘れてたよ。そっちであった人身事故の影響で電車遅れそうだよ」

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しばらくこっちの状況を説明していたのだが、それに対するAの返事がどこか浮かない。

それでつい「どうしたんだ、何かあったのか?」と尋ねると、Aは「いや実は」と前置きして訥々と話し出した。

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「お前が4時30分に着くと言っていたから俺、少し早めにホームに上がり、中央付近で待っていたんだ。

ラッシュ前の時間帯だったから人影も比較的疎らだった。

そしたら上りの回送列車が通りすぎますというアナウンスがあったから何気に後方を見ていると、女の歌声がするんだ」

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「歌声?」

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「ああ、あれは確か幼い頃母が枕元で歌ってくれた『赤トンボ』だった。

声はすぐ横から聞こえてきていたから何気に見ると、そこには幼子を抱いた女が立っていた。

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ベージュのブラウスに紺のスカートという地味な格好をした女が、胸に抱いた女の子の耳元で『🎵ゆうや~けこやけ~の🎵』と朗々と口ずさんでいる。

その優しい声に聞き入っていると、

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回送列車の接近を報せるアナウンスの後に、けたたましい警笛と地鳴りを伴いながら列車が猛スピードでホームに突入してきた。

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その時だった。

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さっきまで優しく童謡を口ずさんでいた女が突然走りだし、線路に飛び込んだんだ。

本当に一瞬の出来事だった。

その後は、その後は、、、

ああ見てしまった。俺見てしまったんだよ、、

うう、、」

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ショックでぐったりと席に身を預けたまま耳にあてた携帯からはAの悲痛な嗚咽だけがいつまでも聞こえ続けていた。

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fin

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