ブゥウンー
配達用バイクを店の裏に停める。
「ちょっと遅かったんじゃない?」
店長が少し非難するようにそう言った。
「すいません。ちょい道が混んだたんすよ〜」
休憩3分前、正直、俺は狙ってこの時間に帰ってきた。
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配達をさっさと終わらせて、最近見つけた秘密スポットでこっそり休憩したのち帰ってきているのだ。
俺はこれを休憩連鎖(チェーンレスト)と名付けている。かっこいいでしょ。
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プロテクターや諸々の装備を外しロッカーにしまう。時計を見ると午後3時。きっちり3分だ。
「休憩入りまーす」
店長は呆れたように、はいはいと答えた。
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スタッフルームに入ると見知らぬ女性が座っていた。ウチの店の制服なんだけど腰までありそうな長い髪には一度みたら忘れないぐらいのインパクトがある。あれ?こんな人いたっけ。
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「こんちゃっす」
とりあえず挨拶をしたら、ギッ、と人形の首を動かしたような音とともにこちらに顔を向けた。
『目』じゃなく『顔』を向けたと感じたのはその女性のこちらを見る目がまるで見ているのに見えていないような……暗い、そんな虚な目をしていたからだ。
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女性はこちらを向いたまま、半開きにしていた口をニヤッと歪ませた。
一切目の笑っていない歪んだ笑顔を見ても俺は (あれ、この人コミュ障なんかな?)くらいに思って、とりあえずテーブルのいちばん離れた斜向かいに腰掛けた。
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しばらくスマホでゲームをしたりタバコを吸いに行ったりして過ごしているといつの間にかスタッフルームにあの女性の姿はなかった。
休憩がちょっとかぶってただけなんだろう。
俺は疑問に思わず休憩時間が終わりそうだったので仕事の準備を始めた。
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店長に配達注文が入ってるか聞きにいき、配達が混んできてるようだったので「じゃ俺ライダー行きまーす」と返事してスタッフルームに再び戻った。
ロッカーを開けてプロテクターを取ると手にベトっとした嫌な感触がある。
「げっ!なんだこれ」
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プロテクターの背にタールのような粘りのあるなにかが付いていた。まるで手形のような形に見えた。
「きもちわりいなぁ、いつ付いたんだコレ」
ぼやきながらも配達が迫ってるのでティッシュを大量に使ってとりあえずのところで拭き取った。
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そのあと何度か配達をして、サボれるスキマ時間も時々あったのだが、何故か俺の秘密の場所で休憩を取ろうという気にはならなかった。
店から近く配達バイクがまるまる隠れる秘密の休憩場所は配達帰りに偶然見つけたとこだ。
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その場所は時間に余裕があった配達帰りになんとか抜け道を使ってスムーズに店まで辿り着けないかとぐるぐると小道を進んでいったときに見つけた。
まるで周りの民家が背を向けているようにブロック塀で遮られ、取り残されたような鬱蒼とした林に囲まれた神社だった。
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林には人の足で踏み固められたような小道があり、思い切って入ってみると何の事はなく林の向こう側に飛び出してしまった。てっきり神社につながっていると思っていたがどこにも通じていないただの道だったのだ。
林でバイクも隠れるし、店の近くだから配達帰りに寄りやすい、まさに理想的な休憩スポットを見つけたのだ。
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ブゥウンー
最後の配達が終わりバイクを店の裏に停める。
深夜と呼ばれる時間までもう少し、あたりはもう真っ暗だ。
「ちょっと来てくれる?」
店長が少し怯えたようにそう言った。
「……どしたんすか?」
正直、俺には心当たりがあった。
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今日はじめてあの秘密スポットでサボった。
そのことが関係しているに違いない。そう確信していた。
それはあの髪の長い女だったり、プロテクターに付いた手形だったり……さっきから耳元でかすかに聞こえる女のうめき声のせいだ。
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うめき声を出来るだけ気にしないようにしながら店長について行く。
スタッフルームの奥の店長室に通された。
店長はおもむろにパソコンを立ち上げると動画ファイルを示した。
「ここ、見てほしいんだけど」
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映っていたのはスタッフルームで休憩している俺だった。
「ちょっと巻き戻すよ」
シークバーを左に動かすと誰もいないスタッフルームが映る。ドアが開く。俺が入ってきたのだ。
そしていつのまにかイスに座った状態の人影があった。
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「えっ!」
監視カメラの荒い画像に目を凝らす。
映像が進んでいく。
あの時俺がみた女性のいたはずの場所には、紛れもなく長い髪を頭蓋に貼り付けたガイコツが座っていた。
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「キミ……変なもの連れてきちゃったね」
俺は怖くなって店長に全て話した。
「今も、いま、女のささやく声が聞こえるんです!」
店長は青くなりながらも
「なんて言ってるの?」と聞いた。
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「つかまえた。はなさない。さみしいの。ってずっと……」
そこから先はあまり会話にならなかった。
急に息苦しさを感じた俺が倒れたからだ。
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だから伝聞になるが、そこから店長は救急車を呼んだり俺の実家に電話したりいろいろ大変だったみたいだ。正直、ホントに申し訳ない。
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俺の付けてたプロテクターは近所の寺に依頼してお焚き上げしてもらってついでにバイクやお店もお祓い?してもらったらしい。お寺だからお祓いじゃなくて別の言い方だった気もするけれども
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それからも俺はその店で2年くらいバイトを続けた。
もちろん林に囲まれた変な神社には行かずにまじめに配達するようにした。
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それから数年が過ぎて故郷に帰省したときに興味本意であの神社を探して歩いてみたけれど
配達に行った家なんかはよく覚えていたのに、どこを探してもあの神社は見つからなかった。
でも、近くまでは来ていたのかな?
数年振りに女のうめき声が聞こえた気がした。
作者春原 計都