東京の某大学に入学した俺は地方出身だったので、JR沿線沿いの安アパートに住んでいた。
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築半世紀は経っていたようなそのアパートは二階建てで、例えて言うと、そうだな昔の刑事ドラマとかで指名手配の犯人が潜伏先として住んでいたような、そんな感じの安っぽいアパートだった。
ただ部屋数はそこそこあった。
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俺の部屋は二階の一番奥で、隣は30代前半くらいの社会人の女性Tさん、その隣は同じ大学の同級生のSだった。
つまりTさんの部屋を挟むように、俺とSの部屋があったわけだ。
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Sは銀縁の眼鏡をかけた、年がら年中チェックの長袖シャツ姿の、おとなしくて真面目な奴で、遊び人の俺とは対照的なタイプだったんだけど、同じアパートの住人ということもあり、たまに互いの部屋を行き来してゲームしたりしていた。
その時に二人でよく話題にしてたのが、隣に住むTさんのことだった。
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Tさんは綺麗なストレートの黒髪をしたスーツ姿の似合う大人の女性という感じの人で、当時女っ毛のなかった俺もSも密かに憧れていた。
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朝方出掛ける時にたまに鉢合わせになったりすると、どちらからともなく挨拶を交わし、ドキドキしながら会話したりしていた。
SはTさんと会いたいがために、朝に講義のない日にもかかわらず無理して早起きしたりとかしていたらしい。
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それは秋も深まった、ある月曜日のことだったんだけど
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朝イチからの講義に出席するため、俺は早めに部屋を出た。
心のどこかに隣のTさんと鉢合わせになる淡い思いを抱きながら。
でも残念ながら彼女は現れなかった。
その時、俺は思った。
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─それにしても最近、Tさんの姿を見掛けないな。
おそらくここ1ヵ月ほどは顔をあわせていないと思うんだけど。
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ふと入口ドアを見ると、下方のドアポストに郵便物がぎっしり詰まっている。
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─どこか旅行とかに行ってるのかな?
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などと思っていると、その先のドアが開き、のっそりとSが姿を現した。
そういえばSとも顔を合わせるのは久しぶりだ。
彼は俺に気が付かず、渡り廊下を階段の方へ歩きだした。
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「おはよ」
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と、いつものチェック柄シャツの背中に声をかけると、驚いたような様子で振り向き軽く会釈をする。
寝不足なのかその顔は随分とやつれていて、目の下には青い隈があった。
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「お前も朝から講義か?」
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尋ねるとSは首を振りながら「いや、そろそろ夏布団を片付けたいから【布団圧縮袋】でも買いに行こうかなと思って」と言うと、そそくさと歩きだした。
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それから数日経った日のこと。
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その日講義がなかった俺は、朝から部屋のソファーに寝転がり携帯を触っていた。
すると玄関の呼び鈴が鳴った。
ドアを開けると、そこにはジャージ姿の初老の男が立っている。
アパートの大家だった。
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「朝からすみませんねぇ。ちょっとお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
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頷くと、大家は申し訳なさそうに頭をかきながら話し続ける。
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「実はお隣のTさんのことなんですが、何度となく呼び鈴を鳴らすのですが出てこられないんですよ。恐らく不在にされているのだと思うのですが、前月の家賃滞納されてるんですよ。
会社の方からも度々問い合わせがありまして、それで私らもちょっと困ってるんですわ。
何かご存知ないですかね?
先週は二つ隣のSさんにもお聞きしたのですが、知らないということだったんですわ」
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「ええ私も長く部屋を空けられているのは、気付いてました。ただ消息については申し訳ないのですが、分かりません」
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俺は正直に答えた。
大家はしばらく腕組みして考えている様子だったが、やがて、
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「分かりました。
もし何かありましたら、私の方に連絡ください」
と言い、連絡先を書いたメモを俺に手渡すと立ち去った。
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この後またしばらくソファーで寛いていた俺は、近くのコンビニに昼御飯でも買いに行こうと部屋を出た。
渡り廊下を真っ直ぐに歩く途中、何とはなしに気になり、Sの部屋の呼び鈴を鳴らしてみる。
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返事はない。
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ドアノブを回してみると、ドアは容易に開いた。
彼ともしばらく会っていなかったから、俺はドアの隙間から声をかけてみた。
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「おい、Sいるか!?」
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玄関口に、いつも履いているスニーカーとサンダルが一つずつあるのが見える。
不審に思った俺はドアを開けると、奥の部屋に向かってもう一度声をかけてみた。
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「おい、S!?」
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やはり返事がない。
何故だろう胸の中が妙にざわつく。
いけないこととは思いながら、俺は靴を脱ぎ廊下に上がると、真っ直ぐ奥に進んでドアを開く。
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何も置かれていないダイニングテーブル、
画面が真っ暗な液晶テレビ、
誰もいないソファー。
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そこは8帖ほどのリビングなんだが、がらんとしていて、人の気配が全くない。
隣の和室に続く襖は閉じられていた。
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「S、そこにいるのか?」
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そう言いながら、俺はゆっくり襖を開けていく。
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そして思わず息を飲んだ。
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真っ先に視界に入ったのは、
薄暗い部屋の中央にポツンと浮かぶ、見慣れたチェック柄のシャツを着た背中だった。
そしてそれがどういう状況なのか分かった瞬間、俺は情けない叫び声をあげながらドスンと尻餅をつく。
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和室の天井から一本の粗縄が伸びている。
その先の輪っかに首を通したSがこちら背中を向けて、ゆっくり回転していた、、、微かに軋む音をさせながら。
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そしてさらに、
Sの足下の畳に視線を移動したとたんに、一瞬で俺の全身は凍りつき、ガタガタと両膝が震えだす。
そこには、
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1台の掃除機。
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そしてその傍らには、
大の字になって仰向けに横たわり、顔だけをこちらに向ける全裸の女。
両目と口をぽっかり開いている。
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よく見るとそれは行方不明になっているTさんの変わり果てた姿だった。
彼女は透明の大袋に入れられており、まるで真空パックされた食材のような状態で圧縮されていた。
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう