中編5
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あるタクシー運転手の話

ああ、そうなんですか、お客さん、ホラー小説を書かれてるんですか、、、

それでネタを探しておられるんですね。

え、私の体験した怖い話ですか?

そうですねぇ、、、

実はこれ、つい最近の話なんですがね、、、

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そう言ってその初老の運転手はルームミラー越しに俺を一瞥すると、話を続けた。

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一週間ほど前お客さんのようなスーツ姿でサラリーマン風の中年男性を乗せたんです。

時間はちょうど今時分、つまり深夜の0時過ぎくらいだったと思います。

場所は、隣町にあるローカル駅の辺りでした。

その男性行き先だけ告げると疲れていたのか、すぐ腕組みされてうつむかれました。

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それでね繁華街を抜けて県道をしばらく走りだした辺りで突然顔を上げて、こんなことをボソリと言ったんです。

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「最近さあ、変なのが付きまとうようになってしまって寝不足でさあ、ここ最近まともに寝てないんだよなあ」

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「え?変なのが付きまとって眠れないって、いったい何があったんですか?」

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と言ってミラー越しに見ると、確かに男性の目は充血していて隈まである。

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「実はね一週間ほど前なんだけど、家の近くで火事があって大変だったんたよ。火元は2軒隣の家だったようで、隣の家まで延焼してさあ、危うく俺ん家も燃えるところだったんだよな」

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「それは危なかったですね。出火の原因は何だったんですか?」

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「それがさあ、どうやらそこのご主人が家族を殺して火を放ったみたいなんだ。

俺、そのご主人と同じ大学の卒業生でね、向こうが歳上で先輩なんだけど、たまに道端で昔話をしたりしてたんだ。

始めは普通の人という印象だったけど、ここ最近は元気がなくて少しノイローゼ気味な感じだったな」

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「お隣さんが言ってたんだけど、ご主人は去年辺りからずっと鬱を患っていたみたいでね、仕事も辞めて昼間は自宅の周りをうろうろしててね。

それで夫婦仲は最悪だったようで、深夜になるとよく言い争う叫び声が聞こえていたそうでね、火事の日も炎が上がる前まで怒鳴り声が聞こえていたそうなんだ。

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「火災現場からは奥さんと娘さんの焼死体が発見されて遺体には複数の刺し傷があったみたいで、側には灯油の残ったポリタンクが転がっていたらしいんだよね」

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「それで、ご主人はどうなったんですか?」

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「それがさあ、まだ見つかってないんだよ。

そう、死んでいるのか生きているのかさえも分からないんだ。

それでさ、まだ近所に潜んでいるんじゃないかと思って怖いなあとか思っていたんだ」

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「そしたら火事の数日後から、現場近くの路上で奇妙な真っ黒い影のような男が目撃されるようになってね

近所でも噂になっていたんだ。

隣の住人も目撃したみたいで、俺も会社帰りに近くの道端で人型をした黒い影を見たんだ。

それ以来あちこちで見るようになって、最近は気のせいかもしれないけど家の中でも気配を感じるようになってきたんだ」

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「さっきとかさ、同僚と二人会社そばの居酒屋に入ったんだけど、カウンターに座るなり、店員がおしぼりを3つ持ってきてね。

『二人だよ』って言ったら、その店員怪訝な顔をしながら『あれ?ご一緒に来られた黒い服着た男性はどうされたんですか?』って聞くもんだからゾッとしてさあ、もうビール一杯だけ飲んだら、早々に退散したんだ」

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「とにかくここ数日こんなことが続いててね、それからはほとんど眠れなくてね」

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いくつめかの交差点を曲がると、程なくして行き先である古い住宅街が見えてきました。

そこは平成の初め頃に計画的に造成されたところで、碁盤の目のようにキチンと区画されています。

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私は男性に、住む家の位置を尋ねました.

なにぶん同じような建物が並んでますからね。

程なくして目的地である二階建ての平凡な家の前に着くことが出来ました。

代金を支払った男性は降り際に「本当は帰りたくないんだけど、野宿するわけにもいけないんで」と呟くと、暗い表情でとぼとぼ玄関へと歩きだした。

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私は男性を見送った後、火災現場と言ってた家の前を通りすぎました。

ブルーシートで覆われた狭間から見える現場は、外壁がほとんど消失しており、炭化した真っ黒い柱だけの姿になっていて、火災の凄まじさを物語っていました。

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それから再び私は先ほどの駅近くに戻り、歩道沿いに車を停車して客待ちしてたんです。

疲れがたまっていたのか間もなく私は、うとうとし始めていました。

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すると

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shake

トントン、、、

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誰かが後部ドアをノックします。

目を覚まされた私は慌ててミラーを確認しました。

二人組のスーツ姿の男性が後部ドア前に立っています。

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ドアを開けると男性の一人が、

「あの○○町までなんだけど、、、」と行き先を言って乗り込もうとした時です。

何故だか途中でその男性は焦ったように「あ、すみません」と言ってまた車外に出て、もう一人の男性と一緒にさっさと行ってしまったのです。

それから二人は、私の後方に停車したタクシーに乗車しました。

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空車の表示を出して停車していたにも関わらず、どうしてあの二人は途中で乗るのを止めたのだろう?

私は首をかしげながらも、またしばらく客待ちしてました

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そしたら次は一人のOL風の若い女性が後部ドアの前に立ちます。

ドアを開くと、女性はそのまま無言で乗り込もうとしたのですが、今度は何故だか「ひ!」と軽い悲鳴をあげて、慌てて逃げるようにして立ち去ったのです。

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これにはさすがの私もたまらず車から降りて、女性の背中を走って追いかけると声をかけ、理由を尋ねました。

そしたら女性は怯えた表情でこんな信じられないことを言ったのです

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「だって運転手さんの後ろの座席に真っ黒い影のような男の人が座ってて、怖い顔で睨んだんです」

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驚いた私は、思わず振り向いて車の方を見ました。

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背筋がゾッとしました。

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車の後部座席右側に座っている男の、黒い背中が見えたのです。

私は車に戻ると、出来るだけ後部座席を見ないようにしながら急いで会社に帰りました。

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それからも同じようなことが数回あり、さすがにこれでは仕事にならないと思ったので、会社に事情を説明して昨日神社まで車を運んでお祓いしてもらいました。

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そう言って話を終えたその運転手は、ミラー越しに俺の顔を見る。

既に車は自宅マンション前に到着していた。

最後まで聞いてなんだかホッとした俺は、胸ポケットから財布を出そうとする。

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その時だ。

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どこからだろう。

何か変な匂いがする。

それは焦げたような臭い匂い。

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心臓の鼓動が徐々にテンポを上げていっているのが分かる。

額から生暖かい汗が流れているのを感じる。

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俺はゆっくりと右側に視線を移していった。

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そして、、、

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shake

「ひっ!」

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小さな悲鳴をあげて左側に倒れこみながら、ドアにもたれかかった。

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座席の右端に、

全身真っ黒な影のような人型が座っている。

ただ黒く焼け焦げて容貌を失った顔だけを、こちらに向けて。

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fin

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Presented by Nekojiro

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