その日仕事が休みだったS美は午前中は部屋の掃除、午後からは車で隣町まで出掛けた。
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日が落ちるくらいには戻ってスーパーに寄り買い物を終え、そのまま真っ直ぐ帰る予定だった。
12月も中旬ということもあり、夕刻から急速に冷えだし、とうとう粉雪まで舞いだしていた。
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─うわあ、これは積もるかも?
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などと思いながらハンドルを握っていた彼女だが、自宅マンションまであと少しという県道で渋滞に巻き込まれた。
イライラしながら牛歩でジリジリと半時間ほど進むと、やがて前方右手歩道に停車しているパトカーが視界に入ってきて、その側で警察官が交通整理をしているのが見えてきた。
どうやら事故のようだ。
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さらに進むとパトカーの向こうに、無惨に大破して横倒れしている軽バンが見えてきた。
町でよく見掛ける宅配便の車だ。
正面衝突だったのか、車のフロント部分がひしゃげてしまっている。
運転手は大丈夫だったのだろうか?
車の周囲の歩道や道路には、たくさんの大小の荷物が散らばっていた。
その様子を眺めながら彼女はふと、
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─そういえば私も一昨日、アマ○ンでコスメを注文したっけ、、、
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などと思っていた。
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結局S美がマンション駐車場に着いた時、外はすっかり暗くなっていて雪は勢いを増していた。
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あれ?
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集合ポスト前に立ち郵便物を確認していたS美は、ポストからハラリと落ちた一枚の紙を拾い上げる。
それは宅配便の不在票の紙。
内容は荷物を預かっているから連絡くださいというもの。
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─やっぱり来てたんだ。
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思いながら彼女は片手にレジ袋、片手に不在票を持ってエレベーターに乗り込んだ。
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5階にあるマンション自室のリビングで荷物を下ろすとソファーに座り、S美は改めて不在票を目前にかざす。
そこには、本日荷物を持って伺ったが不在のようでしたので、ご都合良い時間を連絡くださいと書かれていた。
彼女は携帯を手に持つと、書かれている携帯番号にかけてみる。
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数回のコールの後いきなり聞こえてきたのは「はい、○○運送です。お名前とおところをどうぞ」という低い男の声。
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言われたとおり名前と住所を伝えた後、
「今自宅ですから」
と付け加えてから電話を切ると彼女はすぐに立ち上がり、夕飯の準備を始めた。
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リビングのテーブルで食事をした後シャワーを浴び、ソファーでテレビのバラエティーを観ていたら、時刻はいつの間にか午後10時を過ぎようとしている。
さっきのドライバーと話してから2時間は過ぎようとしていた。
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─宅配便の人、今日はもう来ないのかな?
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などと思いながら、仕事のストレスから連日不眠気味だった彼女が、少し早いがベッドに横になろうかなと立ち上がった時だった。
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shake
ピンポーン、、、
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部屋中に鳴り響く冷たい呼び出し音。
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─こんな時間に誰?まさか、、、
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思いながらリビングのドアのところまで歩きインターホンを取り耳にあて「はい、どちら様ですか?」と尋ねてみる。
すると「荷物をお持ちしました」という男の声。
さっきの電話の声だ。
画面には、茶色の帽子に制服姿の色白な男が映っている。
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10時も過ぎようとしているというのに非常識過ぎるし、疲れもあったため彼女は少し語気を強めて、
「今日はもう遅いので、また明日にしてください」と言うと、男は急に必死な形相になり、「いや、すみません、今日はお客さんの荷物を渡すと全て完了になるので、受け取ってもらえませんか?」と喰い下がる。
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それはそっちの事情じゃないの?と呆れながらS美は、
「こちらにもこちらの事情があるんです。だからまた明日にしてください!」ときつめに言った。
すると男はいかにも残念そうな顔をしながら、スッと画面から消えた。
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S美は「まったく」と軽くため息をつきインターホンを戻すと、寝室に行きベッドに入った。
暗闇の中何度となく寝返りをうち、ようやく微睡みだした時だ。
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shake
ピンポーン
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再び無神経に鳴り響く呼び出し音で目を覚まされた彼女は、思わず枕元の携帯に目をやる。
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1時5分
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─もう、勘弁してよ
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と言いながらS美は頭から布団を被ると、狸寝入りを決め込んだ。
すると、
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shake
ピンポン!ピンポン!ピンポン!、、
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狂ったように続けざまに鳴る呼び出し音。
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S美は驚き半身を起こすと、憤慨した思いを抱きながらベッドから下り寝室を出る。
そして玄関口まで歩き、
「いい加減にしてください!いったい何時と思ってるんですか!?」とドア越しに叫んだ。
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すると今度はドンドンと乱暴にドアを叩きながら、
「お願いします、お願いします。荷物の受け取りお願いします!」
と懇願する声が聞こえてくる。
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「だめです。明日また来てください!」
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S美がキッパリと言うと今度は、
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「なあ、頼む、頼むよお、荷物受け取ってくれよお!
そうでないと帰れないんだよおお!」
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と乱暴な言い方に変わっていた。
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男の異常な執着に恐ろしさを感じた彼女は、このままま放置したとしても、恐らくこの男は諦めそうにないだろうと思った。下手をしたら朝まで帰らないかもしれない。
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根負けした彼女は「分かりました」と一言言うと、ドアロックを解錠しチェーンは付けたまま、ゆっくりドアを開いていく。
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そして隙間から見える男の姿を見た途端、S美は息を飲んだ。
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茶色い帽子の下にある顔は異様に白く痩せこけており、大きく見開いた2つの目は血走っている。
男は無言で小さな段ボール箱を持った細く白い手を隙間から突っ込む。
S美は恐々それを受け取るとすぐにドアを閉めた。
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するとドアの向こうから
「ありがとう、ありがとう、これで、これでやっと」
という声が聞こえたかと思うと、そのまま男は立ち去った。
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翌朝、S美は携帯の着信音で目が覚まされた。
眠い目を擦りながら「はい」と答えると、オペレーターらしき女の声がする。
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「朝早くからすみません。こちら○○運送と申します。
実は昨晩弊社のドライバーが事故を起こしまして、そちらの地域の荷物の配達が遅れております。
大変ご迷惑おかけしますが、今しばらくお待ちいただけますでしょうか?」
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「荷物なら昨晩遅くに受け取りましたよ」
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S美が答えるとオペレーターは少し動揺した様子で言う。
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「え?そんなはずはないと思いますが、それは弊社○○運送のドライバーでしたでしょうか?」
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「はい。そう言ってましたけど。何でですか?」
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「それはあり得ないと思うのですが、、、
というのは昨晩の事故で、そちらの地域担当のドライバーは救急搬送されたのですが、先ほど病院で亡くなったんです」
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冷たい何かがS美の背筋を駆け抜けた。
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なおも喋り続けるオペレーターの声を他所に、彼女はナイトテーブルに置かれた小さな荷物をただじっと見詰めていた。
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう