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中編6
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隣の住人

2月のとある日曜日の朝。

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前日までにようやく荷物を片付け引っ越しを終えた私はお隣さんへの挨拶のため、隣の玄関前に立っていた。

新居は私鉄沿線沿いにあるアパートの2階にある、角部屋だ。

家賃のわりに部屋数が多いのと、通勤の便から選んだ物件だった。

203号室ドア横にある呼び鈴ボタンを押す。

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ピンポ~~~ン

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心地よいドアチャイムの音が鳴り響き、しばらくしてから「はい」という声がしたかと思うと、ガチャガチャと世話しなくロックが解錠され、ドアの隙間から男の姿が現れた。

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黒髪を七三に分け黒縁メガネをかけた、小太りで色白のちょっとオタクな感じだ。

年齢は40歳前後だろうか。だとしたら私とあまり変わらないということになる。

上下黒のスーツに白のワイシャツ、黒のネクタイをしている。

葬式にでも出掛けるところだったのか?

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隙間から少し不審げな顔を見せている男に向かって私は「昨日引っ越してきた田代と申します。

今後ともよろしくお願いいたします」と言い一礼する。

すると男はホッとしたようにドアをキチンと開くと、ようやく口を開いた。

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「ああ、新しく越してきた方ですね。

ボク、廣瀬と申します。

こちらこそ宜しくお願いします」

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挨拶を終えた私がその場を離れようとすると、

「お一人でお住まいなんですか?」と追いかけるように声がする。

「はい」と言って向き直ると、男は

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「良いですねえ、自由で。

僕なんかほら、嫁とわがままな一人娘がいるじゃないですか。だから、いろいろと大変なんですわ」

と言い、さらに続けようとしたところで「ああ、嫁が呼んでいるみたいなんで」と言い残し一礼すると、あたふたとドアを閉じた。

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その日の夜。

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夕食を終え、壁際のソファーに座りテレビを観ていた時だ。

壁の向こうから何やら人の話し声がするのに気づいた。

安アパートのためか、隣の生活音は割と筒抜けのようだ。

いけないこととは思いながらも、テレビのボリュームを下げる。

しばらくして朝方話した廣瀬さんの声が聞こえてきた。

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─まあまあ、そんなに言うなよ、ルミも自分なりの考えがあるんだから。

お前みたいに一方的に叱ると、ルミが可哀想だよ。

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ルミというのは娘さんだろうか。

推測するに、娘さんのことで奥さんと話している最中のようだ。

しばらくすると突然ドタバタという足音がしたかと思うと、ガチャンガチャンという皿が割れるような音か続いた。

どうやら激しい夫婦喧嘩が始まったようだ。

凄い急展開だ。気性の荒い奥さんなんだろうか?

これ以上聞くのはちょっと後ろめたかったから立ち上がり、シャワーを浴びることにした。

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翌朝。

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月曜は指定ゴミの日だったため、私は部屋着のままゴミの詰まったゴミ袋を一つ片手に持ち、渡り廊下に出る。

すると同じタイミングで、お隣の廣瀬さんもゴミ袋を一つ持って出てきた。

昨日と同じ黒のスーツに黒のネクタイ姿だ。

さすがに違和感を感じた。

この人は家でもこの格好なんだろうか?

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廣瀬さんは開け放たれた玄関ドアの前に立ち、室内に向かって「ちょっと、ゴミ出してくるからな~!」と声をかけている。

背後に立つ私に気づくと、あわてて

「ああ、田代さん、おはようございます。」と挨拶をしてきたから、挨拶を返す。

そして2人一緒に、アパート前にある指定場所まで歩いた。

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「ごみ捨てはボクの担当なんですわ」

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と言って笑いながら廣瀬さんは、電信柱の傍らにゴミ袋を置いた。

既に5、6個が山積みされている。

私もそこにゴミを置くと、「娘さんはまだ学生さんなんですか?」と尋ねてみた。すると廣瀬さんは「ええ今年高3で、来年は大学受験で大変なんですわ」と言い困り顔で頭をかくと、「うちの嫁は家事が嫌いなんで、掃除、洗濯、料理全て、ボクがやってるんですよ」と付け加えた。

それから私は廣瀬さんと四方山話に花を咲かせながら、アパートの部屋に戻る。

その後は出勤の準備をして、再びアパートを後にした。

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その日仕事が終わりアパートに帰り着いたのは、午後8時頃だった。

軽くシャワーを浴び部屋着に着替えると、ビールを飲みながらスーパーで買ったビーフカレーを食べる。

その後ソファーで寛ぎながらテレビを観ていた時だった。

突然バタンバタンというけたたましい物音がしたかと思うと、続けて廣瀬さんの叫び声がしてドキリとする。

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─ミナヨ、お前、娘に何てことを!

ああ、ルミ、こんなになってしまって!

ルミ、ルミ~~!大丈夫か~~!しっかりしろ―!

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…………

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─おい、ちょっとお前、なにするんだ!?

止めろ、止めてくれ―!

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その後もしばらく派手な物音がしていたが、やがて静かになった。

ただならぬ気配に私は立ち上がると玄関まで歩き、ドアを開いて廊下に出る。

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そして隣の呼び鈴を何度か鳴らしドアを叩きながら、「廣瀬さーん!、廣瀬さ―ん!大丈夫ですか―!」と大声を出した。

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返事がない。

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ドアノブを握ってみると容易に動き、あっさりとドアは開いた。

玄関には男ものの革靴、女性もののパンプス、そしてスニーカーが並んでいる。

私は玄関口に立つと、「廣瀬さ~ん!、廣瀬さ~ん!どうしたんですか~!大丈夫ですか~!」と叫ぶ。

やはり返事はない。

薄暗い廊下には割れた皿の破片らしきものがあちこち散らばっていて突き当たりの居間のドアは開いており、ホンノリ灯りが漏れていた。

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「廣瀬さん、上がりますよ」

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そう言って靴を脱ぎ、破片に気を付けながら暗い廊下を歩き進む。

そして室内の状況を見た途端、ゾクリと背筋が凍った。

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室内中央辺りにあるダイニングテーブル。

そこを挟んで2人の人らしきものが座っている。

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部屋の電気は消されているのだが、各人の前に太い蝋燭が立てられていて、火が灯されていた。

蝋燭の灯火のせいで、辺りは不気味な雰囲気を醸し出している。

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「人らしきもの」と感じたのは、どうも様子がおかしいのだ。

動きが全くない。

恐る恐る近づいてみると、座っているのはやはり人ではなかった

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裸のマネキン、、、

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しかも各々の顔部分を覆うように、透明のガムテープで紙が貼られていた。

よく見ると、

一つは中年とおぼしき女性の顔、もう一つは若い女の子の顔写真のようだ。

どちらも普通の写真を拡大したものみたいで粒子が荒く、

どこか不気味な感じだ。

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さらに壁際にあるソファーに視線を移し、息を飲んだ。

ワイシャツにネクタイ姿の廣瀬さんが仰向けになって横たわっているのだが、自らの両手で首を掴んでぐったりとなっている。

顔色は完全に血の気を失っていて、天井を睨んだまま口から泡を吹き、だらりと舌を垂らしていた。

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「ひ、ろ、せ、さん、、、」

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語りかけながら恐る恐る額に触れてみたが、ひんやりと冷たくなっていた。

私はすぐに警察に電話をした。

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数日後に訪ねてきた警察の人の話では、

亡くなっていた廣瀬さんは1ヶ月ほど前にアパートに引っ越してきたそうで、以前は郊外の一軒家で奥さんと一人娘とともに暮らしていたそうだ。

以前から長く鬱で精神を患い通院していた奥さんは、大学受験を控え心理的に不安定だった娘さんと度々口論になっていたようで、とうとう冬のある晩、いつもの口喧嘩から逆上した奥さんは娘さんを包丁でめった刺しし、同じ包丁で自らも命を断ったということだった。

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2人の死後から廣瀬さんの精神は崩壊し、仕事を辞め、アパートに引っ越したらしい。

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廣瀬さんの死因は首を絞められての窒息死ということなのだが、

「現場の状況から推測すると、信じられないことなんですが自らの両手で首を絞めての窒息死ということになるんですけどね、こんなことってあり得るんですかね?」と言って警察の人は眉をひそめて首を振っていた。

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