中編6
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不気味な同棲

年末の頃、会社の同僚で友人のM代から鍋パーティーの誘いを受けた。

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正直、行きたくなかった。

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でもM代とは同じ短大を卒業して、同じ建設会社の同じ部署に就職し、ちょくちょく一緒に遊んだりしていたし、彼女に関しては心配なことがあったものだから、行くことにした。

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私もM代も今年三十路になるが、未だ独身だ。

私にはかれこれ5年ほど彼氏はいないが、M代には去年まで「涼太」という同じ年の彼氏がいた。

茶髪の前髪を眉の上辺りで切り揃えた、いつも陽気で元気な男。

「去年まで」と言ったのは涼太は去年の末、電車に跳ねられ即死したのだ。

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それは去年のクリスマスの夜、同じ会社で別の部署のS美とその彼氏、そしてM代と涼太という2組のカップルで一緒に遊んでディナーをした帰りに、駅のプラットホームで電車待ちをしていた時だったという。

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4人ともかなり酔っていてホームでふざけあっている時、泥酔していてバランスを崩した涼太が間の悪いことに、列車が通過する寸前に線路に落下してしまった。

あっという間のことだったという。

涼太は通過列車に体ごとまともに衝突してしまう。

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現場はかなり凄惨な状況だったそうだ。

一緒にいたS美が言うには、あちこちに血が飛び散り、涼太の体の幾つかのパーツが無造作にホームに散らばっていたらしい。

M代はひざまずき涼太の腕を胸に抱いて、狂ったように泣き叫んでいたそうで、それは正に生き地獄を見ているようだったという。

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そのショックからM代の精神は病み、その言動は傍目からも常軌を逸するようになってきていて、ここ最近はずっと会社を休んでいる。

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繁華街の外れにある古びたマンション。

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外壁は薄汚れていて、あちこちヒビの入ったところがある。

その4階角部屋にM代は住んでいる。

すっかり日が落ち薄暗くなった渡り廊下を歩くと、私は406号室の前に立ちドア横のボタンを押した。

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ピンポーン、、、

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しばらくするとボタン下のインターホンから「はい」という声の後、「鍵開いてるから入ってきて」と続いた。

言われたとおりドアを開く。

玄関口には黒のパンプスとピンクのサンダル。そして男ものの黒のエンジニアブーツが並べてある。

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薄暗い廊下に沿って幾つかの部屋が並んでいて、突き当たりにはリビングに続くドアがある。

「お邪魔します」と一声かけると靴を脱ぎ、廊下を真っ直ぐ進むとリビングのドアを開いた。

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8帖ほどの部屋の真ん中辺りにあるダイニングテーブルには、既に鍋料理の準備がされていた。

奥のサッシ戸を背にして座るM代の姿が見える。

真っ黒い喪服のような服を着ており、黒髪はボサボサで化粧もしておらず、別人のようにげっそり痩せていた。

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「そんなとこに立ってないで、そこに座って」

と正面の席を薦めるので、言われるとおり座った。

目の前には取り皿や小鉢、グラスが一揃いある。

グラスには既にビールが注がれていた。

テーブルの真ん中辺りにはカセットコンロが置かれていて、その上に土鍋が乗っている。

火は未だ点いてなかった。

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「久しぶりね」

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そう言ってM代はひきつったような笑みを浮かべた。

2つの目が違う方を向いているのが不自然だ。

目の下にはくっきりと青い隈があった。

私は無理やり笑みを作りながら「そうね、本当に久しぶりね」と答えた。

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そしてしばらく私たちはビールを飲みながら、当たり障りのない話をしていた。

すると話の途中唐突にM代が「あのね、今あの人シャワー浴びてるから、上がるまで鍋に具材を入れるの待ってね」と言い、土鍋の横に置かれた大皿に盛られた肉や野菜をチラリと見る。

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「あの人って?」

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私は尋ねた。

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そしたら彼女は、

「なに言ってるのよ、涼太に決まってるじゃないの」と言って、またひきつったような奇妙な笑みを浮かべた。

相変わらず2つの目は私ではなく違う方を向いている。

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ゾクリと背筋に冷たいものが走った。

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私は思わず振り返ると、開け放たれたリビングのドアの向こうに目をやった。

薄暗い廊下沿いにある洗面所のドアは少し開き、そこから灯りが漏れていて、微かに流水音が聞こえてくる。

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私が精一杯平静を装いながら「り、涼太ここにいるの?」と言うと、M代は「そう、あなたが来る5分くらい前に帰ってきてね、先にシャワー浴びるって言って浴室に入ったの」と当たり前のように言う。

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気分の悪くなった私は「ちょっとお手洗い借りるよ」と言って立ち上がり廊下に出ると、リビングのドアを閉じる。

そしてトイレの前で軽く深呼吸をした後、隣にある部屋の前に立った。

少し開いている扉の隙間からはボウッと灯りが漏れていて、相変わらず流水音が漏れ聞こえてきている。

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シャー――――――、、、

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私は緊張しながら、そっと中を覗いた。

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脱衣所の電気は消されているが、奥にある浴室入口の磨りガラスドアから漏れる明かりが、床の様をあからさまにしている。

見ると、男物の下着や洋服が乱暴に脱ぎ捨てられていた。

私は緊張した面持ちでゆっくりその向こうへ視線を移す。

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途端に全身が凍りついた。

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磨りガラスの向こう。

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そこに、

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ボンヤリとした人影が見える。

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それはあたかも天井から誰かに糸で操られている人形のように、ゆっくりカクカクと不自然に首や手足を動かしている。

時折首が胴体から離れたり、手足があり得ない角度に曲がったりもしていた。

そう例えていえば、昔縁日で観た影絵のような、、、

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次々に込み上げてくる恐怖と戦いながら私は頑張って声をかける。

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「涼太?」

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すると間もなくキュッという蛇口を閉める音がし、突然流水音が途切れた。

一瞬で室内は静寂に包まれ、次にはガタガタという扉を開こうとする音が続く。

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「ひ!」

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私は小さな悲鳴をあげ、慌てて洗面所のドアを閉めると急いでリビングに入り、元いた席に座る。

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「どうしたの顔色悪いけど、大丈夫?」

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心配げにM代が尋ねる。

私は喋ることが出来ず、ただじっとうつむいていた。

すると、

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「あ、涼太」

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M代が嬉しそうにリビング入口に目をやった。

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え!?

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驚いた私は振り返り、背後のドアに視線を移す。

開きつつあるドア向こうの暗闇に、白っぽいガウンを羽織った茶髪の男が立っているのが見えた。

私は慌ててまた前を向くと、恐怖でそのまま固まってしまう。

ガタリとドアが開く音がしたかと思うと、フワッと空気が動いて気配が近づき、隣の椅子がすっと引かれる。

微かに鼻をくすぐる生臭い匂い。

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私はひたすら前を見続け隣の様子が視界に入らないように頑張っていたが、一瞬奇妙なものが視界の端に入りゾクリとした。

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それはテーブルに無造作に置かれた、肘から先の大人の腕。

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青白くて筋張っていて半分腐りかけている。

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「ひっ!」

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私は思わず小さく声を漏らすと、たまらず目を背けた。

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するとM代が私の隣の方を見ながら、

「ほら涼太、○○子わざわざ来てくれたのよ。

何かいいなよ」とせかすように言う。

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もう限界だった。

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「ごめん、私帰る」

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と言って立ち上がると、引き留めるM代を他所にリビングを出て廊下を小走りに玄関まで行くと、急いで靴を履いて外に飛び出た。

後は無我夢中で逃げるようにしながら自宅アパートに帰った。

途中何度かM代から携帯に電話が入っていたが、私はとることが出来なかった。

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あれから数日が過ぎた。

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相変わらずM代は会社に姿を現していない。

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誰も座っていないM代の机を見ながら、私はふと思った。

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あの繁華街の外れにある古びたマンションの一室で、彼女は変わり果てた姿になった涼太と一緒に暮らしていくのだろうか?

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これからもずっと、、、

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fin

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Presented by Nekojiro

Concrete
コメント怖い
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心霊的な怖さも人怖的な怖さもあって、厚みのある恐怖を感じました!素晴らしかったです!

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