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長編10
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家井戸(先生怪話)

 先生はフリーターだったのが一軒家を持っていた。大学一年生の春、僕は先生に連れられて先生の家に連れて行ってもらった。初めて見たときは完全に目が点になってた。何故なら正社員でもなく社会人だがフリーターをしてバイトで食い繋いでいる想像をしていたのだが、古いが二階建ての家を持っていることに驚いた。

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「……………え?あれ?」

「どうした?入らないのか?」

「先生、この家どうしたんですか?」

「買った」

「先生、フリーターですよね?どうやって買ったんですか?普通、フリーターじゃ買えないですよね?」

「いや、買ったんだよ。確かにフリーターと言ったけど、収入はその辺のサラリーマンより高いよ」

「どんなバイトしてんすか?」

「ひ・み・つ……ほら、早く入れ」と促され家の中に入った。古い家だから埃っぽいかと思ったがよく清掃されていて、でも空気がヒンヤリしていて寒気がする。桜が咲く暖かい春の気温を感じない、クーラーでも付けてるのかと錯覚するほどの肌寒さを感じる。

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「先生!!」と声をかける。

「なんだ?」

「この家、いくらしたんですか?」

「……………土地代含めて300万円」

僕は愕然とした。土地代含めて300万円?ありえない。この辺りは土地代含めれば他の所より高い。実際、この土地に移り住もうとして「やっぱ辞める」と言って違う土地に行く人もいるぐらいのに。たった300万円……まさか、アレか?アレなのか?

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「……先生、もしかして…ここって…」

「おっ、気付いたか?そうだよ、ここは土地もろとも曰く付きなんだよ。だから、安く手に入った。土地も家もな。俺にとっては安住の地だ。」

ニコニコしながら言う先生にオゾケを感じながら部屋に入ると押し入れにお札お札お札が何枚も何十枚も張られていて気持ちが悪いし気味が悪い。中に何かヤバいもんで入ってるのか?いや、何か封印しているのだろうか?知りたくないと思った。先生は「お茶持ってくる」と言って台所に向かう。僕は「お気遣いなく」と言って周りを見渡す。お札が大量に貼られた押し入れ・日本人形・木彫りの熊・柱時計・古めかしいタンス・奇妙な形のテーブル。

その真ん中に置かれたテーブルに釘付けになった。目が離せなかった。何か嫌だ。気持ち悪い、気味が悪い。何か息が苦しくなる。酸素が吸えないようなドロリ深いで重苦しい空気が纏わりつくような、まるで水の中にいるような……そんな感じに震えていると、「いやぁ、悪い悪い。お茶どこにしまったか忘れてしまってな。見付けるのに苦労した。ほら、玉露とちょっと湿気てしまった煎餅だ」と気まずそうに笑いながら先生がお茶を持ってきた。

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少し息切れしながらも、空気が落ち着いてるのに気が付く。今のは一体?そんなことを考えていると「ほら、座れ」と先生が座布団を持ってきた。僕はその座布団の上に正座するとお茶を啜り、煎餅を噛る。先生はせんべい噛りながら「どうだ?この家?」と訊いてくる。僕は「一軒家暮らしなんて羨ましいですね。大学生の僕にとっては夢のような所ですよ」と言うと先生は「ふーん」と言い次に「実は気付いてるんじゃないか?」と確信を付くような事を言ってきた。

「き、気付いてるって何が?」

「ここ、ここだよ。」と言って指でテーブルを叩く。いや、テーブルの下を意味してるのを察した。

「お前、勘が良いよな。アイツと比べて、な。まぁ、いいや。で、何が見えた?」

「えっ……と、…その…見えてないんですけど、テーブルの下から何かとてつもなく嫌な負のオーラみたいのが…溢れてきて………その」

「成る程、良いじゃないか。霊的勘は中々のモンだ」とハハハと先生は笑いながらまた煎餅を頬ぼる。

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「どういうことですか?」

「まぁ、言うより見せた方が早いな。よし、そこ持て」と言ってお茶と煎餅を後ろの方に置くとテーブルを持つよう促してきた。僕も反対の方を持って横に移動する。テーブルを退けてから先生は下にあった畳を二枚取っ払って床板を剥がした。

「見ろ。これがこの土地が安い理由だ」と言って指を指す。そこには"井戸"があった。古井戸だ。中は暗く何も見えない。見た感じでは吸い込まれそうなほど暗く、ただ何かが出てきそうで怖かった。リングの影響だろうか、身震いをした。先生が愉しそうに「あんまり見るなよ。魅入られるぞ。」と愉快そうな声を出す。

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「魅入られるってどういうことですか?」

「これはな、感じる人は感じるヤバいモンでな。魅入られたら最後、自ら井戸に入って自殺してしまう井戸なんだ。だから、井戸の底には魅入られてしまった連中がウヨウヨいる所謂"魂の坩堝"と呼んで差し支えないだろう。ただ、一つ疑問なのは何故井戸を潰さなかったのか。清めも特にしなかった所を見ると相当ヤバいだろうな」

「相当ヤバいなら先生は清めとかしないんですか?」

「俺はできん。というより、本来のやり方ではない方法しか出来ない。元々褒められたやり方じゃないうえにどんな返しがあるか分からない。まぁ、俺に害はないからそのままにしてあるんだが、お前は危ないかもな。」

「え?」

「一応、これ持っとけ」と先生が古い御守りを渡してくれた。その御守りはよく見ると赤い布にムカデの刺繍が施してある一風変わった御守りである。

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「これは?」

「御守り。厄除けのな。とりあえずこれ持ってれば大丈夫だと思うから。」と言って先生は板と畳を戻してテーブル置いて今度は冷蔵庫からビールを取り出す。

「酒盛りするか。なぁに、お前用に炭酸ジュースもあるから。」と言って開口一番ビールを一気に煽る。僕はと言うと炭酸ジュースを貰い静かに飲んでいる。先生はというと、鮭の皮をジッポライターで炙りながらビールを飲んでる。10分も経たないうちにビールを6缶を空けている。この人の存在がオカルトなのではと思わずにはいられない。

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目が覚めると深夜の3時。どうやら眠ってしまったらしい。先生の方を見ると同じようにテーブルに突っ伏して寝ている。ビールの缶が14本空になってるのを見て、よく呑んだなと考える。ふと、ポケットに入れてある先生から貰った御守りを触るとパンパンに膨らんでいた。普通御守りはペッタンコなんどけど風船のように膨らんでいた。御守りに空気を入れても釣り上げたフグのように膨らむことはないだろう。そんな御守りの異常さに言葉が出ないでいると井戸があるであろうテーブルの真下から声が聞こえてきた。

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『……………』何を言っているのか聞き取れない。僕はテーブルの下に潜り込んで耳を畳に当てる。

『……い………』また何か聞こえた。先程より聞こえるが聞き取りづらいが、その井戸には人がいるはずが無いと思い出したときに勢いよくその場から飛び起きた。その拍子にテーブルの裏に思いっきり頭をぶつけて痛みに悶絶しているとその反動でか先生の「んがぁ?」というマヌケな返答がして、「何だ何だ?ん?もうこんな時間か。で、何やってんの?」と先生もテーブルの下に潜ってきた。

しばらくは痛みで頭を抱えていたが、痛みが引いてくると先生に事のあらましを話した。先生は黙って聞いて「となると、君の話では今この下で霊が何かを喋っていると?成る程、それは興味深いじゃないか。じゃあ、何を言ってるか聞いてみようじゃないか」と先生も畳に耳を当てた。僕も先程のように耳を当てる。声はまだしている。

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『………い………む…い』

「あ、さっきより鮮明に聴こえます」

「ほうほう、成る程成る程。確かに声が聞こえるな」

『……さ……し……い』

「寒い寒いって言ってるんですかね?」

「いやいや、[寒い]なら[し]を入れないだろう。恐らく違う言葉だな。しかし、魂の坩堝と言ったが聴こえてくるのは一人の声しかしないのは不思議だな」

「あ、言われてみれば確かに。他の人はどこ行ったんですかね?」

「俺が知るわけないよ。成仏したんじゃない?」

「何もせず?」

「自然に成仏する霊も少ないがあるんだよ。と、こっちに集中しないと」

『さ……し…い……む……い』

「ん?」

「え?これって……」

『さ…むし……い、さむ……しい…』

「さむしい?さむしいって何ですか?」

「"さむしい"は、"さみしい"や"さびしい"の鈍りになる言葉だな。恐らくこの井戸に落ちたから淋しいんだろう」

「こんな暗いところだったら何となくですけど、気持ち的にも寂しく思えますよね」

「………」

「あれ?そういや、この井戸に魅入られると自殺するようにここに落ちるんですよね?だったら、他の人の魂も中に入るはずですよね?だったら、何で淋しいんですか?」

「さぁね。多種多様な霊の考えはよくわからん。俺は単体の霊の気持ちや考えは分かるが複数の霊が合わさった連中の考えは分からん。」

「合わさった霊ってなんですか?どういう意味です?」

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「霊は電磁波に似た性質があるって聞いたことがあるだろうけど、俺の考えの一つに"幽霊の体は粘土と似てる"っていう考えがあってね。霊って合体したら元には戻らない悪霊になるんだよね。悪意の塊って言えばいいかな?自分自身でもどうにもならないしその考え一つの染まる。嫉妬・妬み・憎悪・殺意。こういう考えの霊は引き寄せやすい。磁石と鉄の関係みたいにね」

「磁石と鉄……」

「そう、引き寄せる本体が磁石で他の同じ考えを持つ霊が鉄。くっついて・くっついて・くっついて、本体も分からなくなるぐらいにくっついて………ぐちゃぐちゃになって原型も分からなくなって。で、一つのヤバいモノになる」

「ヤバいもの?」

「そう、"魔物"だよ。魂単体で魔物になる例もあるけどそうやって合わさって、ぐちゃぐちゃになって、くっついて、一つになった霊の考えは一つになる。憎悪が強くなるってね。連中の場合は寂しいが今一番強い感情だろうけど、いつの日か憎悪もしくは殺意に変わるね。だけど、同情をすれば引っ張られる。だから無かったことにしな?」

「無かったことにって、この井戸の存在をですか?」

「そう、あとは知り合いに頼んでどうにかしてもらうから。もう気にしないでいい」

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「あれ?先生、興味深いとか何とか言って知ってたんですか?このこと」

「おっ、勘が良いねぇ。そうだよ、あれは演技だよ。でもまぁ、本来なら君程度の霊感じゃ聞こえない筈だったんだけどね。俺の霊感に当てられて力が上がったかな?まぁ、知ったこっちゃないけど。」

僕は思いっきりため息を吐いた。なんだ、知ってたのかとガックリした気持ちと霊感は他の強い霊感に当てられて強くなる話が本当だった事を知っての興奮でよくわからない気持ちになった。というか、その話を聞いて僕は今日ここで、眠れるのだろうか。それに気付いて先生の方を見る。それを察した先生が、暫く「う~ん」と顎に手をやり考えていたが、徐に立ち上がり「別の部屋に行って寝るか?」と言ってくれた。僕は「別の部屋で寝ます」と即答して布団を持って別の部屋に移った。

流石にこの部屋からでは例の声が聞こえなかったので枕代わりの座布団を高くして眠れそうだと思って転がると天井一杯に顔が張り付いていたも全員白目がなくて黒目だけ。髪の毛も無くて眉毛も無くて、白い肌で、僕は息が詰まって声が出せなくて、金縛りになって………。とここで、先生が吼えた。犬のように。なんかこう「オラァ!!」とか「ウラァ!!」とかじゃなくて「うおぉぉぉらあぁぁぁぁ!!」って感じ。先生の怒号で金縛りが解けて、緊張も何故か解れていつの間にか寝てしまった。

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朝、目を覚ますと天井に札・札・札の天井。最悪の目覚めだ。一気に目が覚めた。隣を見ると先生がいない。何処に行ったか周りを見る。居ないと思って窓を見ると先生がラジオ体操をしていた。年寄りくせぇと思ったがそういえば小学生の時に夏休みの課題の一つでラジオ体操やってたなぁと考えて懐かしくなった。庭に降りるとラジオ体操の深呼吸をしてる先生と目があった。僕が「おはようございます」と言うと「よぅ」と片手を上げた。朝日が眩しい。僕も両手を上にあげて背筋を伸ばす。気持ち的にも晴れて清々しい気持ちになる。と、先生が言う。

「朝日たっぷり浴びておいた方が良い」

「何でです?」

「霊は殆どの場合はマイナスのエネルギーの塊でな。負のエネルギーと言ったらいいか?人間にも負のエネルギーがあってそれが理由で憑かれたりするんだけど、人間の陽のエネルギーに誘われて取り憑く場合があったりするんだよ。昨日の夜、天井に張り付いていた井戸の連中のようにな。」

「え?」

「お前の性格に憑いてきたんだ。お前、俺より陽のエネルギー強いからな。まぁ、例えばなんだけどお前が街路灯なら連中は虫みたいなもんだ。光に群がる虫。霊は救いを求めて人に憑く。その場合じゃない連中も居るけど、人に取り憑く事で救われたいんだよ。自分達には体温がなくて冷たいから暖かいものを求めて、な。だから、霊を害悪とか邪魔とか思わないでくれ。例外も居るけど、全員が全員同じだと思わないでくれ。十人十色、人も霊も本質は変わらないんだよ」

そういう先生は何処と無く淋しそうな表情をしていた。後日、井戸はとある神社の神主の浄めのあと埋められたと先生から聞いた。先生はその部屋の隅に小さな神棚のようの祭壇を設けてたまにお祈りをしていた。今では姉弟子がその家に住んでそれをやってる。僕もたまに来て手を合わせる。先生の言葉を反芻して

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