中編6
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アズミとアキラ

始めは漆黒の闇だった。

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視界の全てが黒で塗りつぶされていて何も見えない。

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やがて少しずつ少しずつ闇のあちらこちらに綻びが出来、そこから光が漏れだすと、その全容が次第に明らかになっていく。

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木の枝だ。

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そう視界いっぱいに、無数の木の枝が縺れた糸のように複雑に絡み合っている。

その様はあまりに圧倒的で、押し潰されそうな気分にさえなる。

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でもそれも短い間。

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いきなり視界は遮られ、また闇が支配する。

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そして次に襲ってくるのは強烈な孤独感。

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私、、、これからもずっと、こんな暗闇にいないといけないの?

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寂しいよお、ねぇ、誰か助けてよ、、、

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お願い、た、、、す、、、け、、、

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アズミはここで目が覚めた。

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心臓の激しい鼓動と息苦しさを感じる。

首の辺りが気持ち悪い。

どうやら、かなり寝汗をかいているようだ。

この夢を見るのは、もう3度めになる。

横に顔を動かすと、アキラの端正な横顔が視界に入ってきて彼女はほっとため息をついた。

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反対側に顔を動かし、部屋の片隅にある窓に目をやる。

白いカーテンの隙間から、柔らかい陽光が漏れてきていた

どうやら太陽はもう登っているみたいだ。

アズミはそっとベッドから降り、壁際のソファーにあるピンクのフリースを羽織ると薄暗い室内を横切り、入口ドアまで歩く。

スニーカーを履きドアを開いた。

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暖かい海風がサッと通り過ぎ、微かな潮の香りが彼女の小さな鼻腔をくすぐる。

季節はもう春になっていた。

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浜辺から少し離れた小高い丘の上に、アキラの住まいはある。

プレハブ作りの安っぽい平屋だ。

建物の背後には鬱蒼とした林がある。

反対側は浜辺を臨み、その向こうには青い海がどこまでも広がっている。

既に彼方の水平線の上に太陽は浮かんでいた。

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アズミとアキラは、行きつけのクラブで知り合った。

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サラサラの茶髪を肩まで伸ばしていて細身の長身。

肌はこんがりと焼けていて小麦色をしている。

年は30の彼女よりもずっと若いようだ。

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アキラは次々淀みなく話題の出てくる楽しい男の子なんだが、時折ふと感情のない冷たいビー玉のような瞳になる。カウンターで話すうちに2人は意気投合し深夜に店を出ると、アズミはアキラのバイクの後ろに跨がり、彼の華奢な腰に手を回し顔をくっつけながらそのままネオン瞬く街を突っ切って行った。

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しばらくするとガードレールの向こうに鉛のような夜の海が見えてきた。

それからアキラのバイクは浜辺まで降りると、そのまま走り続け、小高い丘の上から浜辺を臨むプレハブ小屋に行き着く。

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室内に雪崩れ込むと2人は獣のように互いに朝まで慰めあった。

その後は飽きるまで眠り目が覚めると、アキラの出してくれる料理を一緒に食べる。

そんな猫のような生活を2日続け、今日で3日めになる。

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─どうせ今は失業保険を貰いながらダラダラ過ごしているんだから、こんなのもアリだよね。

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アズミは穏やかな春の海を見ながら一人呟く。

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「ご飯食べようか?」

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背後からの声にアズミは驚き振り向く。

いつの間にかアキラがすぐ後ろに立って微笑んでいた。

全裸の上に白いガウンを羽織っている。

大柄だ。

恐らく180センチ以上はあるのではないか。

2人はまた部屋に戻った。

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室内中央にある大きめの木製テーブルで朝昼兼用の食事を済ませた2人は、壁際のソファーでリラックスしていた。

するとアキラは

「ちょっと街まで買い物に行ってくる。1時間で戻るから」と言って立ち上がると、革ジャンを羽織り外に出る。

間もなくバイクの派手なスターター音がしたかと思うと、爆音を轟かせながら、あっという間に走り去っていった。

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1人残されたアズミはしばらくの間、ソファーに横たわり携帯をいじっていた。

それも飽きた彼女は何とはなしに室内を見渡してみる。

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中央にあるのはアンティークなテーブル。

左の壁際にはベッド、正面奥には窓があり海が見える。右手の壁にはユニットバス付きの簡易トイレ、簡易台所、クローゼットがある。

無駄なものが見当たらない武骨な男の部屋だ。

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─こんなところで1人で暮らすアキラって、何者なんだろう?

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アズミはふとそんなことを考えてみたが、

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─まあ長くは付き合うつもりはないし、一時でも楽しめれば、それでいいか

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と思い直しシャワーでも浴びようと立ち上がろうとした時だ。

一瞬正面の窓の向こうを人が横切るのが見えた。

不審に思い立ち尽くしていると、

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トントン、、、

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入口ドアを控えめに叩く音がする。

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彼女は緊張した面持ちでドアのところまで歩くと「はい」と返事をする。

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すると若い女の声がした。

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「ア、、キ、、ラ、、、」

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「え?」

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アズミは恐る恐る鍵を外すと、ドアを開く。

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だが外には誰もいなかった。

彼女はスニーカーを履くと部屋を出る。

そしてキョロキョロと辺りを見渡していると、目の前にある鬱蒼とした林の奥に女が立っているのに気付いた。

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林立する木々から漏れる交錯した光で分かりにくいが、紺色のワンピースを着た色白の女のようだ。

じっとアズミの様子をみているような感じがする。

彼女がさらに近付こうとした時には、いつの間にか女の姿は消えていた。

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夜アキラと晩御飯にピザを食べている時、アズミはそれとなく聞いてみた。

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「ねぇ今日アキラが出掛けてるとき、女の子が尋ねてきたけど,、、」

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アキラはピザを頬張りながら少し驚いた様子で、

「え、どんな子?」と聞き返してくる。

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「ドア開いて外見たら、裏の林の中に紺色のワンピース着た女の子が立っているのが見えたんだけど」

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するとアキラは一瞬あのクラブで見た冷たいビー玉の瞳になると「家を間違ったんじゃないか?」と答えた。

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「でも、その人ドア越しに『アキラ』って言ったんだけど」

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アキラはアズミの話にはもう興味がないというように、手元の携帯を触りだした。

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就寝後、アズミはまた同じ夢を見た。

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ただ今日のは少し違っていた。

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やはり暗闇から始まる。

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そして少しずつ光が射し込み、いつものように絡み合う木の枝が見えてくる。

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すると突然ヌッと男の顔が現れた。

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眉の上で前髪を切り揃えた茶髪に小麦色の肌。

よく見知った顔、、、アキラだ!

ただその瞳はいつもの優しく穏やかなものではなく、

そう、あの冷たく感情のないビー玉のような瞳。

アズミは首筋に猛烈な圧迫感と息苦しさを感じていた。

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アキラが彼女の首を両手で掴み、グイグイと物凄い力で締めているのだ。

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ちょっとアキラ、何するの!?

く、、、苦しい、、、止めて!

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彼女は必死にもがき抵抗する。

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ここで目が覚めた。

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だがアキラの顔は消えない?

その時アズミは思った。

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─え、これは現実?

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アキラがアズミの胸元に跨がり、その両手で彼女の首を絞めているようだ!

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「アキラ!何するの?止めて!」

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彼女は彼の両手を掴み懸命に外そうとするが、その力は強くてびくともしない。

もがき苦しむアズミの姿を見詰めるアキラの瞳は、あの冷たいビー玉の瞳だった。

やがてアズミの意識は朦朧としだす。

その時だ。

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「アキラ、、、」

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突然何処からか女の声がした。

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それとともに一気にアズミの首の圧迫が消えた。

アキラは彼女に馬乗りのまま、顔だけを入口に向けている。

いつの間にかドアが開いていて、そこに女が立っていた。

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紺色のワンピースに色白の肌。

薄暗くて定かではないが、それはアズミが昼間に林で見たあの女だ。

アキラはあんぐりと口を開き驚愕の表情で

「そんなバカな、あり得ない」と呟くとベッドを降り、まるで夢遊病者のようにフラフラと入口に向かって歩きだす。

そして外に出る女を追うように、アキラもそのまま出ていった。

アズミも起き上がると部屋を出て、2人の後を追う。

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裸足の女はスタスタと裏の林の中に入っていく。

それに従い、アキラも鬱蒼とした林の中に消えていった。

アズミも後を追いかけ暗い林の中に入ったが、2人を見つけることは出来なかった。

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翌朝アズミは警察に電話をした。

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すぐに近くの派出所から警察官が駆けつけてくれて、林の中を捜索する。

やがて変わり果てた姿になったアキラが発見された。

彼は林の中の一本の大木に身体を預け、ぐったりとなっていたそうだ。

首には絞められたような青いアザが残っていたらしく、何者かに絞殺されていたということだった。

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警察が辺りをさらに捜索したところ、アキラの遺体のすぐそばの落ち葉に覆われた地面から、白い手が出ているのが見つかり、掘り返すと腐乱した若い女の死体が発見された。

その後の調査で、その女は何者かに首を絞められ殺されたということが分かったらしい。

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女の着衣は紺のワンピースだったそうだ。

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fin

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Presented by Nekojiro

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