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超短編小説「猫角家の人々」その16

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超短編小説「猫角家の人々」その16

自動車保険の不正請求が今日まで、黙認され放置されてきたわけではない。2013年からは、自動車事故を偽装するなどの保険金不正請求への対策が、損保協会の手で講じられた。不正請求や疑いのある支払いデータの共同利用が開始されている。損保協会に集約されたデータを各社が共有利用できるようになっているのだ。各社は、疑わしい契約者氏名、住所、生年月日、事故の状況、病院名、修理工場名などをデータに登録する。このデータに登録されている「札付き」は、新規の契約からはじかれることになる。ただし、疑わしい契約者がすべて登録されているわけではないから、不正の水際防止が完全に行える状況には、いまだにないと思われるが。

とにかく、この2013年の措置で、野放図だった自動車保険詐欺には、一定の歯止めがかかるようになった。ということは、それ以前なら、かなり自由に不正が実行できたということだ。派手に不正を敢行していた猫角姉妹の介護会社は、真っ先に「札付き」顧客の認定を受けて、新規に自動車保険を掛けることができなくなった。どこの損保に電話しても、長く待たされた挙句に「当社ではお取り扱い出来かねます。」と、慇懃無礼に断られる。

蜜子は逆切れして、損保の電話口の女の子を口汚く罵る。仕舞には、損保の女の子は泣き出してしまう。代わって電話をとった部長職を相手に、蜜子は考えうる全ての罵倒句を駆使して、罵詈雑言で責め立てる。怒鳴りすぎて、喉が枯れる頃、蜜子の攻撃はやっと終焉を迎える。1時間も怒鳴っていたであろうか?損保の勤続33年の部付部長、阿玉サゲルは、全身に汗をびっしょりかいて、震える手で受話器を置く。

こんな凄いクレーマーは、長い損保人生でも初めてだ。机の引き出しに救心があったはずだ。今すぐ、救心をあるだけ全部嚥下したい。今日は、やけ酒で荒れそうだ。新橋駅前地下の居酒屋の中国人留学生、リョウさんに慰めてもらおう。あのふくよかな胸に顔をうずめて、号泣できたらどんなにか慰めになるだろうに。「ちくしょー、損保マンなんかになるんじゃなかった….」

姉妹が修理と不正を依頼していた名古屋のホース・エージ自動車修理会社も、データベースのおかげで、もろもろの不正が他社に先駆けて真っ先に浮き彫りになり、損保の代理店契約を破棄されたのだ。だが、それまでの「やりたい放題」の時代、姉妹も修理屋も不正請求で随分と美味しい思いをしてきたのである。

問題は、その頃手にした潤沢な資金を、蜜子がFXギャンブルで片っ端からどぶに捨ててしまったことなのだ。損をすると熱くなるきつい性格の蜜子は、損をリカバーしようと、さらに相場を張り、逆に大穴をあけたのだ。(続く)

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