中編5
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人喰い踏切

カンカンカンカン、、、

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小気味良い警報音が冬の陰鬱な空に次々吸い込まれていく。

遮断機がのんびり降り始めた。

古谷はその手前に立っている。

隣には和服姿の初老の女性が並んでいた。

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小さな踏切だ。

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2本の線路を挟む遮断機間の距離は僅か4メートルほど。

のどかな田園地帯を横切る線路の途中にある踏切なのだが、その見た目の素朴さに反して近くの住民たちは「人喰い踏切」と呼んでいる。

というのは、この踏切では毎年数人の者が列車に跳ねられ犠牲になっているからだ。

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古谷はこの田園地域にあるマンションで独り暮らしをしていて、朝通勤の途中この踏切を利用している。

彼は都心にあるIT関連会社のSEとして働く35歳の男で、去年まで会社近辺にあるマンションに住んでいたのだが、家賃の負担を軽減するため、今年の春から引っ越してきたのだ。

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微かな地響きと警笛音が聞こえてきた。

どうやら列車が近づいてきているようだ。

右手の彼方から紺色の貨物列車が小さく見えてきている。

すると、

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「あら」

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突然隣の女性が声を出したので、古谷は彼女の方を見た。

黒髪をアップにまとめ小豆色の着物を纏う初老の女性が、少し驚いたような顔で前方を指差している。

釣られて彼も同じ方に目をやった。

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そこには真っ直ぐ北に続く農道。

その左手には田んぼが、右手には雑草地が拡がっているのだが、ちょうど線路脇辺りに体育館くらいの木造平屋建ての小屋がある。

どうやら女性は、あの小屋を指差しているようだ。

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「あそこに何かあるんですか?」

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古谷が尋ねると、女性は前方を指差したまま彼の方に顔を向けると薄ら笑いを浮かべ、

「ほらあんなに大勢が窓からこっちを覗いて、、、

フフフ本当に楽しそう」と呟く。

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古谷は再び、女性の指差す辺りを見た。

確かに手前の小屋の前面にはいくつか窓があるのだが、真っ暗で人の姿とかは見えない。

だが女性は嬉しそうに微笑みながら、そこに向かって手を振っている。

まるでそこに誰かがいるように。

すると、

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shake

パアアア~~~~ン!!

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本格的な地響きを伴いながら、いよいよ警笛音が間近から聞こえてきた。

列車はもうあと100メートルのところまで迫ってきている。

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そしていよいよ目の前を通過するという時だった。

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いきなり隣の女性が遮断機をスルリとくぐり抜け、まるで夢中に蝶々を追いかける少女のような顔で小走りに線路を横切りだした。

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「あ!」

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と古谷は驚き声を出したが遅かった。

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ドスン

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鈍い衝突音の後、黒板をかきむしるような不快なブレーキ音がしばらく続き、列車は数百メートル進んだところでようやく停車した。

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古谷はただ呆然とその場に立ち尽くしていた。

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その後は救急車とパトカーが来て踏切周辺は一時封鎖され、警察による現場検証や駅員らによる遺体の回収が行われる。

その間古谷は警察から事情聴取を受け、彼が会社に出社出来たのは昼過ぎだった。

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その日仕事をスタートしたのが遅れた古谷だったが、朝の事故のことがトラウマのように脳裏から離れず、パソコンの画面をただボンヤリ眺めている時間の方が多くて、結局会社を退社したのは午後9時過ぎだった。

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会社近くの駅から電車に乗ると、1時間ほどしていつもの駅で降りる。

そして国道をしばらく西に歩くと左手にいつも目印にしている地蔵が見えてきたので、そこから南に曲がり暗い農道を歩きだした。

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ポツンポツンと一定間隔にある古びた街灯を頼りに、狭い農道をしばらくとぼとぼ歩いていると、左前方の暗闇の中にあの木造の小屋がのっそりと見えてきて一瞬朝の出来事が脳裏をかすめるとともに、古谷はゾクリとした。

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今朝着物の女性はあの小屋の窓を指差しながら、嬉しそうな様子で線路に侵入して列車に跳ねられた。

その後近くの派出所から駆けつけた警察官にその旨を話したが、あの小屋は昭和の頃まで農民らの集会所だったそうなのだが、今は封鎖されて使われていないそうだ。

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古谷は農道から左手に拡がる雑草地に降り立つと、ゆっくり歩いて小屋に近づいていく。

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木造平屋建てで三角屋根のその小屋はかなり大きかった。

ただ長く使われてないためか、あちこち傷んでいるようだ。

立ち止まる古谷の目の前には、入口と思われる大きな引戸がある。

しっかりと南京錠がされていて、開けることは出来ないようだ。

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しょうがないから彼は雑草を避けながら小屋の周囲をゆっくり歩きだした。

側面に回り込むと、いくつかの窓があるに気付く。

その一つに近づくと中を覗いてみた。

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始めのうちは暗くて何も見えなかった。

だが窓から差し込む月明かりのお陰でボンヤリとだが、だだっ広い板張りが拡がっているのが見えてきた。

特に何かが置かれているようではない。

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さらに中を覗いていると、古谷はハッと息を飲んだ。

右手奥には線路を臨む窓がいくつか並んでいる。

その右側の室内角のところに、何か巨大な黒い固まりみたいなものがあるのだ。

それは、まるで生きているかのようにモゾモゾと蠢いている。

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さらに目を凝らし、古谷の全身は凍りついた。

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黒い固まりの中を、老若男女様々な人が裸で真っ直ぐ体を伸ばしたまま移動している。

まるで水族館の魚たちが対流に乗ってゆっくり遊泳しているかのように。

すると

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カンカンカンカン、、、

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警報音が鳴り響きだした。

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古谷は窓から顔を離し、踏切の方を見る。

どうやら列車が近づいているようだ。

向こう側の遮断機の傍らには、塾帰りの女子学生が立っているのが見える。

やがてゴトゴトという地響きが聞こえてきた。

そして再び室内に視線を動かした彼はハッと息を飲んだ。

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室の角の闇に鎮座する巨大な黒い固まり。

そこから異形の者たちが、列車の接近に合わせるかのように次々吐き出されている。

青白く傷だらけの痩せ細った体をした彼らは引き寄せられるかのように、窓の方へと一目散に走る。

そして我先にと窓の一角に顔を寄せると、押し合いながら小屋の外を必死に覗きこんでいる。

その中には、昨日列車に跳ねられた初老の女性の顔もあった。

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彼らはどうやら踏切で待つ女子学生を見ているようだ。

そして野卑な笑顔を浮かべながら何人かは、まるで値踏みでもするかのように互いにひそひそと話し合い、何人かはあの学生に向かって嬉しそうに手を振っている。

彼女もそれに答えるかのように笑顔で手を振り、目前の遮断機を潜ろうとしていた。

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その様を見た古谷はあわてて窓から離れ、踏切へと走り出した。

そして手前の遮断機のところにたどり着いた時には、すでに女子学生は向こうの遮断機をくぐり抜け、線路に侵入していた。

間近に迫った列車が警笛を鳴らす。

古谷は遮断機を潜ると、咄嗟に女子学生を後ろに突き飛ばした。

そして耳をつんざくような不快なブレーキ音がしたかと思うと次の瞬間、

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ドン!

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鈍い衝突音とともに古谷の体は、壊れた人形が乱暴に投げ捨てられるように冬の夜空に舞った。

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fin

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