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古からの誘い 外伝<風子:中編>

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古からの誘い 外伝<風子:中編>

大学へ入学したばかりの三波風子と青井さくらは、友人の山田麗奈に誘われ彼女のアパートでたこ焼きパーティをやっていたが、途中でおかしな物音が聞こえ、そして麗美は怯えた表情でふたりに泊って行って欲しいと懇願した。

その理由は・・・

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◇◇◇◇

大学入学が決まり、父親と一緒にアパートを決めた麗奈は入学式に合わせ、四月の頭にアパートでの独り暮らしを始めた。

父親の知り合いの不動産屋が紹介してくれた部屋は、築二十年と少し古かったがセキュリティもしっかりしており、間取りも手ごろで女性の入居者も多いことから、麗奈は文句なくここに決めた。

吉祥寺という街もすぐに気に入り、誰にも干渉されない初めての独り暮らしは快適なスタートを切った。

夢中で自分の城を整え、自分の食べたいものを食べ、そして入学式の後、ぽつりぽつりと友達も出来始めた四月十日の夜だった。

その日は授業が終わると特に予定はなく、真っ直ぐアパートに帰ってシャワーを浴び夕食を済ませた。

そしてパジャマ姿でのんびり動画サイトを見ていた夜十一時過ぎのことだった。

カタン

何かが倒れるような小さな音がダイニングキッチンから聞こえた。

麗奈の部屋はダイニングキッチンと居室の間が凸凹ガラスの嵌め込まれた引き戸で仕切られているのだが、ガラスに何やら影が映っている。

ダイニングの照明は消えており、ガラスの向こうはよく見えないが誰かが立っているようにも見える。

泥棒だろうか。しかし独り暮らしを始めたばかりの麗奈はしっかり鍵とチェーンを掛けた記憶があり、そう簡単には侵入できるはずがないと思いながらも、顔を上げたその状態のまま固まり、じっとその影を見つめていたが、その影は全く動く様子がない。

そのまま十分も経っただろうか、しびれを切らした麗奈はゆっくりと立ち上がるとガラス戸へ向かって進んだ。

まだ影はそのままだ。

麗奈は大きく息を吸って一気にガラス戸を開けた。

ガラガラッ・・・

そこには誰もいなかった。

麗奈はすぐに玄関のドアを確認したが、ドアのロックもチェーンも掛かったままだ。

光の屈折の具合だったのだろうか。

ひとまず安心した麗奈は居間に戻るとガラス戸を閉めたがそこにはもうあの影はなかった。

長時間スマホの動画を見ていた為に目が疲れたのかと思い、麗奈は寝てしまうことにした。

心配だったため、ダイニングのガラス戸は開け放ったままにして、照明を消すとベッドに潜り込んだ。

普段の麗奈は一度眠りにつくと朝までぐっすり眠るのだが、その夜はなぜか夜中にふと目が覚めた。

部屋はカーテンを通して入ってくる外の光で真っ暗と言う訳ではないものの、暗く静まり返っている。

枕元の時計を見るとデジタル時計が午前二時十二分と表示しており、特にトイレに行きたいわけでもなく、なぜこんな時間に目が覚めたんだろうと思いながら寝直そうと寝返りを打った。

そして目を瞑ろうとした時、ちょうど目の前に先程ガラス戸を開けておいたダイニングが見え、そこに誰かが立っていた。

ダイニングにはアパートの通路に面した小窓があり、通路の照明が逆光となる形ではっきりと黒い影を浮かび上がらせていた。

ドキッとした麗奈は一度閉じかけていた目を見開き、その影をじっと見つめたが目の錯覚などではない。

間違いなくそこに存在している。

影は麗奈が目を覚ましたことに気がついたのだろうか、最初はじっと動かなかったその影が、やがてゆらゆらと揺れるようにベッドの方へ近づいてくるではないか。

そしてそのまま居室へと入ってくると、それまでは背後からの光によってシルエットしか見えなかった姿が、居室のカーテンから洩れ入ってくる光で見えるようになってきた。

それは女性だった。

胸まで届く長い髪と濃い色のワンピース姿で、フレアのスカートの裾を揺らすことなく滑るようにゆっくりと近づいてくる。

顔は俯いているためにはっきりとは分からないが、比較的整った顔立ちで美人だ。

しかしその青白い顔色に全く生気は感じられない。

幽霊だ!

咄嗟にそう思った麗奈は頭から布団を被り、身を固めた。

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***********

「そして、気がつくと朝だったの。明るくなった部屋の中を見回しても何も変わったところはないし、きっと夢だったんだって思ったの。その日の夜はものすごく不安だったけど、しばらくは何も起こらなくて、やっぱり夢だったんだって安心してたのね。」

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***********

しかしそれから一か月経った日の事だった。

その日は加入した演劇サークルの新入生歓迎コンパがあり、終電に駆け込んでアパートに帰って来たのは午前一時を過ぎていた。

普段はもう寝ている時刻であり、多少不慣れなアルコールが入っていたこともあってかなり眠たかったが、それでも寝る前に化粧を落としてすっきりしたかったためシャワーを浴びようと服を脱ぎ捨てるとダイニングの横にあるユニットバスへ入った。

眠気で火照った体に心地良いシャワーを浴びながら、ふと浴槽のカーテンの隙間から見えている洗面の鏡を見ると入り口の扉が十センチ程開いている。

閉め忘れたのかと思い、カーテンを開けて振り返るとおかしなことにドアはきちんと閉まっていた。

もう一度鏡を見るとやはりドアは少し開いている。

そしてよく見るとその開いている隙間から誰かが覗いているではないか。

「誰!」

変質者かと思い、麗奈はカーテンで体を隠しながら鏡の中のドアに向かって怒鳴った。

そして直接ドアを見るとやはりドアは閉まっている。

訳が分からず麗奈はしばらくそのまま鏡とドアを交互に見ていたが、ドアはぴったりと閉じたまま開く様子はなく、ドアに近寄ってみても外からは何の物音も聞こえない。

恐る恐るドアを少しだけ開けてみたが、照明の点いた誰もいない居室が見えるだけで人影はない。

少し安心して身体にバスタオルを巻き付け、ゆっくりと周囲に気を配りながらドアを開けて片足をドアから出した時、照明がついていない薄暗いダイニングの奥に立っている影のような存在に気がついた。

麗奈はすぐにそれが先月夢だと思っていた女性の幽霊だということに気がついた。

「ひっ!」

麗奈は大きな悲鳴を上げることも出来ずにその場で固まり、バスルームのドアノブに手を掛けたまま数秒間女と見つめ合う形となったが、その女がすっと麗奈の方に動いた瞬間、麗奈はたまらず浴室を飛び出した。

そして明るい居室に駆け込むと体が濡れたままなのにも関わらず、ベッドに駆け上がり布団の中に飛び込んだ。

頭まで被った布団の隙間から恐る恐る覗いて見ると、女は薄暗いダイニングからじっとこちらを見ている。

「やだ!あれは何?誰なのよ?」

再び布団をしっかりと頭まで被り、猫のように丸まって、体が濡れているせいもあってかガタガタと震えていたが、部屋の中では何も起こる気配はない。

女は消えてしまったのだろうか。

もう一度布団の外をこっそり見てみたかったが、万が一目の前に女の顔があったりしたら心臓が止まってしまうかもしれないし、何も着ていないため外へ逃げだすこともできない。

怖くて何も出来ないまま、布団の中で震えているうちにまた眠ってしまったのか、いつの間にか意識が飛び、気がつくと外から鳥の鳴き声と朝の喧騒が聞こえていた。

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***********

「私、毎日手帳に簡単な日記を書いているんだけど、その日は五月十日の深夜、つまり五月十一日だったの。それで、最初にその女を見た日の日記を見てみたら、それが四月十一日だったのよ。」

「ふうん、そっか。それで今日は六月十日。今夜、日付が変わるあたりで、またその女が出てくるかもってことね。」

さくらが不安そうな表情で麗奈にそう言うと、麗奈は申し訳なさそうに頷いた。

「さくらか風子のところに泊めて貰っても良かったんだけど、その女を見たのがまだ二回だけで、その二回とも十一日の早い時間って偶然かもしれないでしょ?だから一緒に確かめて欲しくて、たこ焼きパーティってことにしてふたりを誘ったの。ごめん!でもお願い!今夜は一緒にいて。」

拝む様に両手を合わせる麗奈に、さくらと風子は顔を見合わせた。

「どうする?風子。」

さくらの問い掛けに風子は何故か微笑んだ。

「私は泊ってもいいよ。確かにこの部屋には女の人の霊がいるけど、悪い人じゃないもん。」

「どうしてそんなことが判るの?」

麗奈が怪訝そうな顔をして風子を見つめると、風子はしばらく躊躇っていたがいつもの調子でゆっくりと話し始めた。

風子は物心がついた頃からこの世の者ならぬ存在の音や声を聞くことが出来た。

もともと内気な性格であったため、自分から積極的に他人と話をすることは少なく、自己主張もしない為、その能力が周囲に広まることはなかったが、家族や友達に空耳が多いと笑われることは日常茶飯事だった。

風子自身も、誰もいないところで声が聞こえればはっきりそれだと判るのだが、誰かと一緒の時は話し掛けられた声とこの世以外の者の声を区別できずについ聞き返したり、返事をしたりしてしまうこともあるが、何も言わずに無視されたと思われるのも嫌なので、困っているのも確かなのだ。

聞こえる物の怪の声は、単純に呼び掛けてくるものが最も多く、また事故現場などは言葉にならない唸り声が多い。

殆どの場合は呼び掛けてくるものを無視すれば何事もないのだが、こちらが聞こえていると判ってしまうと憑きまとわれることもある。

風子は誰に相談することも出来ず、それでも自分なりに対処する方法、無視するか逃げるだけだが、を身につけてきたと言って良い。

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「このアパートの階段を昇っている時から何かありそうな気がしていたし、部屋に入った時に声が聞こえたの。”あなた達は誰?”って。ああ、この部屋の地縛霊だにゃって思ったんだけど、特に敵意は感じなかったし、声が優しそうな感じだったから無視してたの。」

さくらと麗奈は風子の話を聞きながら部屋の中を見回している。

「何でこの部屋の地縛霊になっているのか理由は分からないけど、酷いことはしないと思う。単にここへ棲みついているだけ。そして多分、毎月十一日がその人の月命日じゃないかにゃ。」

「ふ~ん。」

結局、さくらと風子は泊ることになり、泊まる用意をしていなかったふたりは交代でシャワーを浴びると寝巻代わりに麗奈のTシャツを借りて麗奈が用意してくれた毛布に包まった。

時計を見ると午前零時を過ぎたところだ。

「どうする?このまま起きて幽霊が出てくるのを待つ?それとも寝ちゃう?」

さくらが麗奈に問いかけると、麗奈は困ったような表情で風子を見た。

「風子、どうしたらいいと思う?」

「どっちでもいいと思うけど、出なかったらつまんにゃいから寝ちゃおうよ。」

「そうね。」

風子の意見にふたりが同意すると、やはり怖いのだろう、麗奈は自分のベッドに、そしてさくらと風子はカーペットの上で早々に毛布を被って眠る体勢に入った。

「おやすみ~」「おやすみ」「おやすみにゃ」

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********

さくらはふと目を覚ました。

大きなクマのぬいぐるみを枕にして眠りについたのだが、やはり厚手とはいえカーペットの上で横になっていたため肩の辺りに軽い痛みを感じて寝返りを打った。

すると目の前で寝ていたはずである風子の姿がない。

枕にしていたアザラシのぬいぐるみと丸まった毛布があるだけだ。

トイレに行ったのかと思ったが、何処からか声が聞こえた。

「・・・・うん、わかった。」

風子の声だ。

顔を上げると麗奈の枕元の弱い灯りの中で、居室とダイニングの境目のところに風子がこちらに背中を向けて床にお尻をつけてぺたっと座っているのが見えた。

「風子?」

声を掛けると背後でごそっと人の動く気配がした。どうやら麗奈も起きていて風子に気づいているようだ。

よく見ると風子の肩越しにダイニングの床に風子と同じように座り、風子と向かい合っている女性の姿が見えているではないか。

その姿は麗奈の話にあった通り、長い黒髪に濃い目のワンピースを着た綺麗な人だ。

さくらにとって生まれて初めて見る幽霊ということになるのだが、おそらく目の前で風子が穏やかに話をしているからだろう、それほど強い恐怖を感じることなく、その姿を見ることが出来た。

ベッドの上の麗奈も風子の様子をじっと見守っている。

「うん。そうする。だから安心して。」

不思議に麗奈とさくらには幽霊の声は聞こえず、受け答えする風子の声だけしか聞こえない。

そしてしばらくして風子が立ち上がった。その前に女性の幽霊の姿はなかった。

「風子、大丈夫?」

立ち上がった風子に麗奈とさくらが声を掛けた。

麗奈が恐る恐るダイニングを覗いたが、女性の姿は何処にも見えない。

「うん。大丈夫。お姉さん、可哀そうな人だったにゃ。でも疲れちゃったから今は寝かせて。明日朝起きたらゆっくり話をするから。」

風子はそう言うとふらふらと自分の寝床に戻り、ぬいぐるみを抱きしめるようにしてすぐにすやすやと寝息を立て始めた。

何が起こったのか理解できない麗奈とさくらは顔を見合わせたが、これ以上起きていても仕方がないのでふたりとも横になると、風子の子供のような寝顔を眺めながらすぐに眠りに落ちていった。

◇◇◇◇ 完結編へつづく

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