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山奥の古びたガソリンスタンド

中編5
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山奥の古びたガソリンスタンド

その日朝はパッとしない天気だったんだけど、昼過ぎくらいからはうって変わって晴天になった。

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それで春休み中だった大学生の俺は400CCのバイクにまたがり、自宅アパートから軽快に走り出したんだ。

雲1つない空の下ひたすら北へ北へと走り進むと、午後3時頃には、なんと隣県の北端にある山の麓にまで至っていた。

山のあちらこちらに立ち並ぶ桜の木々は既に満開で、春真っ盛りという眺めだ。

そんな感じで左はガードレール右は山林という山道を調子良く走っていたんだけど、ふとガソリンが残り少なくなっているのに気づいた。

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─まずいな、、、

こんな山あいにスタンドとかあるはずないだろうしな。

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などと思いながらさらに走り続けていると、交差点が見えてきた。

赤信号で停止し何気に辺りを見ていると、対面の信号機横手の大木に大きめの木製看板がくくりつけてあって、「右折500メートル スタンドあります」と下手くそな手書き文字で書かれている。

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すると看板の背後に白いワンピースの女の子が旗を持って立っているのがチラリと見えたような気がしたが、改めて見た時には誰もいなかったから目の錯覚だったのかな?と思いながら俺は右折し、再び走り出す。

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その時だった。

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何処からかドーン!という物凄い破裂音がしたかと思うと微かに地響きを感じたので、俺は慌てて道路脇に寄ってエンジンを止めた。

それから少しの間その場でじっとしていたが、特にそれからは何もなかったから再び走り出す。

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地震だったのかな?と思いながら走っていると、道路挟んで右手の林に忽然と小さなガソリンスタンドが見えてきた。

ただ見るからに荒れた感じのスタンドで、コンクリートフロアの上を何故だか赤茶けた鶏が数匹うろちょろしている。

ここ、やってんのか?と少々不安な気持ちで道路を横切ると、中央にある給油スタンド横にバイクを横付けする。

エンジンを止めバイクを降りると、辺りを見渡してみた。

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1台しかない給油スタンドは錆び付いており、かなり年季が入っている感じだ。

その後方には古いプレハブ小屋があるのだが、ドア横の窓には中から白いカーテンがされていて、室内の様子はうかがいしれない。

小屋の前では相変わらず赤茶けた鶏が数匹、忙しなくうろちょろしていた。

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─誰もいないのかな?

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などと疑心暗鬼な気持ちでバイク横側に立ちそのまま待っていると、突然プレハブ小屋のドアが開いて中からのっそりと男が出てきた。

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汚れた紺の作業着姿のその男はまだ20歳前後だろうか、

身長はかなり低くて、多分俺よりも頭1つは小さいようだ。

そして顔面は赤黒く変色し部分部分ケロイドのように突っ張っていて、ちょっとたじろいだ。

男は俺の側まで歩いて来ると軽く会釈すると、上目遣いしながらニヤリと笑う。

開いた口内に並ぶ歯はまっ黄色で上の前歯がない。

「満タンで」と言うと、男は嬉しそうにしながらすぐに作業を始めた。

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目の前でてきぱき動く男の背後遥か彼方には、連なる山脈が微かに見える。

朱色の太陽はもう山の端近くまで降りてきていて、既に辺りは柔らかい陽光に包まれていた。

それから何気にスタンド後方のプレハブ小屋に視線を移した途端、ドキリとした。

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開け放たれたドア奥の暗闇に、人が二人立っている。

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母子だろうか。

白いブラウスに紺のスカート姿の細身の女と、その横にはさっき交差点で見た白いワンピース姿の幼い女の子。

二人はこちらをじっと見ながら満面の笑みを浮かべている。

ただその顔も手足も赤黒く変色していた。

俺は見てはいけないものを見てしまったような気分になり、思わず視線を反らした。

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給油を終え再びバイクにまたがりエンジンをかけると、俺はスタンドをあとにして再び道路を走り出した。

だが僅か100メートルほど進んだところで突然バイクが悲痛な音を発しながら減速しだして、さらに数メートル進んだところでとうとうエンジンが止まる。

それからバイクは、どんなにキーを回してもスロットルを回しても全く動かなくなってしまった。

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─ガソリンも満タンにしたというのに、いったいどうしてしまったんだろう?

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俺は首をかしげながら、しょうがないので路肩までバイクを移動する。

それからどうしたものかとその場に立ち尽くして途方に暮れていた時だ。

1台の軽トラが通りかかり側で停車すると、作業着姿の大柄のおじさんが降りてきて、「どうかしたのか?」と尋ねてくる。

事情を説明すると、おじさんは怪訝な顔をしながらこう言った。

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「そこのスタンドなら、去年の末くらいに無くなってしもうたはずなんやけどなあ」

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おじさんの意外な言葉に戸惑いながら、

「え?もう営業してないんですか?」

と言うと、おじさんは日焼けした顔で軽く頷き、続ける。

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「去年の始め頃だったな、あの場所にガソリンスタンドが建ったのは。

確か若い夫婦と幼い子供の3人で住み込みで営業しとったな。

わしはこの山の麓に住んどるもんやけどな、給油は近くにある馴染みのスタンドを利用しとってな、村の他の連中も皆そこを利用しとるんや。

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だからこんな山の奥まったところのスタンドなんか誰が利用するんやろうか?と思うとったんや。

そしたらやはり商売大変やったんやろうな。

下にある交差点に手書きの看板立てたり、子供さんとかはそこに立って旗振ったりして、家族総出でそら必死に頑張っとったみたいやな。

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そしたらな去年の末くらいに大雪が降った日があったんやけど、夜中にドカーンってそらすごい爆発音が聴こえてきたんや。

なんやろ?って女房と二人驚いて外に出てみると、山の中腹辺りからメラメラと青い炎があがっとってな。それからは消防車や救急車のサイレンが鳴り響いて、凄かったのを今も憶えとるわ。

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翌朝村の連中に聞いてみると、前の晩どういうわけか、あのガソリンスタンドが爆発して火があがったということやった。危うく山火事になりそうやったけど何とか消し止められたということでな、焼け跡からは店主と奥さん、それから女の子の焼死体が見つかったということや」

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一瞬で背筋が凍った。

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心臓の激しい拍動を感じる。

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俺は額から流れる生暖かい汗を拭うと、何とか声をしぼりだした。

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「い、いや、あの、でも、間違いなくさっきは、、」

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おじさんは気の毒そうな顔で俺の顔を見ると一度首を振った後、

「とにかく、このままでは、あんたも家に帰れんやろ。

麓にバイク屋があるから、そこまでこのバイクを運んでやるわ」と言ってくれた。

俺はおじさんに深々と頭を下げると、二人で軽トラの荷台にバイクを乗せる。

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それからおじさんの運転でバイク屋に行った。

バイク屋のオヤジは一通りバイクを点検すると、こう言った。

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「こりゃあ、エンジン系統が全部やられとるわ。

あんた、いったい何を給油したんや?

タンクに入っとるのはガソリンなんかじゃなくて、泥とか廃油みたいなわけのわからんやつや」

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オヤジの呆れた顔を見ながら、俺はただ呆然と立ち尽くしていた。

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@アンソニー 様
いつもコメントありがとうございます!

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