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マッチングアプリの女【partⅡ】

中編6
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マッチングアプリの女【partⅡ】

ここは都内にある大手食品会社A社の社員食堂。

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昼時ということもあって、広い食堂内は社員たちで込み合っていた。

縦に並んだ長テーブル真ん中辺りに若手男性社員4名が陣取り、ランチ定食を食べながら談笑している。

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早々に食事を終えた24歳営業部の上條が口を開く。

長身でイケメンの、男子女子両方の社員から人気の男だ。

「最近さあ、『ベターハーフ』とかいうマッチングアプリ始めたんだけどさあ。なかなか良い子いなくて」

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すると正面に座る同じ部署の男子社員が喋りだす。

「お前、派手めでスレンダーな女子が好みだったよな」

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「そうなんだよ。

リストの子は皆地味な女子ばかりでさあ。

まあ、真面目な婚活アプリだからしょうがないけどさ」

そう言って上條は苦笑すると、コーヒーカップを口に運んだ。

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ちょうど上條の真後ろの席には総務課の愛未が座っていた。

今どき珍しい分厚いレンズのメガネをかけた地味なタイプの彼女は、今年四十路になる。

痩せ型で融通の利かない典型的な陰キャタイプで、社内では密かに「お局様」と呼ばれていた。

彼氏はいない。

もちろん今まで全く交際の経験が無かったというわけではなかった。

数人の男性とお付き合いしたことがあるのだが、長続きしないのだ。というのは彼女は異常に独占欲と嫉妬心が強くて、そのせいでいつも相手の男の方から別れを告げられてきたのだ。

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愛未は先ほど上條が言っていた「派手めでスタイルの良い女子が好み、、、マッチングアプリ『ベターハーフ』、、、」という言葉を数回小声で反復していた。

というのは彼女は、15以上も年下の上條に対して恋愛感情を抱いていたからだ。

愛未は年齢に似合わずアイドル好きで、年下の可愛い男性が好みだったのだ。

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愛未はその日自宅アパートに帰るとさっそくパソコンを開いて、「ベターハーフ」というマッチングアプリをダウンロードした。

そして必要な登録条件を入力していく。

住所は同じ地域の別の町に、氏名は適当に、そして年齢は39ではなく、上條と同じ24歳と入力する。

それから相手に求める条件などを入力した後、最後はいよいよ顔写真を入れるところにきた。

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彼女は立ち上がり化粧台の前に座るとメガネを外し、念入りに化粧を始める。

美術系の専門学校を卒業した後しばらく化粧部員の仕事をしていた経験もある彼女は、その気になればハリウッドの特殊メイクばりに化粧は上手だった。

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そして小一時間かけて愛未は別人のように様変わりした。

上條が好みと言っていた派手めな美人タイプに。

氏名は白鳥凉子にした。

恐らくこのまま会社に行ったとしても、社員の誰も気が付かないだろう。

彼女はスマホで数枚自撮りをすると、一番艶やかで派手めな感じのものをアプリに登録した。

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─ふふ、、これで後は上條くんが、彼好みのタイプに様変わりした私を選んでくれるのを、ただ待つだけね。

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愛未はニヤニヤとしながらパソコンを閉じた。

彼女には選ばれる自信があった。

というのは普通お付き合いをする相手を探す場合、誰もが出来れば同じ地域に住む人を選ぶであろうし、そうなると、上條と同じ地域で彼の好みに沿った容姿と年齢の愛未が選ばれる確率はぐんと上がるはずという目論見があったからだ。

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反応は2日後にあった。

愛未が会社を終えアパートに帰ってパソコンを開き、アプリを起動すると、いきなり「マッチング希望の方がいます」というメッセージが目に飛び込んできた。

慌てて確認すると、3名の男性の顔写真とプロフィールが並んでいる。

その一番上に上條の顔写真があった。

愛未は他の2人には目もくれず、上條の自己ピーアールを見る。

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─スポーツ観戦とカラオケが趣味の、いつもポジティブな男性です。白鳥さんは僕と同じ地域に住んでおられるようですね。もし宜しければ一度お会いしませんか?

お返事お待ちしてます!

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愛未はすぐに了承のメッセージを返信した。

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それから愛未(白鳥凉子)と上條は数回のメッセージのやり取りの後休みの日に直接会い、一緒に食事をすることになる。

それまでに愛未はメガネをコンタクトに変えた。

そしてデートの日は、出来るだけ体のラインが目立つワンピースを着て出向く。

もともと痩せ型だった愛未には、なんの問題もないコーデだった。

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そして最初のデートは無難に終わる。

本来陰キャな愛未は、上條と会っている間は無理をして明るくポジティブに振る舞うようにしていた。

上條は、愛未が作った仮想の女である「白鳥凉子」にぞっこんになってしまったようで、帰り際に次のデートの約束まで取り付けてくれた。

それから数回のデートを経て、2人は正式にお付き合いすることになった。

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ここまでは順調に進んできた愛未だったが、彼女の心は穏やかではなかった。

それはまずプロフィールを偽っているということ。

特に容姿と年齢が実際とかけ離れていた。

いつかばれるのではないか?と彼女は気が気ではなかった。

体の関係も頑なに拒んでいた。

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そして何よりも彼女の心を悩ませていたのは、所詮上條がぞっこんになっているのは「白鳥凉子」という愛未が作った仮想の人物であり、愛未本人ではないということ。

もちろん会社に行く時彼女は、いつものメガネをかけた地味な本来の姿で出かけるようにしていた。

だが上條と会う時は、「白鳥凉子」という女を完璧に演じなければないのだ。

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そして愛未に異変が生じ始めたのは、上條とお付き合いを始めてから一月ほど経ってからだった。

その頃の彼女は会社にいる時も家にいる時も気持ちが落ち着かず、精神は常に不安定になっていた。

原因は分かっていた。

白鳥凉子だ。

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最初は単なる空耳の類いかと思った。

だが少しずつそれは、はっきり自己主張しだすようになる。

何か物事を決めるとき、心の中に住む「白鳥凉子」という別人格がいちいち口出ししてくるのだ。

仕事中もスーパーで買い物する時までも、あの白鳥の甲高い声が聞こえる。

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「それはダメだよ、止めときなよ」

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「こっちにしなよ」

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「それ、私の好みじゃないし」

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挙げ句の果ては愛未の人格を否定するような声も聞こえだす。

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「だからあんたはいつまで経ってもダメなのよ。

だいたいあんたさあ、、、」

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仕事中パソコンの前で愛未は両耳を塞ぐと、

「うるさい!だまれ~!」と叫び、上司から睨まれたこともあった。

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そんな状態で望んだ、上條とのデートでのことだった。

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その日は午後から曇り空の下、隣町のとある商店街の歩道を二人、ウインドウショッピングをしながら歩いていた。

もちろん愛未は、いつもの白鳥凉子の容姿と服装をしている。

可愛いフリルをあしらった白いワンピースだ。

日曜日ということもあり、通りはカップルや家族連れが多かった。

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「お腹空いただろう。そろそろランチでもしようか?」

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と上條は何気に隣を見る。

だがそこには白鳥の姿がない。

慌てて彼は立ち止まると、辺りを見回した。

すると10メートルほど後方にある電信柱の脇に、彼女がうつむきながら立っているのが視界に入る。

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不審に思った上條が「どうしたの?」と笑いながら歩き近づく。

そして下方から白鳥の顔を覗き込む上條に対し、彼女はうつむいたまま、何やら同じ言葉をブツブツと繰り返していた。

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「アンタニハワタサナイ、、ゼッタイニ、、アンタニハワタサナイ、、ゼッタイニ、、」

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白鳥の意味不明な言葉に首を傾げる上條を前にして、彼女は突然天を仰ぐと叫んだ。

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「あんた何言ってんの?

彼は私のものだから!」

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すると彼女はバッグから包丁を出し両手に持つと「ここにいるんでしょ?」と言っていきなり腹部を刺した。

白いドレスはあっという間に血に染まり、辺りは騒然となる。

必死に止める上條をよそに、彼女は何かに憑かれたかのように「ここ?ここ?ここなの?」と叫びながら狂ったように腹部や胸部を刺し続ける。

そしてやがて包丁を落とすと、彼の腕の中でぐったりとなった。

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「凉子~!、おい凉子~!しっかりしろ!」

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多くの野次馬に囲まれ、白鳥を抱き抱える上條の泣き叫ぶ声が、梅雨入り前の陰鬱な空にむなしく吸い込まれていった。

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fin

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