長編17
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寄稿文

『帝昭大学合気道部現役部員のみなさん、日頃の稽古お疲れ様です。

そしてコーチ、いつも後輩部員の指導ありがとうございます。

55期卒OBの宮地です。この度は第37回合気道部OB総会に寄稿の場をいただいたことに感謝いたします。

卒業後仕事を始めると時の流れが早く感じるもので、いつまにか、私も先日30歳の誕生日を迎えました。

これを機に運動不足の身体に活を入れるため、私も合気道を再開したいなと思うのですが、仕事の傍らだとなかなか稽古の時間を取れないものです。

現役部員のみなさんは、稽古に没頭できる今の時間を大切にしてください。必ずみなさんの財産になります。さて・・・』

このような寄稿文が封入された封筒が届いたのは、先週のことだった。

僕は部活の主務としてこういったOBとのやりとりを一任されているのだが、宮地というOBは記憶にない。

そこで面識のある若手OBに連絡をとってみたが、宮地という人は知らないという。

そういえばあそこにと、部室の奥に仕舞われた古い名簿を確認してみたのだが、その名簿にも55期卒に宮地という名前はない。

いったい、この宮地という人物は何者なのか。

勝手な憶測で男だと思っていたが、あるいは女の可能性もある。

僕は宮地という謎の人物(以下、宮地先輩という)に、いたく興味が湧いたのだった。

なので、いっちょ会いに行くことにした。

が、あいにくにも手紙に記された住所は県外であった。

問題無い。障害と言える程ではない。

僕は手紙に記載された住所をもとに新幹線を乗り継ぎ、

やがては宮地先輩が生息する土地に辿り着いた。

探しに探して、目当ての住所を見つけたには夕刻だった。

そこには廃墟ホテルがポツンと建てられていた。

その壁面の白けたコンクリートには、ところどころが植物の蔓に覆われていた。

胸騒ぎを丹田に落とし込みながら玄関の敷居を乗り越えていく。

「宮地センパーイ!帝昭大学合気道部の者ですー!いらっしゃいますかぁー!?」

予感はしていたが、返事はない。

随所で砕け落ちた壁の破片。

どこから入ってきたのか木片。

人の住んでいる様子はない。

夕陽が暮れて、視界も暗くなってきた。

心細い。背筋が寒い。

浪漫の終わりはこんなものか。

しかし帰路に踵(きびす)を返す前にやらねばならぬことがある。

それはいわばマーキング。

だがカラースプレーで「帝昭合気道部参上」などと壁を汚すような下品な真似はしない。

僕には崇高な趣味がある

それは・・・

僕はおもむろにリュックを薄汚れた床に下ろし、道着と袴を取り出して着替え始めた。

白い道着に袖を通し、黒帯を締め、最後に袴を履いて

「さて・・やるか・・・」

・・・それは、

「廃墟・廃寺・廃神社で合気道の独り稽古をする」

というものだ。

恐怖の環境下で鍛錬することで、より技は磨かれるはずだという理念である。

そして、あえて床には何も敷かない。

それが僕のこだわりだ。

無論道着は汚れるが、それが勲章のようで愛おしい。

彼は壁際に立ち、受け身の構えを取る。

「帝昭大学〜!! 合気道部〜!! ふ〜!!」

・・・そして僕は気合を発しながら後ろ回り受け身を始めたのだった・・・

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・・・さて、彼の美しい後ろ回り受け身から遡ること2週間前・・・

『・・・しかしながら、私から現役の皆さんに要望したいことがあります。

みなさん、師範の道場に通う回数が少ないのではないですか?

私の頃と比べて今の学生達は大変忙しいことかと思いますが、積極的に道場に通うようにしましょう。

私達の時代では毎日のように稽古をしたものです。

このままでは伝統ある京和大学合気道部の・・・』

寄稿文をここまで書いて、俺はいったんパソコンのキーボードを打つ手を止めた。

俺には趣味がある

それは・・・

「無縁な大学の合気道部に、OBと偽り総会等の寄稿文を送りつける」

というものだ。

なぜ合気道部か?真面目そうだからだ。

架空のOBからの手紙に真剣に悩んでくれそうじゃないか。

それに数ある武道・格闘技のなかから合気道をチョイスするのは、そこそこ変わった奴に違いないのだ。

真面目な変人を振り回すのは実に愉快である。

しょせん俺は、ボロいアパートと、陰険な連中がはびこる職場を車で往復するだけの人生だ。

ど田舎だから夜に遊びに行くところもない。

これくらいの悪戯をしても神様は許してくれるさ。

ちなみに名前は本名の「宮地」を使うのが俺のこだわりだ。

スリルがあって良い。

・・・そんなある日のこと

オカルト好きで名の知れた同僚が、聞いてもいないのに近傍の心霊スポットの情報提供をしてきた。

なんでも俺の家からそう遠くない距離に、恐ろしい老人の幽霊がでる廃墟ホテルがあるのだそうな。

場所を聞いたら人の住んでいると思えない峠道の脇あるのだという。

ご丁寧に正確な住所まで教えてくれた。

・・・くだらないなぁ。

俺には廃墟巡りより崇高な趣味があるのだ。

その日の仕事からの帰り道、車中で趣味のことをあれやこれやと考える。

さて、京和大学宛の手紙は昨日投函したし、

次はどこの大学合気道部に手紙を書こうか。

帝昭大学あたりがいいなぁ。

歴史ある大学だからOBの数も多いだろう。OBのひとりとして紛れるには丁度いい。

最近は調子が良いから今週中にも投函できそうだな。

しかし、送り主の住所はどうしたものか。

もちろん本当の住所は書けない。

・・・そうだ、さっき教えてもらった廃墟ホテルにしよう。

家から近いことには抵抗感あるが、別に俺の住所がそこからバレるわけじゃない。

そんなことを考えているうちに、車は峠道にさしかかった。

そういえば、例の廃墟ホテルはこのあたりにあるはずだな・・・

ふと、妙なものが道路に落ちているのに気づいた。

俺は思わず車を停めて下車し、落ちている物体に歩を進める。

靴が一足・・・

別に、道路で靴が落ちていること自体は、そう珍しいことではない。

だが、その靴はどうみても新品なのだ。

どこのおっちょこちょいが落としたのだろう。

不思議なこともあるものだ。

単なる好奇心で靴で近づいたが、別にこの靴を持って帰る趣味はない。

俺は車に戻り、再び帰路に着いたのだった。

・・・それからしばらく日が経ってからのことだ。

いつものように、つまらない仕事から帰宅した俺は、ボロアパートの玄関を開けた瞬間に違和感を覚えた。

和風出汁の良い香りが部屋の中からゆらりと鼻をくすぐったのだ。

どういうことだ?・・・おふくろ・・来たのか??

しかし部屋の中は電気もついておらず、もぬけのから・・

薄明かりのなか、居間のテーブルの上に見慣れぬものがある。

「鍋」。

そこそこ大きい。こんな鍋はわが家にない。

なんだ?気持ち悪い。こわい。

警察を呼ぶべきか?

いや、もし身内の誰かの仕業なら多方面に迷惑がかかるしな・・

とりあえず鍋の中身を確認してから判断しようか・・・

仕方なく、男は部屋の電気をつけて、時計の秒針のようにゆっくりとした歩みで鍋に近づく。

猫の死骸とか入っていたらどうしよう。

色々な悪い予感が頭をもたげる。

・・・いや、動物の死骸どころか、生きているナニカの可能性もあるよな?

男は 鍋の中身が襲ってきても対処できるような間合を取りつつ、腕を伸ばして鍋蓋の取手をつかむ。

そして後ろに跳ねつつ、パッと蓋を開けた。

襲っては来ない・・・

再度、鍋に近づき中身を覗く。

おでん・・・

牛すじ、はんぺん、大根・・・旨そうではある。

だが、実家のおでんは関東風だ。牛すじは入らない。

・・・こいつは「イレギュラー」だ。

おふくろじゃない。

いったい誰が・・・

その後、ベッドの下や天井裏など隅々まで家探しをしたが、不審人物はいなかった。

さて、この状況どうしたものか。

とりあえず落ち着こう。

よし 酒だ。

冷蔵庫から日本酒と米焼酎を取り出す。

それをジョッキにと1:1の割合でなみなみと注ぎ、氷をぶちこみ、グイッと一飲みで空にする。

宮地オリジナルブレンドだ。

瞬時に胃は熱くなり、脳はアルコールにとろけていく。

・・・ああ、ちくしょう。もう怖いものなんてねえぞ。

男は台所からオタマを持ち出し、おでんのスープを啜った。

「う・・旨い!!これはたまらん!!」

ジョッキに再び宮地オリジナルブレンドをこしらえ、おでんを肴に独りで宴を始める。

牛すじ旨い。

大根ほろほろやさしい。

餅巾着ありがたい。

酒はどんどん、すすんでいく。

男は思う。

俺は部屋の侵入者を不審人物だと思っていたが、これは違うんじゃないだろうか。

こんな旨い鍋をもたらしてくれる人物は素晴らしい人だ!!

(※そんなわけはないのだが、変わり映えのない生活と嫌いな仕事に精神を蝕まれていた彼は、酒と現実逃避を追い風に、劇的な浪漫思考に飛び込んでしまったのだ。)

そして男は決意した。

「・・・そうだ 会いに行こう」

鍋の作り主のアテもなく外に出ようと玄関に行くと、先程は気付かなかったが、自分のものではないスニーカーがある。

しかも、片方だけ・・・

これは・・・そうだ・・・峠で見た・・・

「ああ・・・廃墟・・・そこで俺を待っているんですね・・・」

彼はそのスニーカーをやわらかに拾い上げると、いとおしげに撫でながら峠へと歩いて行った・・・

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・・・さて、

こうして彼の人生の黒歴史がその時動いたわけだが、

それから遡ること数日前のこと・・・

とあるスポーツショップで、若い女が安売りセール中の運動靴を物色していた。

「今回は何を作ろっかなぁ・・そうだ!おでんがいいわよね!!」

・・・アタシには趣味がある。

それは料理。

特に最近は鍋をこしらえるのにハマっている。

秋が近づいてきて少しずつ冷えてきた今日この頃、

夕飯がほっかほかの鍋なら最高よね。

そんなアタシの鍋作りには、こだわりがある。

・・・それは手の込んだ下準備にある。

まずは新品の靴を調達。

それを一足、片方だけ交通量の少ない車道に置いておく。

初日は綺麗だが、翌日以降、車に踏まれて段々と黒くなっていく。

その様を眺めるているのもまた料理の醍醐味だ。

それだけで時間が経つのも忘れる。

もちろん、それで終わりではない。あくまでこれは釣り餌。

稀にだが、この餌に興味を持った者が近づき、まじまじと興味深げに餌を観察するのだ。

その瞬間から、そいつは私の獲物となる。

・・・今回は安物のスニーカーを購入した。

ちゃんと自分の足のサイズに合致したものを買うことにしている。そのほうが趣深いから。

ちなみに餌を置く場所は毎回変えている。

このスニーカーは、とある峠道に置くことにした。

特別ここを選んだ理由はないが、

ちょうど良いことに、道路を観察しやすい位置に廃墟ホテルが建っていた。

そこで廃墟の2階の窓辺から、心を躍らせながら獲物が餌に食いつくのを待った。

獲物が現れたのは靴を置いてすぐのことだった。

まだ靴は一度も踏まれていない。

心の中で軽く舌打ちをした。

いつもならあまりに早く獲物がかかった場合、

あえてその獲物は見逃し、ある程度まで靴が汚れるのを堪能することにしている。

しかし、この廃墟の中は、

誰かに見られているような、なにか気味の悪さを感じるため長居する気になれない。

どうやら場所の選定を誤ったようだ。

渋々ではあるが、あの獲物で妥協することにした。

獲物は30代前半くらいの男。

おあつらえ向きに仕事帰りのようだ。

アタシは、気付かれないように獲物を家までストーキングした。

家の玄関に入るところまでしっかり見届けることが肝要。

アパートで、おそらくは一人暮らし。当たりだ。

あの部屋で鍋を作ろう・・・

・・・独り者の家に、家主不在のあいだに入り込み、料理をする。

それがアタシの崇高な趣味。

・・・ある日の昼下がり

アタシは鍋の具材と土鍋を詰め込んだリュックを背負い、彼の部屋に入った。

入室にあたり、別に犯罪じみたことはしていない。

このあたりは田舎なので、

アパート内に住む老いた大家さんに

「アタシ、彼の婚約者なんです」

などと言うと、たいていは鍵を開けてくれるのだ。

そして今回も、その例に漏れなかった。

アタシは玄関で丁寧に靴を脱ぎ、部屋にお邪魔する。

・・・そして釣りで使わなかった、もう片方のスニーカーを玄関に置かせてもらった。

片方は獲物らに踏ませ、もう片方はアタシの料理を見守ってもらう。

両方にちゃんと役割を与えてあげるのもアタシのこだわり。

さて、彼が帰る前に、美味しいおでんを作らなくちゃ!

この料理は自分のためだけど、

だからといって、いや、だからこそ、味で妥協はしたくない・・・

したくないんだ・・・

・・・そしてアタシは作った。

納得の一品を。

満足したアタシは調理器具を洗い、撤収に取り掛かった。

鍋は置いてくのかって?迷惑賃がわりだわ。くれてやる。

部屋を出る間際、テーブルの上におでんの鍋を置いた時、妙な手紙を見つけた。

色々な大学の合気道部宛の寄稿文だ。

「・・・あなたも 良い趣味を持っているようね・・・」

女はニタリと笑い、部屋を出て行った。

女はすっかり愉快になったのだろう。

玄関に置いていた片方だけのスニーカーを拾うことをうっかり忘れてしまったのだから・・・

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・・・男の部屋を出たあと、女は自宅の鍵がポケットにないことに気付いた。

男の部屋では無い。出る前に証拠を残さぬよう、髪の毛一本も残さず回収してきたのだから。

「となれば・・・あの廃墟ホテルね・・・」

すでに日も傾いているし、廃墟に着く頃には暗くなっているだろう。正直怖いが、家の鍵がそこにある可能性が高い以上そうも言っていられない。

やむなく女は廃墟に向かう。

・・・着いたときには案の定、周囲は真っ暗。

廃墟の雰囲気も不気味さが増して昼間とはまるで別物だ。

それに昼間は趣味ブーストがかかっていたから恐怖感も少し麻痺していた。

しかしいまは忘れ物を取りに来ざるを得ない否応なしの状況のためシラフである。

ともあれ、仕方なく女は携帯のライトで足元を照らしつつ、恐る恐る廃墟の中へ入っていくほかなかった。

昼間では、2階の窓辺から峠の道路を観察していた。

おそらくその辺りに鍵は落ちているだろう。

記憶を頼りに、すぐに2階へあがる階段を見つけた。

そして、まさに最初の一歩を階段に乗せたときだった・・・

「ヴォォォォォォォ!!!!」

突如、獣のような咆哮と、床を激しく踏み込んだような大きな足音が廃墟中に響き渡った。

「ひぃ!!」

女は思わず、悲鳴をあげた。

すると、雄叫びはピタリと止まった。

急にあたりは元の静寂に包まれる。

な、なんだいまのは。

得体の知れない何かがこの廃墟にいる・・・

女は呼吸を止めて、周囲に意識を集中した。

ひたっ・・ひたっ・・ひたっ・・・

来ている。

なにかの足音が、こちらに近づいて来ている・・・

間違いなく、先ほど咆哮をあげたやつに違いない。

女は血が凍る思いがして、2階へと駆け上がった。

鍵を!はやく鍵を見つけないと!!

2階に着くと、すぐに階段脇の部屋に入った。

昼間に自分が入った部屋のはずだ。

窓辺へと近づいてライトで周囲を照らす。

すると、ちょうど昼間に自分が道路を観察していた辺りの床に鍵は落ちていた。

女はすぐさま鍵を拾い上げ、部屋の出口のほうへ振り返った。

・・・全身が総毛立った。

身の丈は六尺七寸(約2m)を超えるであろう、道着に袴姿の大男が部屋の扉の前に仁王立ちしていた。

時が止まったかのように、一瞬の沈黙が流れた。

が、男はグニャリと歓喜の表情を浮かべ、

そして大口を開いて・・・

「センパイ  イタァァァァァ!!」

ゲヒャゲヒャ笑いながら女に駆け寄ってくる。

「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」

女は張り裂けるような悲鳴をあげて逃げまどう。

運良く男の横をすり抜けて扉の前に来ることができた。

廊下に出て、すぐに階段を駆け降りる。

が、残酷にも後ろから

ダンッダンッダンッ

と男が追跡してくる音が聞こえる。

恐ろしい。

女は男がどこまで迫っているのか不安に駆られた。

そして、つい後ろを振り返った瞬間、女はあと地上まで数段というところで、階段から足を踏み外してしまった。

女は踊り場に身体を強く打ちつけられた。

すぐに身体を起こそうとするが、全身に激痛が走り、思うようにいかない。

逃げないと・・・逃げないと・・・

ジャリ・・・

近くで地面を擦る音がした。

男は女のすぐそばにいた

倒れた女がなんとか顔を見上げると、目線の先にはギラリと光る白刃があった。

・・・道着姿の男の手には、短刀が握られていた。

道着男「ミヤジセンパァイ タントウドリ ヤリマショォォォ!!」

道着男は声を張り上げた。

だが、女は身体を動かせないまま喚くことしかできない。

鍋女「ひぃ!!あなた誰よ!それにアタシはミヤジなんて名前じゃないわよ!?」

道着男「トボケナイデクダサイヨォ コンナトコロニ ミヤジセンパイ イガイニ ダレガイルンデスカァ」

男は女に手を伸ばす。

もう駄目だ・・・女は死を覚悟した。

しかし、まさに男の手が女に触れようというその瞬間・・・

❔❔「待てぇぇぇぇぇい!!!」

廃墟に新たな漢(おとこ)の雄叫びが響く

道着男と鍋女は声の方を振り向いた。

そこには身の丈が五尺三寸(約1.6m)はあろうかという中背男が立っていた。

そして、なぜか女物のスニーカーを一足、大事そうに手に抱えているではないか。

その靴男は酔っ払いのような、よたよたとした足取りで男女に近づく。

そして、おもむろに彼等の足をまじまじと眺めるのだ。

「ナ、ナニ ジロジロ ミテルンデスカ・・・」

道着男も突然の乱入に戸惑っているようだ。

デカい図体の割に、案外小心者なのかもしれない。

靴男は、おもむろに道着男の裸足にスニーカーを当てがった。

当然ながら道着男の足には入らなさそうである。

靴男「ちがう・・・・・」

そう呟き、次に鍋女の足を眺めた。

そして、何の断りもいれず鍋女の靴を脱がし、道着男にしたように、スニーカーを当てがった。

・・・スニーカーはぴったりと鍋女の足に収まった。

すると靴男は鍋女の顔を満面の笑みで見やると・・・

靴男「みつけたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

鍋女「ぎゃああああああああああ」 

鍋女は逃げ出したいが、階段から転倒したダメージはかなりのものだったらしく、やはりまだ動けないのだった。

靴男「あなたを探していたんですよぉぉぉ」

鍋女「あなた誰よ!アタシは、あなたなんか知らな・・・」

その時、鍋女は靴男の顔にハッとした。

思い出した。

こいつ、アタシの獲物だった奴・・・

そんな・・・この状況はアタシが巻いた種だったのね・・・

鍋女は観念した。

靴男は鍋女に手を伸ばす。

これでおしまいね・・・

女は死を覚悟した。

しかし、まさに男の手が女に触れようというその瞬間・・・

パシッ!!!

これから行われるであろう蛮行を制するように、

漢・道着男が、靴男の手首を力強く掴んだ。

靴男「・・・なんだぁ?テメェ?」

道着男「この人は、僕が先に見つけたんですよ?」

靴男「・・・上等だ!!」

靴男は、道着男のみぞおちに思い切り肘打ちをくらわした。

道着男は苦悶の表情を見せたが、すぐさま体格差を利用して靴男のベルトを掴み、投げ飛ばした。

しかし、靴男もまた、すぐに立ち上がり道着男を睨みつける。

鍋女はそのやりとりを呆然と眺める

鍋女「こ、これは・・・・」

二匹の雄が互いの持てる力を振り絞りぶつかり合っている。

各々が探し求めた女性のために。

・・・そう、自分のために。

鍋女「良い・・・」

女は、男達が自分をめぐり争っている状況に愉悦を感じた。

女の妄想は加速していく。

きっとこの闘いは、どちらかが命を落とすまでは続くのだろう。そして勝者はアタシというトロフィーを手にしたなら、毎日アタシの作る鍋に舌鼓を打たされるのだ・・・

ダメ!!毎日なんて!!そんなの困るわ!!!

鍋女「ふたりともやめて!!アタシで争わないで!!」

老人幽霊「無駄じゃよ。あやつら聞く耳をもっておらん。」

鍋女「くっ、それなら身体を張るまでだわ!!」

道着男は手刀、靴男は頭突きを互いに放つ。

まさにその攻撃が交差する刹那・・・

身体の痛みはどこに去ったのか

鍋女は脱兎の如き素早い動きで、道着男と靴男の間に飛び込んだ。

道着男・靴男「「 なっ!? 」」

男達は攻撃を止めようとしたが、勢いづいてしまった手刀と頭突きは、女の身体に浅浅と打ち込まれてしまった。

それはデコピン程度の衝撃であるはずだが

鍋女「うぐ・・」

・・・なぜか女はその場で崩れ落ちた。

男達は数秒唖然としたが、すぐに我に返った。

そして男達は跪き、女の顔を気遣うように覗き込んだ。

靴男「なんで・・こんなことに・・・」

道着男「そんな・・せっかく会えたのに・・・」

男達は目を赤くして泣いた。

涙が頬を伝って地面にポタリと落ちる。

すると、女はかすかに目を開いて男達に語りかける。

鍋女「いいのよ・・アタシのために争うところなんて・・見ていられないわ・・・」

女は、優しげに微笑んだ。

その顔は、どういうわけか満足気であったそうな。

道着男「・・起きて・・起きてくださいよ・・僕と短刀取りの稽古するんでしょ・・・宮地先輩・・・」

かすれるような声が、道着男の口からこぼれ落ちる。

その途端、靴男が道着男に顔を向ける。

靴男「え? 宮地って俺だけど・・・」

道着男「え?」

靴男「え?」

鍋女「え?」

道着男「・・あの・・・これ・・・」

道着男は懐から寄稿文の書かれた手紙を取り出した。

靴男改め寄稿文男「あー、これね。俺が送ったやつだわ。あ、だから君ここにいるのか。なるほどね。いや、騙してごめんだわ。」

道着男「な、なんでそんなことを・・・」

困惑する道着男。

寄稿文男「そうだな・・これは俺の・・崇高な趣味なんだよ・・・」

達人は達人を知るという。

また同様に変人は変人を知るのだ。

道着男は、その言葉の意味を瞬時に察した。

道着男「そうでしたか。

実は僕も人に言えない趣味を抱えているのです。

それは廃墟で合気道の稽古をするというものですが、内容の差異はあれど、あなたは同志だったのですね・・・」

ここで鍋女は先程のダメージが無かったかのように、

悠然と立ち上がり、そして鷹揚に語りだす。

鍋女「アタシもまた 見ず知らずの人に靴を踏ませ、その人の家で鍋を作ることを生き甲斐にする変態女よ。

けれど誰かの作った趣味に自分が合わせる必要なんてないわ。

千人いれば千の顔があるように、本当の趣味というものは人の数だけあると思うの。

唯一に、自分だけがもつ趣味・・・

それこそが真に自分を活かすことができる、

崇高な趣味と言えるのではなくて?」

静まりかえる廃墟のなか

その日、偶然に巡り合った男女らは厚く抱擁しあった。

いつまでも・・・いつまでも・・・

separator

それから数日後・・・

とある大学の合気道部に手紙が届いた。

『明誕大学合気道部現役部員のみなさん、日頃の稽古お疲れ様です。32期卒OBの宮地です。

さてみなさん、師範の道場には通われていますか?

部員同士の稽古は楽かもしれませんが、マンネリしてきていませんか?

道場で黒帯の人達と稽古をすることは大変かもしれませんが、技術の幅も広がるというものですよ。

もし、いきなり師範の道場に行くのが怖いのであれば、

いちど私の所属する合気道同好会に遊びに来ませんか?

もし興味があれば〇月×日、場所は〇〇県△△市××に来て下さい。

精神錬磨のため、あえて廃墟ホテルのようにしておりますが、ぜひぜひ勇気をもって入ってきてください。

そして稽古の後は美味しい料理をみんなで食べましょう。

シェフも腕を振るうと息巻いています。

その料理というのも、それはそれは美味しい鍋でして・・・』

Concrete
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