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取り憑かれた電車運転士の話

中編5
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取り憑かれた電車運転士の話

仕事を辞めて今日で一週間が過ぎた。

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家からは一歩も外に出ていない。

というか出れないんだ。

アパート室内の全てのドアというドアそしてカーテンを閉め、暗闇の中6帖1間の部屋の隅っこで体育座りをして、日がな過ごしている俺。

すると、

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shake

ガタッ

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右側からいきなり聞こえた物音に驚き、慌ててそちらへ視線を移す。

閉めきったカーテンの隙間から、女の怯えた白い顔が見え隠れしている。

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「ひっ!」

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一瞬で全身が凍りついた。

恐ろしくてたまらず目をそらし、再び見た時には女の姿はなかった。

どうしてこんな風になったんだろう?

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思い返したら、それは一月前にさかのぼる。

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俺は、とある私鉄沿線の電車運転士をしていた。

元々鉄道が大好きで、高校卒業後、迷わず地元の鉄道会社に就職したんだ。

憧れの職業だったから、毎日懸命に働いたよ。

そして8年目にして、電車運転士になれたんだ。

責任のある大変な仕事だったけど、休まず頑張ってきたよ。

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ただそれも一月前の4月頭のある日までだった。

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その日は朝から弱い雨が降ったり止んだりを繰り返していたじめじめとした天気だったな。

確かラッシュ時も過ぎた午後8時頃のことだ。

俺はいつもの如く電車先頭の運転室に座ると、S駅を出発した。

次のH駅までは約8分。

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目前の広い窓を覆う漆黒の闇を電車の強烈なライトが引き裂いていく。

光の中を次々左右に流れ行く景色に意識を集中しながら、俺は慎重に運転操作をしていた。

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やがて最初の緩やかなカーブを過ぎると、通過駅であるM駅がポツンと視界に入ってきた。

俺は少し速度を落とすと同時に時計に目をやる。

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─20時5分。

全く問題ない、全てが予定通りだ。

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一息つき再び窓に目をやると、前方にM駅ホームの様子が見えてきた。

白い灯火に照らされたコンクリート造りの構内に、人影は疎らのようだ。

ふとホーム先頭を見ると、白っぽいワンピースの女が白線辺りにポツンと立っているのが見える。

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─あの女の人、危ないな、、、

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と思いながら、いよいよ駅ホーム右脇に突入しかけたその時だった。

ふらりと女が前方に歩を進めたかと思うと、そのまま一気に線路へと飛び込んだ。

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「うわ!」

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思わず声を出し、慌てて緊急ブレーキを掛けたがダメだった。

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shake

「ドン!」

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女の体が俺の目の前の窓に正面からぶつかる。

軽い地響きを足元に感じた時、一瞬だったが俺は見た。

窓にぶつかった衝撃で手足が捩れ顔のひしゃげた女の怯えた目を。

時間にしたら僅かなものだった。

次の瞬間女の頭部は胴体から離れると、あっという間に闇に消えていく。

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あとは、

黒板を引っ掻いているような不快なブレーキ音が止まるまで、俺は正面の窓にこびりついた数本の黒い髪の毛と血痕を眺めながら、ただ呆然と立ち尽くしていた。

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その日全ての事後処理を終えた時、深夜零時になろうかとしていた。

あまりの精神的肉体的疲労のためすぐには帰宅せず、駅の仮眠室で少し横になろうと思った。

4帖ほどの殺風景な部屋の窓際にあるお粗末なパイプベッドに横たわり、静かに目を閉じる。

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即寝落ちすると思ったが、何故だろうちっとも眠れない。

暗い天井を見ていると、やがて頭の中に恐ろしい思念と光景が湧いてきた。

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電車の窓にぶつかった瞬間の女のひしゃげた顔と

怯えたあの目、、

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─彼女のあの時のあの目。

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いったい何を思ったのだろう?

後悔?怒り?悲しみ?それとも?、、、

ただ間違いなく言えるのは、俺は女がこの世で見た最後の人ということ。

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女のことをいろいろ考えていると結局俺は一睡も出来ず、深夜駅舎を出る。

裏手の駐車場にあるマイカーまで歩くと運転席に座り大きくため息を付く。

それからおもむろにエンジンをかけ、ライトをつけた時だ。

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一瞬だがフロントガラス向こうの闇に、女のぐちゃぐちゃに変形した顔が浮かんでいるのが見えた。

俺は恐怖に耐えられず下を向く。

両膝がガタガタ震えている。

それからしばらくして恐る恐る顔を上げた時には、いつの間にか女の顔は消えていた。

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それからだ。

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日常のちょっとした瞬間に、あの女が現れるようになるのは。

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例えば駅の仮眠室で寝ていると、暗い天井にあの女の顔が浮き上がってくる。

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そしてまたアパートに帰り、朝干した洗濯物を取り込もうとサッシ窓のカーテンをサッと開いた瞬間、窓の向こうにあの女が立っており、見直した時にはいなくなっている。

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終いには電車を運転中のふとした時、正面の窓に女の顔が現れるようになった。

そうあの時と同じグシャグシャに潰れた顔に怯えた目で。

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女の姿が現れるのは減るどころか、むしろ頻繁になってきていた。

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─このままでは大きな事故を起こしてしまう。

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そう痛感した俺は、とうとう依願退職という苦渋の決断をしたのだ。

だが会社を辞めたからといって、なにも問題は解決しなかった。

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女は自宅室内の至るところに姿を見せだしたのだ。

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あるいは朝洗顔をした後顔を上げた時、姿見に。

あるいは閉めきったカーテンの隙間から。

あるいは浴室磨りガラスの向こうに。

またあるいは電源を落とした暗いテレビ画面にまで。

そして今も、、、

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shake

ガタッ、、、ガタッ

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相変わらずサッシ窓から音がする。

再び視線をやり、背筋が凍った。

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カーテンの隙間から、あの女がじっとこちらを見ている。

あの時と同じ目で、、、

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─もうダメだ。

そろそろ限界にきているようだ。

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意を決した俺は深夜、部屋着のままアパートを出ると、そのまま歩いてM駅へと向かった。

全てを終わらせるために、、

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遠くの方から微かに車の音やざわめきが聞こえてくる。

うつむいたままふと瞳を開くと、足元に広がる冷たい灰色のコンクリートの床が視界に入ってきた。

やがてはっきりとアナウンスが聞こえてきた。

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─通過列車が近づいております。

危険ですので、、、

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けたたましい警笛をともない地響きが起こりだす。

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何故だろうか、心の奥底から怒りと悲しみと嫉妬の織り混ざった複雑な感情が沸々と沸き起こってくる。

それは止まることを知らず、胸の中がその負の感情で満タンになり溢れだした時、

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俺は一気に前へと駆け出した。

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fin

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Presented by Nekojiro

Concrete
コメント怖い
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ループですね.................

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