皆さんは、人間が死んだらどうなると思いますか?
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死んでしまったらみんな終わりだよ。
電気を消して部屋が真っ暗なような状態が永遠に続くだけさという人もおれば、
いや人間が死んでも「魂」だけは永遠に残るでしょ、という人もいます。
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都内の総合医療センターで緊急救命医をしている住田さんはかねてから次のように言っておりました。
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「結局人間の生体活動の全ては「脳」で制御管理されてるわけですから、そこが機能停止つまり「死」を迎えると全てがいわゆる「無」になるわけで、その時「意識」というものも一緒に消滅してしまうと考えるのが、至極当然な理(ことわり)なわけです」
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彼は学生の頃から科学至上主義者だったらしく、いわゆる「死後の世界」等というものには懐疑的でした。
つまり人間というのは死んでしまえば全てが「無」であり、
「魂」などというものは無くて、「死後の世界」などというものも存在し得ないと常日頃から思っていたようです。
そんな住田さんですが、前月病院に勤務中に体験したあることから、その存在の可能性を前向きに考えるようになったということです。
以下は、前月の5月某日に彼が実際に体験した不思議で怖い話を本人が語った一部始終です。
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「その日の夜、連日の激務で疲労が溜まっていた私は少しの間でも横になろうと、薄暗い病院廊下を仮眠室へと向かってました。
そして一眠りする前に済ましておこうとトイレに入ります」
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「用を足した後、誰もいない洗面所で手を洗っている時でした。
うつむいたまま上目遣いでふと正面の姿見を見ると、ちょうど頭のてっぺん辺りに直径5センチはあるハゲが出来ているのに気付いたんです。
まだギリギリ20代の私はそれが少々ショックで、しばらく姿見の前に呆然と立ち尽くしていました。
ただまあ位置的に他人には気付かれないようなところだったから、いづれ自然に治るだろうと思ってました」
ハゲの家系でもなかった住田さんはその時、恐らく連日の激務によるストレスから円形脱毛症になったんじゃないかと考えたそうです。
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「それから仮眠室に入りベッドに横たわった後、ようやく睡魔に襲われだした深夜2時頃のことでした。
突然白衣の胸ポケットに入った専用携帯が鳴りだしたんです。
慌てて携帯を耳元に近づけると、女性看護師の切羽詰まった声が響きます」
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『先生、たった今バイク事故を起こした若い男性が運ばれてきました。
意識不明でかなり危ない状態です。
すぐ処置室に来てください!』
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「眠い目を擦りながら仮眠室を飛び出すと、私は廊下突き当たりにある集中治療室に走ります。
室に入った途端、
『FさんFさん、しっかりして下さい』という看護師たちの必死な呼び声と機械の単調な電子音が耳に飛び込んできました。
私は素早く専用衣を着て消毒など必要な準備を済ませると、真っ直ぐ声のする方へと歩きます」
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「白いカーテンを開けると診察台には、
鼻腔に酸素注入の管がされ、頭部、胸部、右足に酷い負傷を負いぐったりとなった、
パンツ一枚の若い男性(Fさん)が横たわってます。
台の横では、ディスプレイが心拍の波形や血圧、体温、酸素濃度などを表示しており、いずれの数値も標準値を大きく下回っております。
既に2名の看護師と1名の医師らが懸命に救命処置をやっている最中でした」
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「そこにいた医師から負傷者の状況を聞くと、今年二十歳になる介護職をしている男性のようで、職場からバイクで帰宅途中、急カーブでハンドル操作を誤りガードレールに突っ込んだのでは?ということでした。
私は早速てきぱき必要な措置をし始めました」
Fさんは一時かなり危険な状態になったそうなのですが、住田さんらの必死の救命措置及びその後の適切な手術により、なんとか一命は取り留めることが出来たそうです。
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「Fさんが最初に病院に運び込まれたのは、深夜2時過ぎでした。
そして全ての処置と治療が終わり、彼が個室に運ばれた時には既に窓際ベッドのカーテンから柔らかい陽光が射し込んでいました。
私はその光景を見ると、ホッと一息ついたのです」
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「ここまででしたら若い命が救われた単なる美談で終わるのですが、これから話す内容が未だに不思議で全く私の理解を越えたものなんです。
住田さんはそう言うと一度大きなため息をつき、再び語り始めました。
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「Fさんはまだ二十歳と若い身体ということもあり経過は大まか良好で、2日目くらいからは正常に会話が出来るようになってました。
そしてそれは3日めの朝検診の時でした」
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「血圧、酸素濃度など必要事項のチェックを終えたくらいに、Fさんがこんなことを話しだしたんです。
『先生、ぼく、あの時、おかしなところにいたんです』
あの時というのは、彼が集中治療室で救命措置を受けていた最中のことだと思います。
『おかしなところというのは?』と私が尋ねると、
『多分、天井の辺り』と答えました」
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「意味の分からない私は再び『天井の辺り?』と聞き返します。
するとFさんは
『はい、治療室の天井の辺りをフワフワ漂っていたんです』と相変わらず真剣な表情で言います。
私は彼の言うことがにわかには信じられず、
『いやいや、そんなことあり得ないでしょう。
だって貴方はその時、酷い負傷で診察台の上に寝ていたんですから』と言いました」
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「すると彼は真顔で首を横に振ると、
『いえ間違いなくぼくはあの時、診察台真上の天井辺りを漂っていたんです。
だって台の上に横たわる負傷した自分の姿が見えてましたし、その周囲で懸命に救命措置をしている看護師さんやお医者さんの姿もはっきり見えていたからです』と言います。
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「この段階では未だ私は、Fさんの言っていることを信用しておりませんでした。
もちろん彼が私を驚かそうと思って嘘を言っているなどとは思いませんでした。
というのは、その時の彼の表情は真剣そのものでしたから。
ただもしかしたら彼はあの時昏睡状態でありながら聴覚だけは働いていて、その限られた情報から脳が勝手にイメージを作り出し、それを現実のものと勘違いしていたのかもしれない」
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「そう思った私はFさんにまた質問します。
『じゃあ、あの時、治療室にいた面子は誰と誰でした?』
彼はしばらく遠いところを見るような顔をしながら、
『ええっと青い制服姿の女性看護師さんが二人、
それと白衣のお医者さんが二人、
そのうち一人は先生でした。
ですから確か四名だったと思います』と答えました。
当たってました。
私は軽くショックを受けましたが、ただこれはある程度推測出来る範囲の内容のものでしたから、未だ半信半疑でした」
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「それで私が『他には?』とさらに尋ねると、Fさんはその時の診察台付近の光景などを答えましたが、これも後から推測出来る範囲のものでしたから、恐らくあの時彼は昏睡状態でありながら、現実と類似した幻覚みたいなものを見ていたのでは?と結論付けました。
だが最後に彼がぽろりと言った次の言葉が、一気に私の心を揺り動かしたんです」
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「『先生、ぼくの友人もここにハゲがありましたよ』
唐突にFさんはそう言うと、自分の頭頂部辺りを指差したんです。
怪訝な顔をする私の顔をじっと見ながら、彼は続けます。
『円形脱毛症というやつでしょ。
あの時天井から見てましたから、はっきり分かりましたよ。
不規則な生活習慣やストレスからなるそうですね。
僕ね介護職員してるんですけど、僕らの仕事もなかなか大変で同僚の職員で同じようなハゲを作ってる奴がいまして、ああ、やはり病院の先生も大変なんだなと思いながら天井から眺めてたんですよ』
そう言うと、彼は気の毒そうな顔で私の顔を見ます」
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「私は一瞬で背筋がゾクリとしました。
もちろん私は以前に健康な時のFさんと面識などありません。
その日の朝の検診時に初めて対面しただけなのです。
そしてその時の彼はベッドに仰向けになったままで私を見上げる位置関係ですから、絶対に私の頭頂部など見えるはずがないのです。
もし見たとすると、事故で診察台に運ばれていた時しかありません。
ただあの時も彼は台に横たわっていたわけですから、私の頭頂部など見えるはずがないのです。
とすると、、、
その時初めて私は、人知を越える得体の知れない存在というモノを感じたのです」
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そう言って住田さんは困惑した表情のまま話を終えました。
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう