今回の投稿は、性的な表現(いわゆる下ネタ)が苦手な方、お子様はご遠慮ください。
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某地方都市へ出張に行くことになり、ネットでホテルを探していた。
俺の勤める会社は、宿泊出張の場合、日当込みで一泊一万円の定額支給になっており、安いホテルに泊まればその分儲けになる。
「お、ここ、すげえ安いな。」
見つけたホテルは、平日限定で素泊まり一泊一名三千四百円。通常のビジネスホテル相場の半分近い値段だ。
どんなボロホテルかと思ったが、場所は駅から徒歩圏内で、写真を見る限り部屋は綺麗でかなり広そうだ。
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どういうことなのかと、さらに詳細を見てみると、明確にそのような記載はないものの、どうやらここはラブホテルのようなのだ。
カップルでの宿泊客が少ない平日の夜にビジネス客を安く泊めて、少しでも売り上げを増やそうということだろう。
車での出張になるので、駅近に関してはあまりメリットを感じないが、カップル向けの綺麗な広い部屋にひとりでゆったり泊れて値段は格安。
俺のような貧乏サラリーマンには、涙が出てくるほど嬉しいビジネスモデルだ。
早速電話を入れると、すんなり予約が取れ、受付が無人なので到着したら入り口にあるインターホンで連絡するように言われた。
そういったところからしても、やはりラブホテルに間違いないだろう。
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◇◇◇◇
出張先での仕事を終えると、ホテルは素泊まりの為、車で近くのファミレスに行き夕食を済ませてからホテルへと向かった。
やはりラブホテルであり、近くまで来るとありがちな目立つ屋上ネオンで場所はすぐにわかった。
カーテンで目隠しされた駐車場に車を停め、通りから隠すように設けられた洒落たブロック塀の裏にある自動ドアを入ると、部屋の写真パネルがずらっと並んでいる。
ざっと見たところ、埋まっているのは三分の一くらいだろうか。
並んだパネルの端にインターホンの受話器があり、予約の時に指示された通り、それを手に取った。
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(有田様ですね。承っております。409号室をお取りしてありますので、409号室のパネルのところにあるボタンを押して鍵を受け取って下さい。お部屋へは右にあるエレベーターで四階まで行って頂ければすぐに判りますので。)
インターホンの若そうな男性の声に従い、409号室のボタンを押すと、ガチャンと音がしてパネルの下部から鍵が出てきた。
今時のカードキーではなく、樹脂の大きなキーホルダーにメタルのキープレートだ。
もう一度パネルを見ると、四階の他の部屋は全て『CLOSED』になっている。
単身の客とカップルの客とはフロアを分けているのだろう。
そうすると今夜の単身宿泊客は俺ひとりということだ。
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エレベーターで四階まで昇ると、開いた扉の正面に矢印で部屋番号を示したプレートがあり、部屋の場所はすぐに判った。
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鍵を開け、部屋に入ろうとしたその時だった。
クククッ
女性の含み笑いのような声が聞こえた。
反射的にそちらを見ると通路の向こうに一瞬裸の女性の姿が見えたような気がした。
えっ?
驚いてもう一度目を凝らしたが、よく見ると誰もいない。
このフロアに客はいないはずだし、いくらラブホテルでも誰が通るか分からない廊下を裸でうろつく女はいないだろう。
・・・そのような趣味があれば別だが。
とにかく気のせいだと思うことにして、そのまま部屋へ入った。
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部屋は大体予想通りだった。
風呂、トイレ合わせて二十畳ほどの広さがあり、キングサイズのベッドが部屋の奥に構え、手前には小型のソファとテーブル、そしてもちろんテレビや冷蔵庫もある。
六畳ほどの小部屋に何もかも詰め込んだビジネスホテルのシングルルームとは雲泥の差だ。
強いて難点をあげれば、作業用の机と椅子がない事くらいだが、今日はここで仕事をするつもりがないので大きな問題ではない。
そしてラブホテルだけあって浴室、トイレは全面ガラス張りになっているが、どうせひとりで泊まるのだからこれも問題ない。
そしてテーブルの上には、案内のファイルが置いてあり、表紙には『単身宿泊者様用』と書かれている。
まあ当然、案内する内容はカップル向けとは異なるのだろう。
以前、別なホテルを利用した時は、館内の案内の他に大人のオモチャやセクシー下着などのアダルトグッズのカタログも入っていたっけ。
開いてみると、館内案内や避難経路、食事の取り寄せ、テレビのチャンネル、ビデオリストなどどこにでもある内容に加えてデリヘルの案内も何件か入っていた。
妖艶な女性や可愛い若い子が誘いの表情で写っている写真には、でかでかと電話番号と店名が記載されている。
これは明らかに単身の宿泊者を当て込んでのことだ。
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とにかく、ホテル代をケチって出張に来ている俺は、デリヘルに金を使うつもりなどない。
そういえば、ファイルは『単身宿泊者様用』となっているが、女性の単身客はいないと決めてかかっているのだろうか。
それともこのファイルは、男性用、女性用があるのだろうか。
まあそんなことはどうでもいい。
ファイルを閉じて、シャワーを浴びようとその場で服を脱ぎ始めた。
どうせ俺ひとりだし、特に浴室へ移動する必要もない。
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脱いだ服をソファの背もたれに掛け、全裸になるとシャワー室へ入った。
鼻歌を歌いながら、全身を洗い、頭を洗い終わったところで、ふと顔を上げるとガラスの向こうに見えるベッドの上に何か白い塊のような物が乗っているのに気がついた。
ガラスは跳ねた水滴だらけで良く見えない。
手で水滴をざっと拭き取ってよく見てみると、どうやら女のようだ。
こちらに背中を向けて座っている。
そしてその背中を見る限り、裸だ。
デリヘル嬢だろうか。
俺は頼んでいない。部屋を間違えたのか。
しかし部屋のドアはオートロックになっており、勝手に開けて入ってこられないはずだ。
それにしても、何の確認もなしに、いきなり裸でベッドの上はないだろう。
それに加えて・・・
背中だけ見ても、相当に横幅のある、ぽっちゃりとしたオバサン体型なのだ。
冗談じゃない。
デリヘルの押し売りにしても、部屋の間違いにしても、とにかくすぐに出て行って貰わなければ。
身体を拭くのもそこそこに、俺は腰にバスタオルを巻くと浴室を出て居室へ戻った。
「おい、アンタ誰だよ!そこで何してる?」
するとベッドの上に座るその女はこちらを振り返った。
・・・
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正直言ってかなりビビった。
髪の毛こそ真っ黒のストレートで綺麗なのだが、
極端に面長の顔に小さな目、
小さな口、
そして団子っ鼻。
頭の中にある動物の名が思い浮かんだ。
そう、アレ。
カピバラに似ている。
色白のカピバラにセミロングのかつらを被せたと例えれば分り易いだろうか。
そして大きいのだがかなり垂れた乳房の下には、見事な三段腹。
臍が見えない。
これは・・・人間なのか?
いや、もの凄く失礼な言い方なのは解っている。でもそれが正直な気持ちだ。
「誰だか知らないけど、ここは俺の部屋だ。出て行ってくれ。」
威嚇半分でその女に歩み寄ったその時、ふと気がついた。
この女の服がない。ベッドの上にも周辺にも見当たらない。
まさか裸でこの部屋に来たのか?
すると女はベッドから降り、太くて短い足で立ち上がった。背はかなり低い。
ぺたっ、ぺたっ、と俺の方に近寄ってくる。
そしてその小さな口が横に伸びたと思った途端に両方の口角が上がった。
笑った・・・のか?
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「誰なんだ、お前は!」
すると口角の上がったその口が少し開いた。
<フミロウメ>
その姿からは想像もできない幼い女の子のような高い声が聞こえた。
そしてその名は記憶にあった。
地元の高校で一時期噂になった妖怪だ。
フミロウメは”不身籠女”と書く。
その名の通り、身籠ることが出来ない、つまり子供が出来ない女ということだ。
その昔、子を成すことが嫁の絶対的使命だった時代に、子供が出来ない事で嫁入り先家族からいじめを受け、それを苦に自害した女性の怨念が生み出した妖怪だと言う。
噂によればこの妖怪は子供を作ることに執着し、遭遇した男に襲い掛かかっては子種を強要するらしい。
盛りのついた男子高校生の間では、やりたい放題、そして避妊する必要もない女ということで、若いスケベ心を刺激する存在だったのだ。
そしてあの頃、何処に行けばフミロウメに逢えるのかというスケベ達の当然の疑問に対し、誰かが話していたのは、男女の欲望が渦巻く場所に引き寄せられて現れるとのことだった。
確かにラブホテルなどはまさにそのような場所であり、そこに男ひとりで泊まるなんて、ここへ出て来て下さいと言わんばかりだ。
まさか実在するとは。
しかし・・・・
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・・・
話が違う。
噂では絶世の美女だと聞いていたのに。
それは単にそうであって欲しいという、男の願望だったということか。
目の前に迫ってくるカピバラ、いやフミロウメは、とてもスケベ心を刺激するような存在ではない。
<アカサン、オナカニ、アカサン、ホシイ>
こ、声は可愛いんだが・・・
目をつぶればなんとか・・・
いや、そういう問題ではない!
俺は腰にバスタオルを巻き付けただけの姿で部屋を飛び出した。
意外にも追ってくる様子はない。
幸い他の客にも出会うことなくエレベーターで一階まで降りると、入り口まで戻りインターホンを取り上げ叫んだ。
「409号室の有田だが、部屋に、部屋にフミ・・・いや、見知らぬ女が勝手に入り込んでるんだ。何とかしてくれ!」
するとちょっと待ってくれと言って通話が途切れ、すぐに横にある従業員専用のドアから、小柄な若い兄ちゃんが出てきた。
学生のアルバイトだろうか。
「どうしたんですか?そんな恰好で。」
「俺がシャワーを浴びている間に知らない女が勝手に部屋へ入り込んでいたんだ。とにかく追い出してくれよ。」
この兄ちゃんにフミロウメを追い出すことが出来るのかどうか知らないが、とにかく服と荷物だけは取ってこなければならない。
「お客さんが自分で追い出せなかったんですか?」
「この格好を見ればわかるだろ。」
どう答えればいいのか分からなかったので、答えになってない返事で誤魔化した。
「しょうがないなあ。」
そう言って兄ちゃんは俺と一緒に409号室へと向かってくれた。
「どんな女の人だったんですか?」
部屋へ向かう途中、兄ちゃんが確認してきたが、まともに説明してこの兄ちゃんに逃げられてもつまらない。
「オバサンだよ、でっぷりと太ったオバサン。」
嘘はついていない。それを聞いた兄ちゃんは苦笑いを浮かべた。
「オバサンですか・・・俺、理屈の通用しないオバサンって苦手なんすよね。」
「いや、それ得意な人はいないから。」
部屋の前まで行くと俺はドアの前で立ち止まり、兄ちゃんに中へ入るよう促した。
「じゃあ、済まないけど、よろしく頼むよ。俺、ここで待ってるから。」
兄ちゃんは顔をしかめて中へ入って行った。
ひょっとしたらフミロウメはもういないかもしれない。
それならそれでいいが、もしかしたらあの兄ちゃんもすぐに逃げ出してくるかもしれない。
逃げるならカバンと服を持って来てくれるように頼めばよかった。
さすがにこのようなホテルだけあって防音はしっかりしており、ドアの向こうで兄ちゃんが何を話しているのか分からない。
耳を近づけるとドアの向こうでぼそぼそとした声が小さく聞こえるだけだ。
(うわ~っ!)
突然ドアの向こうから、かすかに悲鳴のような声が聞こえた。
どうした?何があった?
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恐怖心はあったが、服だけではなくカバンに俺の財布も車のキーも入っている。
俺は意を決してドアを開け、ゆっくりと中へ入って行った。
(いるじゃん・・・)
部屋の真ん中にフミロウメが立っていた。
しかし部屋の中を見回しても兄ちゃんの姿がない。
フミロウメを恐れてどこかへ隠れたのだろうか。
「おい、兄ちゃん、どこだ?」
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<アカサン、ワタシノ、アカサン>
フミロウメの声が聞こえ、もう一度そちらを振り向いた。
そこでフミロウメのお腹が異様に、三段腹の皺が消える位に膨らんでいるのに気がついた。
<ワタシノ、アカサン>
うっとりとした表情で、自分の大きなお腹を撫で回している。
まさか。
あの兄ちゃんを自分の子宮の中に取り込んでしまったのか。
どうやって?
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思わずフミロウメの股間に目が行く。
いや、考えたくない、考えている暇などない。
俺は、涎を垂らして恍惚の表情を浮かべながらお腹を撫でているフミロウメの目の前に置いたままの服とカバンを引っ掴むと部屋を飛び出した。
そしてそのまま駐車場に停めてある自分の車に飛び乗ると猛スピードでホテルを出たのだった。
…
あの高校の時の噂話は何だったんだ。
全然違うじゃねえか。大嘘つき!
…
でも兄ちゃん、ごめんよ。身代わりにしちゃった。
あの三段腹の中からなんとか出てこられるといいけど・・・
無理かな・・・
…
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でも”アカサン”は、いつかお腹から生まれてくるんだよね・・・
…
◇◇◇◇ FIN
作者天虚空蔵
先日実際にラブホテルにひとりで泊まってきました。
何も起こりませんでしたが・・・