夏の夜の悪夢─ベランダに現れる女

長編8
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夏の夜の悪夢─ベランダに現れる女

小林は愛嬌のある丸顔をにやつかせながらベランダ入口から顔を出すと「おい、ちょっと来てみろよ」と言って、リビングのソファーに座り携帯をいじる眞鍋に手招きした。

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眞鍋は「何にやついてんだよ?」と訝しげに尋ねながら立ち上がるとリビングを横切り、ベランダの入口まで歩く。

サンダルを履くと、手すりのところに立つ小林の隣に並び立った。

そして小林の横顔を見ながら、「どうしたんだ?」と問いかける。

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時刻はちょうど夕刻の頃で、空には朱色の雲が広がっていた。

眞鍋と小林は同じ大学の同級生で、大学近くのアパートの一室を二人でシェアしていた。

大学はちょうど夏休み期間中だ。

眞鍋は中肉中背のありきたりなタイプ。

対して小林は、丸顔でちょっと太めの愛嬌のあるタイプ。

この四階建てのアパートは2棟あり、向かい合って並んでいる。

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小林が正面やや下方を指差す。

眞鍋はそこに視線をやると、「あっ」と息を飲んだ。

その目線のちょうど先にある隣の棟のベランダに女が立っている。

そこは眞鍋らの立っているアパート4階より1個下の階の1室のベランダ。

広さは二人の立つベランダと同じで、間口3メートル幅2メートルほどだ。

上方斜めからの眺めだから、そこの様子はおおよそ確認出来た。

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女は肩までくらいのストレートの黒髪で色白の顔をしている。

どちらかというと華奢な感じだ。

ただ彼女はどうやら衣服を身に付けていないようで、白く豊満な胸や股間の翳りを隠しもせず中腰になり、何か大きな黒っぽいビニール袋を懸命に引きずりながら後退していた。

そしてベランダの片隅にそれを置き額の汗を軽く拭うと、奥の室内に姿を消した。

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「明日出すゴミを置いたんじゃないか?」

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そう言って眞鍋は小林の横顔を見る。

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「まあ、そんなとこだろうけど、何か得した気分だろう」

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小林はそう呟くと悪戯っぽくニヤリと笑い、サッサとベランダから室内に入って行った。

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その数日後のこと。

眞鍋も小林も午前中は部屋にいて、午後からはアパート近くのスーパーでアルバイトとして働き、午後8時過ぎに一緒にアパートに帰った。

ベランダで二人分の洗濯物を取り込んでいた眞鍋の声がする。

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「おい、来てみろよ!」

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台所で洗い物をしていた小林は手を止めると、ベランダへと歩く。

取り込まれた洗濯物の入った大きなカゴを足元に置き、眞鍋が手すりから下方を見ている。

隣に並んだ小林も同じ方を見た。

そこは彼らが数日前に全裸の女を見た、正面の棟の三階ベランダ。

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だが今そこにいるのは女ではなく、男だった。

紺のスーツ姿の年配の男性のようだ。

彼はベランダの手すりに寄りかかり、ただボンヤリと外を眺めている。

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「彼氏かな?」

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眞鍋が険しい顔で呟くと、小林は「いや、それにしては歳が離れてないか?」と言う。

「じゃあ、父親とか?」

眞鍋はさらに小林に言ったが、彼はそれには答えることはなく、ただベランダにいる年配の男性をじっと見ていた。

男性はやがて後ろを向くと、フラフラと室内に入って行った。

まるで何かに誘導されるかのように。

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翌日の朝。

その日洗濯当番だった小林は少し早起きし洗濯機を回し2人分の洗濯物をかごに入れ込むと、ベランダに出る。

空は薄曇りだが、雨の降りそうな気配はない。

それから彼はテキパキと洗濯物を一つ一つ干し始めた。

あらかた干し終えた後彼は何気に、向かいの棟に視線をやる。

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視線の先には例のベランダあった。

誰もいない狭いコンクリートの空間の片隅には大きな黒っぽいゴミ袋が一個、ポツンとある。

そして小林が室内に戻ろうとした時だ。

あのベランダ奥のサッシ扉が開き、女が現れた。

彼女の姿を見た瞬間、彼はハッと息をのむ。

女はやはり全裸で、あの時と同じように黒っぽい大きなゴミ袋を重たそうに引きずりながら運びベランダの片隅に置くと、再び室内に消えた。

これでゴミ袋は2個並んだ。

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朝御飯の時、小林はベランダでの事を眞鍋に話した。

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「多分昨晩訪れた男と夜を楽しみ、今朝早く男が帰った後、溜まっていたゴミを指定ゴミ袋にまとめて、またベランダに置いたんじゃないか?」

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食後のコーヒーを口に運びながら、眞鍋が言う。

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「まあ、そんなとこだろうと思うが、何で彼女はいつも全裸なんだろう?」

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小林はそう言って、食パンを口に運んだ。

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眞鍋はしばらく考えていたが、めんどくさくなったのか立ち上がり、バイトの準備を始めた。

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それから一週間が過ぎた、夏休みも中盤に差し掛かった頃のこと。

眞鍋と小林は同級生の女友達2人と、4人で連れだって海に遊びに行った。

楽しいひとときはあっという間に過ぎ、二人アパートに帰ったのは午後9時頃。

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リビングのソファーで二人その日の楽しかったこととかをビールを飲みながら談笑していると「ちょっと風にでも当たってくるわ」と言って眞鍋が立ち上がり、ベランダに出る。

するとすぐに彼の声がした。

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「おい、ちょっと!」

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「何だよ?」と言いながら小林も立ち上がりベランダへと歩くと、手すりのところに立つ眞鍋の隣に並んだ。

そして眞鍋の指差す先に視線をやった後、「え?」と声をだした。

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そこはあのベランダ。

入口サッシ扉から漏れる淡い光に照らされている。

以前は2個だった片隅の黒いゴミ袋が4個になっていた。

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「なあ、あれからゴミ出しの日、何度かあったよな」

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眞鍋の呟きに小林はコクりと頷く。

そして彼が何かを言おうとした時だ。

あのベランダのサッシ扉が突然開くと、中から人が現れた。

それはTシャツにジーパンという格好をした細身の若い男。

男は手すりの上に両手を乗せると、ただボンヤリと外を眺めている。

以前に現れたスーツ姿をした初老の男と同じような、放心したような顔で。

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しばらくするとその若い男は後ろを向くとフラフラと歩きながら、ベランダから消えた。

眞鍋が険しい顔で口を開く。

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「この間はスーツ姿のおっさん、今度は若い兄ちゃん。

いったいあの女は何者なんだ?」

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小林は答えることなく、ただじっとあのベランダを眺めていた。

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翌日眞鍋は朝からバイトで小林はバイトが休みで1日フリーだったから、午前中は部屋でゴロゴロしていた。

午後からは昼御飯を近くのコンビニででも買おうと、彼はアパートを出る。

レジ袋を提げてアパートの敷地に戻った時、冷たい滴が彼の首筋を濡らした。

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驚いて空を見上げると、いつの間にか墨汁をこぼしたようになっていて辺りも薄暗い。

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「一雨くるのかな?洗濯物取り込まないとな」

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小林は一人ボソリと呟くと、早足でアパート入口に向かいだす。

すると前方10メートルほど先のアパートエントランス辺りに黒い人影があるのに気が付いた。

不審に思った彼は立ち止まり、目を凝らす。

近辺の薄暗さではっきりとは見えなかったが、その人は黒いロングコートを羽織っているようだ。

そして肩までの黒髪に色白の顔に彼は見覚えがあった。

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あの女だ、、、

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そう小さく呟いた途端、小林は何故だか金縛りにあったかのようにその場から動けなくなる。

と同時に大粒の雨がボトボト降りだした。

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─早くこの場を離れないと、、、

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と彼は思うが、先ほどから体はピクリとも動かない。

生暖かい水滴が彼の体のあちこちを次々浸食していく。

女は突然の雨に全く動じることもなく、改めて小林の方に向き直る。

正面からその顔を見た途端、彼の背中は粟立った。

その両目はカッと見開かれて左右の黒目はあらぬ方向を向いており、鼻から下の口や顎の部分が切断されているかのように無いのだ。

彼女はゆっくりコートの前を左右にはだけだした。

小林は大きく目を見開き、息を飲む。

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コートの下には女の華奢な白い裸体があった。

そして何より目を引いたのは、その豊満な胸の下方にある腹部にある奇妙なもの。

それは幅30センチはありそうな巨大な赤黒い唇。

唇は少しずつ上下に綻びだし、隙間から鋭い牙のような歯が並んでいるのが見えてきた。

同時に鳥のような不気味な鳴き声が、微かに漏れ聞こえてきていた。

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小林の恐怖はいよいよマックスに達し、腰がぬけたかのように情けなくその場にへたりこんだ。

そして次の瞬間、彼はがっくりと首を項垂れると、だらりと両手を下に垂らしピクリとも動かなくなる。

女は再びコートの前を閉じると、雨の中ゆっくり向かいの棟に向かって歩きだした。

小林も項垂れた姿勢のまま立ち上がり、とぼとぼと女の背中に付き従い歩きだす。

そして二人は向かいアパートのエントランスを真っ直ぐ進み、入口から中に入って行った。

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その日の夜バイトからアパートに帰った眞鍋は、リビングのソファーで一人首を傾げていた。

時刻は既に午後9時を過ぎようとしているのに、小林が帰ってこないからだ。

─どこか遊びにでも出掛けたのかな?

でも、そんな時はあいつ必ず書き置きするか、前もって携帯に連絡するはずなんだが、、、

何度となく携帯に電話を入れてみるのだが、応答がない。

結局眞鍋は深夜まで待ってみたが、とうとう小林が部屋に姿を見せることはなかった。

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翌朝はゴミ出しの日だったから、眞鍋は部屋着のまま両手に黒く大きなゴミ袋を2つぶら下げてアパートの外に出ると、敷地入口辺りにあるゴミステーションまで歩く。

金網のドアを開け中に入ると、既に片隅に黒いゴミ袋が5個置かれていた。

持ってきたゴミ2個をそれらの手前に並べると、眞鍋は何気に片隅のゴミの一つに視線を移す。

そして一瞬で驚愕した。

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黒いゴミ袋の表面から人の横顔が透けて見える。

その下方には腕とか足が、、、

彼は緊張した面持ちでそこに顔を近付けた途端、「うわっ」と小さく悲鳴を上げて尻餅をついた。

眞鍋はポケットから慌てて携帯を出すと、震える指で『110』とタッチした。

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駆けつけた警察官たちが片隅に置かれた5個の黒いゴミ袋の中身を確認したところ、中には人間の頭部や手足、胴体臓物等がぐちゃぐちゃに詰められていたようだ。

しかもそれぞれのパーツの損傷は酷く、まるで何かの野生動物に食いちぎられたかなような状態だったという。

ゴミステーションで眞鍋が偶然に見たのは、小林の頭部だった。

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後から警察が調べた結果、5個のゴミ袋の中には総勢4名の男性のバラバラ死体が詰められていたらしい。

その全てが狂暴な野生動物に襲われたかのように、無惨に引きちぎられていたという。

そして眞鍋への警察の聴取から、向かいの棟のあの部屋が捜索された。

そこは昨年から会社員の男性が借りていたということだった。

だがその男性は見当たらず、室内からは複数の男性の衣服や下着、壁や床からは血痕が確認された。

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あれから眞鍋が見た女が現れることはなかったという。

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@アンソニー 様
いつもコメントありがとうございます!

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