長編12
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狐の窓

みなさんは、「狐の窓」というおまじないを知っていますか?

両手の指を決められた形に組んで、その隙間から覗くと、普通は見ることのできないものが見える、というものです。

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普通は見ることのできないもの。

それは、死んだ人の幽霊とか、生きている人のオーラ(?)だとか、そんなものです。

私はそれを、おまじないに詳しい、同じクラスのマホちゃんに教えてもらいました。

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マホちゃんは、色々なおまじないを知っています。

好きな男の子と両想いになるおまじない。

きらいな子の成績が悪くなるおまじない。

指を置いたコインがひとりでに動いて、紙の上に書かれた文字を指し示しながら、こちらがきいた質問になんでも答えてくれるおまじない、なんていうのもありました。

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マホちゃんは、本やネットで次々に新しいおまじないの知識を仕入れては、わたしたちクラスの女子に教えてくれるのです。

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ある日の放課後のことです。

マホちゃんが私の席にやってきて、「新しいおまじないを覚えたから、これから一緒にやってみようよ」と、声をかけてきました。

わたしが日直の日誌を書くのに集中しているうちに、いつの間にか教室には、わたしとマホちゃんのふたりだけになっていたのです。

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(しまった、うっかり逃げ遅れた)

わたしは、胸の中でそっと、ため息をつきました。

マホちゃんは、新しいおまじないを覚えると、それを誰かと一緒に試してみるまで、おさまりがつかなくなってしまうという、悪いクセがあるのです。

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そりゃあ、「カッコいい男の子から告白されるようになるおまじない」とか、「おこづかいがアップするおまじない」とかなら、全然オーケーです。

でも、「スマホでおばけの声を聞くおまじない」とか、「夢の中に悪魔が出てくるおまじない」なんて、誰も試したくなんてありませんから。

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でも、クラスの女子たちは、誰ひとりマホちゃんに強くは出られないのです。

なぜってマホちゃんは、その気になれば、わたしたちをこわい目にあわせるおまじないを、たくさん知っているんですからね。

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そんなわけで、その時のわたしも、表面上は興味津々というフリをして(内心は嫌々)、マホちゃんの実験につきあう羽目になったのでした。

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「いい? 指の組み方だけど、一緒にやってみるから、よく見ててね。

まず最初に、両手とも狐の形にするの。

中指、薬指、親指をくっつけて、コンコン。そう、その形ね。

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そしたら次に、左手を外側、右手を手前側に向けて、両手を組みます。

そうそう、人差し指と、反対の手の小指を絡めるの。

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次に、閉じていた指を開くでしょう? 

最後に、今伸ばした中指と薬指を、反対の手の親指で押さえたら完成! 

ね、真ん中に窓ができたでしょう?」

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言われた通りにすると、組んだ指と指の間に、小さな隙間ができました。これがきっと「窓」なのでしょう。

これを覗くと、普通では見ることのできないものが見える。果たして本当でしょうか?

私はなんとなくこわくて、それを覗くことができませんでした。

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「じゃあこれから、学校の七不思議の場所を回って、この狐の窓で覗いてみよー!」

おっかながるわたしをよそに、マホちゃんは明るい声で言いました。

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冗談じゃありません。

教室の時計の針は午後4時を指し、秋の日は徐々に暮れかかっています。

学校が夕闇に包まれていくなか、マホちゃんとふたり、七不思議が眠る場所を回る?

そして、狐の窓でそんな場所を覗くですって?

まったく、とんでもないことを言い出すマホちゃんです。

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マホちゃんは、とてもかわいらしい女の子です。

大きくてパッチリした目。小さな鼻と口。肌は白くて、肩までかかるストレートヘアーも、よく似合っています。

教室だと、それほどしゃべる子じゃありません。休み時間も自分の席や図書室で、静かに本(それはたいてい、おまじないに関するものですが)を読んでいます。

見た目や雰囲気から、クラスの男子たちは、マホちゃんのことを、憧れつつも近づきずらいお嬢様みたいに考えています。

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ですが女子たちは、マホちゃんが、おまじないのことになるとすごくおしゃべりで、とんでもなく行動的になる、ということを知っています。

そして、言い出したら聞かない、頑固な一面があるということも。

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その時もマホちゃんは、普段は見せない強引さで、わたしの手を引っ張りながら、勢いよく教室の外へ駆け出すのでした。

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わたしとマホちゃんは、日直の日誌を先生に提出するため、いったん職員室に寄りました。

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「なんだ、ふたりとも、まだ残ってたのか?

もう暗くなるから、早く帰りなさい」

担任の瀬川先生が、日誌を受け取りながら言いました。

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瀬川先生は若い男の先生で、イケメンだし、優しくて面白いし、おまけにバスケも上手いから、生徒たち(特に女子たち)から、とても人気があります。

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そのときも、わたしとマホちゃんに、他の先生たちから見えないように、こっそり飴を渡してくれました

(「遅くまで、日直ご苦労さん」ですって。こういうさりげないところがモテるのです)

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わたしたちは、「先生さようなら!」と元気に挨拶して職員室を出ると、わざとバタバタ足音を立てて、昇降口のところまで行きました。

そして、下駄箱から靴を取り出して、代わりに上履きを脱いで突っ込むと、靴を片手に持ったまま、靴下のまま校内へとUターンしました。

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これは、先生たちに、わたしたちは下校したと思わせるための、マホちゃんの作戦です。

クラスの男子たちは、彼女のこういういたずらっ子な一面を知らなすぎなのです。

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さて、わたしたちはまず、三階の空き教室に行きました。

普段は使われておらず、古い机や椅子なんかがまとめて置かれています。

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ここでは昔(まだ教室として使われていた頃)、クラスでいじめられていた男の子が、自殺をしてしまったんだそうです。

以来、授業中、先生がふと教室の後ろを見ると、悲しげな顔をした男の子が、ぼうっと立っているのを見るようになったんだとか。

幽霊が出るから教室としては使わずに、物置にしているってことみたいです。

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その話が本当かはわかりませんが、カーテンのひかれた室内は薄暗くて、ただもう不気味でした。

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「さっそくやってみよっか!」

マホちゃんはさっさと指を組むと、わたしにもそうするようにプレッシャーをかけてきました。

わたしはしぶしぶ狐の窓をつくります。

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「じゃあ、1、2の、3、で一緒に覗くよ?

1、

2の、

3!」

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わたしは思いきって、指の隙間を覗きこみました。

そこに見えたのは――。

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教室の後ろ側に寄せて並べられた、机と椅子。

古いプリントが貼られた壁。

閉められたカーテン。

それに、わたしの隣で、狐の窓を覗いているマホちゃん。

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さっきまでと同じ、薄暗い教室内の風景です。

特別、変わったものは見えません。

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「あれ~?」

マホちゃんも、くるくる回ってあちこちを覗きながら、変な声を出しています。  

「なにか見えた?」わたしがきくと、「なんにも~」と、へこんだ声が返ってきました。

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まあ、おまじないなんてこんなものです。

これまでも、ごくたまにちょっと不思議に感じることは起こりましたが、ほとんどの場合、何も起こらなかったんですから。

わたしは、少しほっとしました。

けれど、マホちゃんは納得がいかない様子でした。

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「ここはハズレみたい。次いこ、次!」

ハズレ呼ばわりされた七不思議も、なんだかかわいそうです。

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次にわたしたちは、四階の音楽室の前までやってきました。

ここには、壁に飾られたベートーベンの絵が、こちらをにらんでくる、という怪談があります。

ところが。

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音楽室からは、合唱部の歌声が聞こえてきます。

大会に向けて、部活の練習が続いているようです。

こうなると、おまじないも七不思議もありません。

わたしたちはあきらめて、別の場所に向かうことにしました。

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しかし、その後も、体育倉庫はバスケ部が体育館を使っていて入れず、放送室は鍵がかけられていたために、どうしようもありませんでした。

実験も、意外と難しいものです。

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それでもあきらめないマホちゃんは、今度は旧校舎の一階の隅にある、女子トイレにやって来ました。

ここにはあの有名な、トイレの花子さんが出るという噂があります。

日が射さず、真っ暗なトイレに電気を点けて、わたしたちは足を踏み入れました。

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旧校舎ということで、あまり利用する生徒はいませんが、それでも設備自体は壊れているわけではありません。

ただ、蛍光灯はチカチカと点滅して今にも切れそうで、それが不気味でした。

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マホちゃんはわざわざ、花子さんが出るという一番奥の個室のドアを開いてから、わたしに狐の窓の準備をするよう言いました。

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「じゃあ、いくよ?

1、

2の、

3!」

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わたしたちが覗いた瞬間です。

「あ!」

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わたしには何も見えませんでしたが、合図を出したマホちゃん自身が、驚いた声を上げました。

わたしはそのマホちゃんの声にびっくりして飛び上がりました。

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「なに、なに! どうしたの?」

「なんか見えた! なんか!

黒くて、モヤモヤしたもの! 天井のところになんか……あれ?」

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はじめのうちこそ興奮した口ぶりだったマホちゃんでしたが、すぐに首をかしげてしまいました。

狐の窓でキョロキョロ辺りを見回しますが、やっぱりなにも見えないようです。

しまいには、「おかしいな、なにか見えた気がしたんだけど……」と、自信なげにつぶやきました。

いったい、なんだったのでしょう?

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次はプールの女子更衣室です。

ここには、プールで溺れた女子の幽霊が出るんだそうです。

びしょびしょに濡れた水着姿のそいつを見ると、プールに引きずり込まれてしまうとか……。

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それにしても、どうして女子更衣室にだけ出るのでしょうか。

こわい目にあわせるなら、男女平等にしてほしいものです。

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「じゃあ、いくよ?

1、

2の、

3!」

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さっきと同じように、ふたりして同時に覗きこむと、

「あ、また!」

また、マホちゃんが声を上げました。

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「やっぱり見えたよ、黒くてモヤモヤしたもの! 

すぐ消えちゃったけど、煙のかたまりっていうか、黒い炎っていうか、とにかくそんなの!」

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どうやら女子トイレで見たのと同じものみたいだったと、彼女は言っているようです。

わたしは一向に見えませんが、もしかしたらマホちゃんは、そういう怖いものと感覚が合ってきているのかもしれません。

そう思うと、わたしはもう帰りたくてたまりませんでした。

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そう、帰りたい……だいたい、今日急いで日直の日誌を書いていたのは、用事があったからで……。

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「あ! ヤバい!」

急にわたしが大きな声を出したので、今度はマホちゃんが飛び上がりました。

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「なに、どうしたの?」

「ゴメン! わたし今日、親戚が遊びに来て、みんなで一緒に外でご飯食べるんだった! 早く帰らなきゃ!」

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わたしは、慌てて事情を説明しました。

さすがにここまで付き合ったわたしが言うことを、言い訳のための嘘だとは思わなかったらしく、マホちゃんは、素直にわたしを解放してくれました。

ところが。

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「じゃあ、最後の一ヶ所だけは、わたしひとりで行ってくるね」

彼女はそう言いました。

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それを聞いたわたしは驚いて、「もう校舎も暗いから一緒に帰ろう」と誘いましたが、マホちゃんは聞きません。

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「バイバイ! 明日、結果を教えてあげるから!」

そう言いながらマホちゃんは、走って校舎の奥に消えていきました。

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次の日、マホちゃんは学校を休みました。

次の日も、その次の日も休みました。

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担任の瀬川先生が言うことには、マホちゃんは風邪をひいて、それが長引いているそうです。

本当でしょうか?

あの放課後の七不思議探検の次の日から、三日も続けて休むなんて、不自然すぎます。

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まさか、狐の窓で、なにかよくないものを見てしまったのでしょうか?

わたしはどんどん不安になりました。

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そして、次の日のこと。

マホちゃんは学校に来ました。

いつも一番早く登校するわたしより、早くに教室にいたのです。

わたしは、マホちゃんに駆け寄りました。

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「マホちゃん、大丈夫だった?

わたし、てっきり……」

「わたしが、入院してるか、行方不明にでもなってるって思ったんでしょう?」

マホちゃんは笑いましたが、その顔はいつもよりも白く、元気がないように見えます。

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わたしは、あの日、わたしと別れたあとに何があったのか、ききました。

マホちゃんは、暗い顔で話し始めました。

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あの日、マホちゃんが最後に向かったのは、三階と二階をつなぐ階段の踊り場にある、大鏡の前でした。

その大鏡は、放課後になるとおばけの世界とつながる通路になるんだそうです。

だから、その時鏡の前にいると、おばけに捕まって、鏡の中に連れていかれてしまうのだとか。

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よりにもよってマホちゃんは、その大鏡の前で、鏡に映る自分の姿に向かって、狐の窓を覗いたんだそうです。

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すると突然、強い力で肩をつかまれました。

マホちゃんが恐怖で固まっていると、指のすきまから見える鏡の中に、黒いモヤモヤしたものに顔全体を覆われた、背の高い誰かが、マホちゃんの肩をつかんでいるのが見えたそうです。

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「それっておばけ……? 

捕まって、鏡の中に連れてかれなかったの?」

「そしたら、わたし今ここにいないって。

実はね――」

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マホちゃんが振り返ると、そこには、担任の瀬川先生がびっくりした顔で立っていたそうです。

こんな時間に女の子が校舎に残っているのを見つけて驚いて、誰なんだろうと思って、思わず肩つかんでしまった。振り返った女の子の顔を見たら、自分のクラスのマホちゃんだったから、二度びっくりした、と先生は言ったそうです。

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オチまで聞けば、「なあんだ」という話です。

でもそれなら、なぜマホちゃんは、三日も学校を休んだのでしょうか?

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「あの時、狐の窓から見えた瀬川先生の顔、真っ黒なモヤモヤだらけだった。

花子さんの女子トイレで見えたのと同じ。

プールの女子更衣室で見えたのと同じ」

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その姿があまりに気持ち悪くて、ショックで体調を崩してしまったのは本当なようです。

眠っては夢を見て、夢を見てはうなされて。

「でも、そのうち、夢の中で奇妙なことを思い付いたんだ」と、マホちゃんは言いました。

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それは、女子トイレとプールの更衣室にあった黒いモヤモヤが、瀬川先生の顔に取りついていた……のではなくて、

先生の方が、あの黒いモヤモヤの大元なんじゃないか、ということでした。

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それって、変な思いつきです。

いったい、どういうことでしょうか?

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マホちゃんは昨日、学校をお休みしながら、実はこっそりお母さんと一緒に登校して、校長先生に内緒の相談をしたんだそうです。

その内緒の相談とは。

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「女子トイレとプールの女子更衣室に、『なんか変なもの』がある気がするから、心配で学校に行けない。調べてもらえませんか?」というものでした。

ちなみに、マホちゃんのお母さんは、PTAの会長さんです。

びっくりした校長先生は、さっそくふたつの場所を調べさせました。

すると――。

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「おばけが出てきたの?」

「ううん。

出てきたのは、ビデオカメラ」

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そう、女子トイレとプールの女子更衣室からは、盗撮用の隠しカメラが出てきたのでした。

あきらかに、良くない目的のために付けられたものです。

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こうなると、校内にいる大人が、まず怪しいことになります。

校長先生は警察に相談して、夜中に、職員室の先生たちの机を、ひとつひとつ調べたそうです。

そして、ある先生の机の、鍵のがかかった引き出しから、怪しいメモリーカードと未使用の隠しカメラが出てきたとのこと。

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わたしたちが話している間に、いつの間にか、朝のホームルームの時間になっていました。

いつものとは違う先生が教室に入ってきて、そして言いました。

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「えー、担任の瀬川先生ですが、急なご病気で入院され、しばらくの間、学校をお休みすることになりました――」

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その後、瀬川先生は二度と学校に来ませんでした。

マホちゃんもわたしも、狐の窓のおまじないをしなくなりました。

普段は見えない、他の人の悪い気持ちを、また覗きたくはありませんでしたから。

〈完〉

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