短編2
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黒い詰め襟制服制帽の男

これはまだ僕が小学校低学年だった頃のこと。

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秋も深まった夕暮れ時のことだったと思う。

家族は奥の居間のテーブルに座り、晩御飯の最中だった。

いつものように目の前に座る母が、当たり障りのないご近所さんの話をしていると、

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ごめんくださあい

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玄関から声がする。

妙に落ち着き払った男の声だった。

怪訝な顔で立ち上がった母がはあいと返し食卓を離れ、居間から出ていく。

僕と父はそのまま黙々と食事を続けていた。

しばらくすると玄関の方から、何やら言い争うような声が聞こえてくる

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どうしたというんだ?

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今度は隣に座る父がそう言って心配げな様子で立ち上がると、玄関へと向かった。

少し心配になった僕も、あとに続く。

居間のドアを開き、廊下の先にある玄関に視界をやる。

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玄関先には、こちらに背中を向け立つ父と母。

そして二人の目の前には、黒い詰め襟制服に制帽の初老の男が立っていて、両の目をかっと見開いたまま僕の両親に必死に何かを訴えかけていた。

断片的だが、次のような言葉が耳に入ってくる。

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とうさん、かあさん、だから信じてよお

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僕が信二なんだよお

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信二というのは、僕の名前だ。

わけが分からず廊下に立ったまま、呆然とその様を見ていると、

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分かった、もう分かったから帰ってくれ

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と父が懇願するように言う。

すると今度男はその血走った目で僕を睨みながら、

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僕なんだ、僕が信二なんだよお!

信じてくれよお、、、

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とわめき始めた。

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いい加減にしろ、もう帰ってくれ!

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とうとう父が恫喝する。

すると男はあきらめたのか悲しげな顔でガックリうつ向くと、玄関のドアを開き出ていった。

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その後も男は度々、僕の家に訪れた。

だいたいが夕暮れ時だ。

しかもその風体は常に初めの時と同じ、黒い詰め襟の制服に制帽というもので、喋る言葉も自分こそが信二なんだと繰り返していた。

それは僕が高校を卒業する頃まて続いた。

いったい男は何の目的で、あのようなことを続けていたのか?

そして、そもそも何者だったのか?

当時の僕も両親もただ頭を傾げるばかりだった。

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結婚し実家を離れ隣町に居を構えた昨今も、たまに実家に帰ると老いた両親とそのことを話したりする。

そんな時二人は互いに顔を見合せ苦笑すると、やはりただ言葉を詰まらせるばかりなのだ。

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fin

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