教室の片隅にあった道具入れの話

中編6
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教室の片隅にあった道具入れの話

いつもは込み合っている都内居酒屋の午後6時。

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ただ日曜日のその日は、客の姿も疎らだった。

カウンターの片隅に座っているのは、KとS。

どちらも今年30歳になる独身。

同じ高校の同窓生だ。

その日二人は学生時代以来の久しぶりの逢瀬を、楽しんでいた。

乾杯の後、始めは互いの近況を語り合っていた。

それからしばらく過ぎた頃に、Sが唐突に奇妙なことを話題にあげだした。

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「掃除道具入れ?」

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Kがすっとんきょうな顔でSの顔を見る。

Sはグラスに入ったハイボールを一口飲むと、続けた。

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「ほら、あっただろ、どこの教室の片隅にも。

トイレとかの奥にもある縦長の、、、」

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「ああ、分かった分かった。ホウキとか塵取りとか入ってた、、」

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ようやく合点のいったKも、ハイボールを一口流し込む。

そして改めてSに尋ねた。

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「で、その道具入れがどうだというんだ?」

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「いや、話は掃除道具入れなんかじゃなくて、その隣に並んでた同じような建具なんだよ」

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「隣に?

そんなのあったかな?」

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訝しげな顔でKがSを見ると、Sは軽く頷き、再び口を開く。

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「あったんだよ、俺たちの教室には。

みんな掃除道具入れの方に意識がいっていたから、気に止めなかったみたいだけどな。

同じような外観の縦長の道具入れが並んでたんだ」

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Kはしばらく思い出すかのような表情をしていたが、やがて飽きたのか、またSに尋ねる。

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「それで、その道具入れがどうしたというんだ?」

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「ああ、その扉の取っ手は針金が巻かれて開けられないようになってて『開放厳禁』て貼り紙されてたんだけどさ、ところでお前、担任の久米、憶えているか?」

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突然に話題を変えられたKは少々戸惑いを感じながらも、応える。

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「ああ、あのヘタレで不細工な教師だろ。

いつもだらしない中年太りの体に黒のジャージを着ててさ、脂ぎった丸顔に度のきついメガネをかけてたな。

ボサボサの髪はフケだらけでさ、40過ぎてるのに女性とまともに交際したことがないという噂だったよな。

クラスの女子にも男子にも嫌われてて弄られてたな」

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「だったよな。特に石田。」

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「そうそう、あいつ学校でも有名な不良グループのリーダー格だったよな。

長身でイケメンで、女子たちには結構人気あったな。

あいつ久米の授業中は完全に無視してたなあ。時々消しゴムとか投げつけたりしてさ。

注意されたら、逆ギレして掴みかかったりしてた。

あと授業中に質問と言って手を上げて、

『先生は本当に童貞なんですか?』と真顔で聞いた時は、クラスの皆大爆笑だった。

あと教壇にある教師用の椅子に画ビョウ置いたり。あれはちょっとやり過ぎと思ったな」

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「そうそう、あんな酷いことをされていたというのに、久米の奴、石田にはへらへら笑うだけで、何も言えなかったよな。

ところで、その石田なんだけどさ、学校卒業した後どうなったか知ってるか?」

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Sの質問に、Kは首を振る。

するとSは急に険しい顔つきになり、一回ため息をつくと、また喋りだした。

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「これは石田の友人に後から聞いたんだけどさ、

あいつ、卒業式の翌日、自宅の自分の部屋でクラスの数人と飲み会してたらしいんだよ。

深夜近くまで飲みながらばか騒ぎしてた途中のことなんだけどさ、あいつ、突然床の上でのたうち回りながら苦しみだしたらしくて、、、

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また下らない猿芝居でもやってるんだろうと他の連中がニヤニヤしながら見ていると、今度はウイスキーの瓶を片手にいきなり立ち上がり頭上に翳すと、中見が空になるまで酒を頭から被り、全身をぐっしょりにしてな。

皆が唖然としながら見てる中、ポケットからライターを出すと「天誅!」て叫んで自らに火を放ったんだ。

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皆が大騒ぎしてる中、あいつ全身火だるまのまま、何故だか何度も何度も床に顔面をぶつけ始めた。

他の連中が必死に上着とか使って火を消し止めた後も、黒焦げの姿のまま命が尽きるまで、ひたすら顔面を床にぶつけ続けていたそうだ」

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「酷い、、石田の奴、何か悩み事でもあったのかな?」

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そう言ってKがSの顔を見た。

Sが続ける。

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「いや、あいつ、卒業後は親の経営する不動産管理会社に就職するのが決まっていたし、それと、高1から付き合っていた女の子と結婚も控えていたらしくて、毎日ご機嫌な様子だったそうだ」

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「じゃあ、いったいどうして?」

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ここでSは言葉を詰まらせると、両手で頭を抱える。

不審に思ったKが「おい、どうしたんだ」と声をかけた。

しばらくSは同じ姿勢のまま無言を通していたが、やがてボソリと口を開く。

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「俺さ、見たんだよ」

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「見た?見たって何を?」

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KがSの険しい横顔に問いかける。

Sが続けた。

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「さっき、教室にあった道具箱の話しただろ。

俺さ3学期の始め頃、放課後みんなが帰った後、箱の扉を無理やり開いて中を覗いて見てみたんだ。

そしたら変なものが入っていた」

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そこまで言って、Sはまた頭を抱える。

それでKが「いったい何が入ってたんだ?」と彼の横顔に問いかけると、しばらくしてSはまた口を開いた。

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「白い布切れに綿を詰めて作った、人型をした人形だった。

その人形、当時の俺くらいの背丈でさ、その顔面部には輪ゴムで写真が付けられてて、、、見ると、それ石田の顔写真だったんだ。

しかもその人形、首から下はきれいなんだけどさ、顔のところだけは何度も踏みつけられていたかのように靴型が付いてて、写真もボロボロになっててさ、、、」

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「酷いな。いったい誰がそんなことを?」

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そう言ってKがSの顔を改めて見ると、彼は険しい顔のまま話を続けた。

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「俺、中学の卒業式の何日か前の放課後にさ、忘れ物を取りに学校に戻ったんだ。

誰もいない廊下を歩くと教室前にたどり着き、扉を開こうとした時だ。

中から声が聞こえてくるんだ。

それも楽しげなものではなくて怒りに満ち満ちたような、そんな声が。

それで俺さ、恐々入口の扉を開き、隙間から中を覗いて見たんだ。

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西日で朱色に染まった教室はがらんとしていた。

俺は隙間から頭一つ出して、室内後方に視線を移動する。

そして息を飲んだ。

上下黒のジャージ姿の久米が例の道具箱の前で中腰になり、懸命にあの人形を踏みつけていたんだよ。

何かに憑かれたような血走った目で『くそ!死ね!』と何度も繰り返しながら。

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唖然としたまま俺は、その場に立ち付くしていた。

そしたら今度、久米は「こっちにこい!」て言うと人形の片手を掴み引き摺りながら教室の出口の方へと歩く。

俺慌てて教室の中に入り身を隠した。

あいつ人形を引き摺りながら真っ直ぐ廊下を進み始めた。

俺もばれないようにあとを追ったんだ。

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あいつそのまま階段を降りていき、最後は一階まで行くと、校舎裏手の方へと人形を引き摺り歩いて行った。

それで何するんだろう?と校舎の影から見ていると、あいつ、地面に人形を置き、ポケットからライターを出して火を付けたんだ。

そしてメラメラと燃え盛る人形の顔を、憎々しげに何度も踏みつけていた」

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Sの話のあと、KとSの間にはしばらく沈黙が続く。

口火を切ったのは、Kだった。

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「と、、ところで久米は、、久米は今、どうしてるんだ?」

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Kの質問に、Sは静かに首を振ると、

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「それがさ、

俺たちが高校を卒業した翌年、アパートの自室で首を吊って亡くなっていたそうだ」

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と呟くと、ゆっくりと俯いた。

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