40過ぎのおっさんの昔ばなしになることを、あらかじめことわっておく。
それでもよければ聞いてくれ。
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中学時代。俺は、重度の深夜ラジオリスナーだった。
折しも90年代後半。アニラジ(アニメ関連のラジオ番組)華やかなりし時代だ。
布団に入りながら、夜中の1時2時くらいまで、よくラジオを聞いてた。
好きな番組はテープに録音して、後で聞き返せるようにしていたよ。
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テープだぜ? カセットテープ。
しかも、タイマー予約なんて便利な機能はなかったから、眠い目をこすりながら起きていて、お目当ての番組が始まった瞬間にラジカセの録音ボタンを押して、それから「やれやれ、これでひと安心」なんて思いながら、眠りについていたわけよ。
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で、翌朝。
テープをきちんと最後まで巻き戻してなくて、そのせいで録音が途中で切れてて、くやしい思いをしたりしてね。
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まあとにかく。不便だけど、妙に楽しい時代だったよ。
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………なんの話だっけ?
ああ、そんな俺が体験した、深夜ラジオにまつわる奇妙な出来事を話したかったんだった。
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それは7月の、蒸し暑いある夜のことだった。
いつものように、お目当ての番組を録音しようと必死に眠気と戦っていた俺は、睡魔に一瞬の油断をつかれ、あえなく爆睡。ふと目を覚ますと、枕元のラジカセからは「サー……」というノイズが流れていた。
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「しまった! 寝ちまった!」と、後悔しても後の祭り。
放送が終わってしまっているところからして、今が午前3時くらいだと当たりをつける。
楽しみにしていた番組を聞き逃してガッカリしていた俺は、なんとはなしにラジカセのチューニングをいじってみた。なにか放送している局はないものか、と。
ラジオを聞きながら寝ることに慣れていた当時の俺にとって、無音の部屋というのは、なんだか落ち着かなかったからだ。
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サー……
ザ、ザー……
(……何言うて……アハハ……)
サー……
ササー……
(……株式市場……値動きは……)
ザー……ザザー……
サー……
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時折、ノイズの向こうにかすかな話し声が聞こえるが、うまく電波を拾えない。
普段は寝ている、深い時間帯だ。たとえ放送していたとしても、自分にとって面白い番組などやっていないだろう。
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あきらめて電源を切ろうとした、ちょうどその時。
不意にラジカセから鮮明な声が聞こえてきて、俺は指を止めた。
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タナカ・ユウスケ。
オギ・ショウコ。
サワダ・ケイゴ。
ヨコヤマ・リョウイチ。
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抑揚のない男性の声が、淡々と――ただ淡々と、一定のリズムで人名を読み上げている。
静かな声だが、聞き取りづらくはない。
アナウンサーが無感情に、眼の前に置かれた原稿を読んでいる、そんな感じだ。
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「気象通報」というのをご存知だろうか?
各地の気象情報を伝える放送だ。
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石垣島では、北東の風、風力4、天気曇り、気圧、1016ヘクトパスカル、気温21度。
那覇では、北北東の風、風力3、快晴、15ヘクトパスカル、22度……
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みたいな感じで、情報を正確に読み上げていく、そんな内容なんだが。
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俺がその時、ラジカセからの声を聞いて、頭に思い浮かべたのがそれだった。
ただ、「天気と違って、人の名前を読み上げるだけの番組なんて変だな」とぼんやり思ったものだった。
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ヨシダ・ミチコ。
イイダ・シンゴ。
ツダ・シュウヘイ。
サエキ・フユミ。
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声は途切れることなく、名前を読み上げていく。
その中に、当時誰もが知っていた芸能人と、同じクラスの友達、そのふたりと同じ名前があったことだけ、俺の頭に残っていた。
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翌日のことだ、その芸能人が自殺したのは。
そして、クラスメートは一週間後に交通事故で亡くなった。
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あれは、いったい何だったのだろう。
聞いてはいけない、この世のものならざる放送だったのだろうか。
それとも、「身近な友人の死」というショッキングな出来事をきっかけに、俺の頭が勝手に捏造した、偽りの記憶なのだろうか。
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今となってはわからない、あの頃の怪談話。
作者綿貫一
こんな噺を。