戦時中、祖母は疎開先の田舎で恐ろしい体験をしたことがあるといいます。
それは真夜中、姉妹で寝ていると突然、蚊帳の中にぬっと黒い人影が入って来た。
幼い祖母は恐ろしさのあまり、声も出せずにいると、その黒い人影は一番端で眠る姉の顔を覗き込んでいる。
姉はぐっすり眠っているせいか、全く起きる気配がない。
「ああ、姉さんがもののけに連れ去られてしまう…」
祖母が必死で大人たちに助けを求めようとした次の瞬間、姉妹の間で眠っていた弟が突然大声を出して泣き始めた。
すると黒い人影は風のように颯爽と蚊帳を抜け出し、月明かりの森の中へと逃げてしまった。
「助かった…」
しばらくして家の者が駆け付けると、弟は泣きながら「化け物が出た」と訴えました。
しかし、大人たちは「どうせ夢でも見たのだろう」と一笑に付した後、それぞれの寝床へと戻って行ってしましました。
隣では姉が泣きじゃくる弟の身体を優しくさすっているのが見えました。
翌日。
祖母は夕べの出来事を思い切って女将さんに話したそうです。
すると、途端に屋敷の裏に連れていかれ「もう、この話はするんじゃないよ」と、女将さんに強く口止めされたそうです。
訳がわからぬまま祖母は渋々頷くと、これ以上あの話はしないことを約束しました。
その日から村全体がやけに慌ただしくなったそうです。
なんだか大人たちがずっと昼間からヒソヒソと話し合っている様子で、祖母はそのただならぬ気配に恐怖を感じたといいます。
それから数日後、村にいた一人の青年がぱったりと姿を消してしまいました。
皆に訊ねても大人たちは曖昧な返事をするばかりか、姉までもが何だかよそよそしい態度で返事に締まりがない。
祖母はあの日以来、みんな変わってしまったと、とても悲しい気持ちになったといいます。
それからしばらくして戦争が終結すると、祖母と姉は上京し、それぞれ結婚して家庭を持つことになった。
今になって思えば、あの日のことは概ね理解できると祖母は数十年経った今、私に言いました。
────更にそれから数年後、私はたまたまこれと全く似たことが書かれた本を図書館で発見してしまいました。
それは日本の民俗学について書かれた文献で、そこに「黒坊主」と呼ばれる妖怪についてこんなことが書かれてありました。
────「黒坊主」は深夜、寝ている人の息を吸ったり、口もとを嘗めたりする正体不明の妖怪で、確かな姿はなく、人の目にはおぼろげに映る────
挿絵もすごく不気味で、こんなのが真夜中に寝床に現れたら一生のトラウマになるだろうなと思ったのを今でもよく覚えています。
他にも「山地乳」なんて呼ばれる妖怪もいて、これも「黒坊主」と酷似した存在でとても不気味なでした。
当時から日本各地でこれらの妖怪が頻繁に出没していたそうですが、恐らくそれはきっと現代も同じことが言えると、私は近頃のニュースを見てふとそんなことを思った次第です。
作者トワイライトタウン