【あの頃の怪談③】食玩のシール

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【あの頃の怪談③】食玩のシール

40過ぎのおっさんの昔ばなしになることを、あらかじめことわっておく。

それでもよければ聞いてくれ。

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90年代に子供時代を過ごした俺にとって、忘れられないものがある。

それは、「食玩のシール」だ。

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ご存知、ロッテの「ビックリマンチョコ」をはじめ、

「ラーメンばあ」、

「ガムラツイスト」

「ドキドキ学園」、

「ネクロスの要塞」などなど……。

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当時は、シールをオマケに付けたお菓子が、山のように存在した。

そして少年たちは、それらオマケシールを集めることに、それはそれは熱い情熱を注いでいた。

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放課後になると、親に小遣いをねだっては、近所の駄菓子屋に猛ダッシュ。

愛想の悪い店主のオバちゃんに睨まれながら、箱に並んだ「ビックリマン」の中から、たっぷり時間をかけて、ひとつを選んで購入。

そして、「キラ出ろ、キラ出ろ……」と、それこそ神に祈りながら開封したもんだ。

(あ、「キラ」っていうのはキラキラ加工がされているシールのことな。「ヘッド」ともいう。要するに普通のシールよりも価値が高い「レアもの」だったんだ。)

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「たかがシール」とあなどるなかれ。

「シールだけ抜き出して、お菓子を捨ててしまう」という、一部の子供たちの行動が、社会問題にまでなったくらいだ。

俺の通っていた小学校でも、朝礼で校長先生が注意をしたのを覚えている。

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とにかく、子供たちはシール集めに対して熱狂的だった。

「シールをどれだけ持ってるか」、「キラを何枚持ってるか」、そして「どのレアカードを持ってるか」は、大問題だったんだ。

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シールは相当数種類があり、ランダムで封入されているので、お目当てのものはなかなか出ない。

さらに、キラは出回っている枚数自体が少なく、滅多に引けなかった。

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だから子供たちは、欲しいシールを手に入れるために、「シールの交換」をすることもあった。

手持ちのダブっているシールと、友達の持っている自分が未入手のシールとをトレードするわけだ。

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トレードにはレートが設けられていたりもした。

同じくらいの価値のシール同士なら一対一だが、キラと普通のシールなら、「キラ1枚に対して、普通のシール10枚」とかね。

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交換レートといえば、これは俺の失敗談。

ある時、俺は、「ヘッド・ロココ」というキラシールを、連続で3枚引き当てたことがあるんだ。

これはスゴいことなんだが、あまりのことに、俺の中の基準がバグってしまったんだろうな。

うち2枚を友達に、あろうことか、普通のシールと一対一で交換してしまったんだ。

もっと欲を出して当然だったのに、我ながら愚かなことをしたもんだ――。

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おっと、いけない。

閑話休題。

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さて、そんなシール熱が加熱する中、俺の身近である事件が起きた。

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放課後、ひとりで下校している児童に、見知らぬ大人が、

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ねぇ、キミ? 

ビックリマン、シールを、

あげるヨ――

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と、声をかけるというものだった。

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そんな不審者の目撃情報は、夏休みを前にした7月上旬から上がり始め、日を追うごとに増えていった。

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我々子供にしても、いくら大好きなビックリマンシールのこととはいえ、見ず知らずの大人から声をかけられて、ノコノコついて行くほど馬鹿じゃない。

皆無視してその場を逃げ出したので、誘拐されたり、身体を触られたりといった被害は起きなかった。

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ただ、奇妙な点があった。

大人たちが、目撃者の児童にその不審者について尋ねても、彼らの答えは、どれも不明瞭だったのである。

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『そいつの姿は、真っ赤な夕陽を背にして影法師になっていた。だから、顔や服装はよくわからない。

背は高かったと思う――』

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『声は、年配の男性のように低かったような。

いや、若い女性のように高かったような。

妙な発音だったから、ひょっとしたら外国人だったかもしれない――』

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『逃げても追ってはこなかった。

ただ、その場に立ったまま、可笑しそうにクツクツと笑っていたようだった――』

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子どもたちは、口々にそんな内容のことを語ったそうだ。

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そんな事件も、その後、夏休みを挟んで以降は、パッタリと聞かなくなった。

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後年、成長した俺は、ふとあの時のことを思い出して、こう思った。

「ハーメルンの笛吹男」。

美しく楽しげな笛の音で、町からすべての子どもたちを連れ去ったという、物語の中の怪人。

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あの不審者はもしや、その類(たぐい)のモノだったのではないだろうか?

ビックリマンシールという笛の音で、当時の俺たちを、夕陽の向こう側に連れていこうとしていたのではないか、と。

仮について行ったとしたら、その先にはいったい何があったのだろう。

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今となってはわからない、あの頃の怪談。

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