40過ぎのおっさんの昔ばなしになることを、あらかじめことわっておく。
それでもよければ聞いてくれ。
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90年代に子供時代を過ごした俺にとって、忘れられないものがある。
それは、「食玩のシール」だ。
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ご存知、ロッテの「ビックリマンチョコ」をはじめ、
「ラーメンばあ」、
「ガムラツイスト」
「ドキドキ学園」、
「ネクロスの要塞」などなど……。
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当時は、シールをオマケに付けたお菓子が、山のように存在した。
そして少年たちは、それらオマケシールを集めることに、それはそれは熱い情熱を注いでいた。
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放課後になると、親に小遣いをねだっては、近所の駄菓子屋に猛ダッシュ。
愛想の悪い店主のオバちゃんに睨まれながら、箱に並んだ「ビックリマン」の中から、たっぷり時間をかけて、ひとつを選んで購入。
そして、「キラ出ろ、キラ出ろ……」と、それこそ神に祈りながら開封したもんだ。
(あ、「キラ」っていうのはキラキラ加工がされているシールのことな。「ヘッド」ともいう。要するに普通のシールよりも価値が高い「レアもの」だったんだ。)
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「たかがシール」とあなどるなかれ。
「シールだけ抜き出して、お菓子を捨ててしまう」という、一部の子供たちの行動が、社会問題にまでなったくらいだ。
俺の通っていた小学校でも、朝礼で校長先生が注意をしたのを覚えている。
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とにかく、子供たちはシール集めに対して熱狂的だった。
「シールをどれだけ持ってるか」、「キラを何枚持ってるか」、そして「どのレアカードを持ってるか」は、大問題だったんだ。
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シールは相当数種類があり、ランダムで封入されているので、お目当てのものはなかなか出ない。
さらに、キラは出回っている枚数自体が少なく、滅多に引けなかった。
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だから子供たちは、欲しいシールを手に入れるために、「シールの交換」をすることもあった。
手持ちのダブっているシールと、友達の持っている自分が未入手のシールとをトレードするわけだ。
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トレードにはレートが設けられていたりもした。
同じくらいの価値のシール同士なら一対一だが、キラと普通のシールなら、「キラ1枚に対して、普通のシール10枚」とかね。
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交換レートといえば、これは俺の失敗談。
ある時、俺は、「ヘッド・ロココ」というキラシールを、連続で3枚引き当てたことがあるんだ。
これはスゴいことなんだが、あまりのことに、俺の中の基準がバグってしまったんだろうな。
うち2枚を友達に、あろうことか、普通のシールと一対一で交換してしまったんだ。
もっと欲を出して当然だったのに、我ながら愚かなことをしたもんだ――。
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おっと、いけない。
閑話休題。
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さて、そんなシール熱が加熱する中、俺の身近である事件が起きた。
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放課後、ひとりで下校している児童に、見知らぬ大人が、
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ねぇ、キミ?
ビックリマン、シールを、
あげるヨ――
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と、声をかけるというものだった。
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そんな不審者の目撃情報は、夏休みを前にした7月上旬から上がり始め、日を追うごとに増えていった。
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我々子供にしても、いくら大好きなビックリマンシールのこととはいえ、見ず知らずの大人から声をかけられて、ノコノコついて行くほど馬鹿じゃない。
皆無視してその場を逃げ出したので、誘拐されたり、身体を触られたりといった被害は起きなかった。
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ただ、奇妙な点があった。
大人たちが、目撃者の児童にその不審者について尋ねても、彼らの答えは、どれも不明瞭だったのである。
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『そいつの姿は、真っ赤な夕陽を背にして影法師になっていた。だから、顔や服装はよくわからない。
背は高かったと思う――』
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『声は、年配の男性のように低かったような。
いや、若い女性のように高かったような。
妙な発音だったから、ひょっとしたら外国人だったかもしれない――』
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『逃げても追ってはこなかった。
ただ、その場に立ったまま、可笑しそうにクツクツと笑っていたようだった――』
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子どもたちは、口々にそんな内容のことを語ったそうだ。
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そんな事件も、その後、夏休みを挟んで以降は、パッタリと聞かなくなった。
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後年、成長した俺は、ふとあの時のことを思い出して、こう思った。
「ハーメルンの笛吹男」。
美しく楽しげな笛の音で、町からすべての子どもたちを連れ去ったという、物語の中の怪人。
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あの不審者はもしや、その類(たぐい)のモノだったのではないだろうか?
ビックリマンシールという笛の音で、当時の俺たちを、夕陽の向こう側に連れていこうとしていたのではないか、と。
仮について行ったとしたら、その先にはいったい何があったのだろう。
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今となってはわからない、あの頃の怪談。
作者綿貫一
こんな噺を。
【あの頃の怪談】
①『深夜ラジオ』
https://kowabana.jp/stories/37322
②『1999年』
https://kowabana.jp/stories/37329