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【あの頃の怪談②】1999年

40過ぎのおっさんの昔ばなしになることを、あらかじめことわっておく。

それでもよければ聞いてくれ。

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1999年7月。

90年代当時、それは、特別な意味を持つ日付けだった。

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世界が滅亡するかもしれない――。

多くの人が「あり得ない。この後も当たり前の日常が続くだけだ」と思いながらも、「それでも、もしかしたら……」という一抹の不安と不謹慎な期待感とを、同時に持ち合わせていたんじゃないかと思う。

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『1999年7の月、

空から恐怖の大王が降ってくる。

アンゴルモアの大王を蘇らせ、

その前後、マルスがほどよく統治する』

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ノストラダムスの大予言――。

16世紀フランスの医師・ノストラダムスの著書である『予言集』という四行詩集の、最も有名な一篇である。

世界の終焉を予感させるこの詩は、人々の興味を大いにかき立てた。

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空から降ってくる恐怖の大王とは、いったい何なのか。

隕石?

核ミサイル?

未知の病原菌?

それとも、宇宙人の襲来だろうか。

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テレビ局は次々に特番を組んだし、出版社はこぞって関連本を出版した(『MMR』なんて漫画もあったなぁ……)。

とにかく、マスコミは大いにこの「ネタ」を利用したし、消費者は喜んでそれらを享受した。

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今の若い人に、「ノストラダムスの大予言って知ってる?」と訊いたら、どれくらい「YES」という回答が返ってくるだろうか?

たとえ、知識として識っていたとしても、リアルタイムで体験した人間でないと、あの時代の空気までは想像できないだろう。

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折しも世紀末。

「遠い未来」とされていた21世紀が、今や目前に迫っていた。

急速に発達する科学技術。

それでも世界各地では、あいかわらず国と国との戦争が続いていた。

時代の狭間で、様々な期待と不安が渦巻いていた。

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そんな中で、かの「大予言」は人々の心を魅力した。

大人も、子供も、科学者でさえも、誰もが心の片隅で予言の真偽を気にしていた。

おそらくは、この日本――いや、世界にとって、近代史上、最も「オカルトに夢中になった瞬間」だったのではないだろうか。

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かく言う俺も、小学校の頃、学研の『世界の超能力者辞典』という本で初めて「ノストラダムスの大予言」の存在を知った時、「まだずっと先のことだけど、自分が生きているうちに起きるかもしれないんだ……」と怖くなったし、

もう少し成長した中学生の頃には、「あと5、6年――俺が高校生の時か。何も起きないとは思うけど、本当に世界が滅亡したら嫌だな。高校生とか『人生これから』って時じゃん。それまでにカノジョとかできるだろうか……」などと、心配したりしたもんだ。

閑話休題。

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さて――、予言の真偽は言うまでもないな。

結局、件の7月を越えても、当たり前の日常は、今もこうして続いているわけだが。

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ただ、俺はたまに思うんだ。

「ノストラダムスの大予言は、本当に外れたのかな?」って。

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アニメ化もされた某名作ゲームに、「世界線」っていう言葉が出てくるだろう?

知らないって奴のために説明すると、まあ「パラレルワールド」って意味に近いかな。

ある出来事を起点に、「世界線」が「分岐する」んだ。

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例えば、俺が晩飯に何を食うか迷った時、「ココイチでカレーを食べる世界線」と「家系ラーメンを食べる世界線」は平行して存在している。

可能性の数だけ、「そうなった場合の世界」がある、ってわけだ。

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1999年7月。

あの時は、「予言が外れた世界線」と「予言が的中した世界線」との、分岐点だったんじゃないのかな?

「予言が的中した世界線」では、空から降ってきた恐怖の大王によって、人類は滅亡したのかもしれない。

そして、その世界線を回避した俺たちは、今こうして、ここにいる――。

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おかしいと思うかい――?

俺もそう思うよ。

ただ、な。

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あの7月の、ある日。

いつだったかは正確に覚えてないんだけど。

俺は、「いつもと違う朝」に目を覚ました気がしたんだ。

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それは、「昨日までとは違う場所にいるような感覚」だったのかもしれない。

「違和感」っていうのかな? 

うまく言葉にできなくて、もどかしいんだが。

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もしかしたら、俺はその時、「予言が的中した世界線」から「予言が外れた世界線」に移動したんじゃないかな?

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こんな話をしたところで、「お前の勘違いだ」って言われるか、「頭のおかしい奴」だと後ろ指を指されるか、どちらかだろうと思って、これまで、誰にも打ち明けてこなかった。

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でも、俺以外にも実はいるんじゃないか? 

こんな記憶、こんな感覚を持っている奴。

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もし、そんな奴に出会えたら、酒でも酌み交わしながら話したいな。

今となってはわからない、あの頃の怪談話を。

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